突き付けた刃の先、おまえが笑う。
前はどんな風におまえは笑っていたかな。
思い出せない俺がいたよ。



ふと肩に重みを感じて銀時は目を覚ました。頬になんだかくすぐったい感じがし て、目を開けて真っ先に目に入った黒髪を思わず見つめる。
「………」
肩に感じる重みと頬をくすぐった黒髪は高杉のもので、高杉本人は完全に眠りの 底にいる状態だ。
みんなで散歩に出て、齢何千年と言われる大木に寄り掛かり昼寝をしていた。高 杉は銀時の隣りに寝ていて、舟をこぐうちに銀時の方に倒れて来たらしい。
何となく銀時は高杉に凭れかかられたまま、間近にある高杉の頭を見つめた。起 きる気配はない。
「………」
「ん…」
「!」
銀時はじっとしていただけだ。なのに不意に高杉が身じろいだため、銀時は酷く 驚いた。
思わず跳ねた肩から高杉の頭が外れてずり落ちる。そのまま頭が膝に落ちる前に 、高杉の頭が不自然に止まる。
そしてむっくりと体を起こした。
「………」
「………」
開ききっていない目と目が合う。まだ意識は半ば夢の国にあるようで、その目は 平素の凛とした黒目と違い何処か空ろだ。
「…あー…、寄り掛かってたか?」
額や肩に残る人の感触に高杉が銀時に尋ねる。そうだと頷いてやれば、銀時が重 いだなんだと文句をつける前に高杉は素直に謝った。何度も瞬きを繰り返すその 様はすぐにでもまた眠ってしまいそうだ。
「別にいいけどよ。…肩なんかじゃなく膝枕してやろうかァ?今日だけ特別に貸 してやるよ」
立てていた膝を伸ばしてぽんと叩けば高杉が笑った。
「馬鹿じゃねぇの」
高杉は元々よく笑う質ではない。笑っても強気で勝ち気で何処か人を見下したよ うな笑みを浮かべるくせに、曖昧な意識が彼を無防備にした。
そんな風に笑うなんて、反則だ。銀時は思う。そんな風に、無邪気に笑えるなん て知らねぇよ。
銀時が思わず言葉もなく見つめていると、高杉の閉じては開いていた目が完全に 隠れてしまった。穏やかな寝息が銀時に届く。
なんとなくそのままじーっと銀時が高杉を見つめているとまたうつらうつらと高 杉の頭が揺れる。ふらりと銀時の方に傾いた。
じわじわと高杉の重みが銀時にかかり、やはり頬に黒髪が当たりくすぐったい。
銀時は伸ばした膝をまた立てて、空を見上げた。
真っ青な空には少し硬そうな白い雲が浮いている。地上には風を感じないのに、 雲は流れていく。
周りには塾の皆が寝ていて、目覚めているのは銀時一人だ。
銀時はうろうろと視線を彷徨わせ、また空を見上げた。
「………」
少し風が出てきた。服越しに染み込んでくる高杉の温もりが暖かい。その温度が 心地よく、銀時も重くなった瞼を閉じた。



ソファに寝そべっていた銀時は頭に乗せていたジャンプをどかし体を起こす。
辺りを見渡せば見慣れた万事屋だ。夢に見た青空も大樹も、側にあった温もりも ない。
人の気配がしない。どうやら神楽も新八も出かけているようだ。
銀時は無意識に溜め息をつき、髪を無造作に混ぜる。寝そべっていたため頭が重 い。しばらく何処ということもなく視線を落ち着かせ、それからまたソファに寝 転んだ。
足を組んでジャンプをめくる。
適当にパラパラとページを捲っていくなか、ふとある話で手を止める。7つのボ ールを集めると1つだけ願いを叶えてくれるストーリー。
もしもこれが実在したら、何を願うだろう。
(神楽なら酢コンブだな…、10年分とか頼んで満足すんだろうよ。新八ならなんだ 、ここの家賃か、ってそれ俺のことじゃん。あー、あれ、道場の復興とか…?あ れ?何道場つったっけ、天然パーマ流?)
今まで幾度も読んできた話なのに、急にそんなことを考え始める。
今此処にいない二人の願いを勝手に想像し、銀時は鼻で笑った。そして自分なら 、と考えて一瞬思考が止まる。
自分なら、何を願う。苦労して苦労してボールを集めてたった一つ、何を願う。
不意に夢で見た笑顔が甦る。
「………くっだらね…」
現実にどんな願いも叶えてくれるものなんて存在しないのだから、わざわざ叶え てもらいたい願いなど、考えるだけ無駄だ。勝手に考え始めたくせにそう切り捨 てて銀時はジャンプを閉じ机に置いた。
指を頭のしたで組み、目を閉じる。いい夢を見たい。そうだ、結野アナにでも出 て来て欲しい。
間違っても先ほど見た夢の続きなど見たくもなかった。



しばし目を閉じていた銀時だが、眠りにはつけずまた目を開けた。変わらず広が る青空に雲だけが姿を変えている。
高杉はまだ目を覚まさない。
少し強くなった風が世界を撫で付ける。大樹の葉が擦れあい音を立てた。風が過 ぎ去って段々と静まっていく。
「………」
銀時はじっと空に向けていた視線を下げると、少し首を傾けた。高杉の頭に頬を 寄せる。
そしてそっと、目を閉じた。



宇多田ヒカル・Beautiful World 「もしも願いひとつだけ叶うなら 君の側で眠らせて」



Another Ver.(3Z銀高)