無意識?それともわざと? 誘うような上目遣いとその仕草に、俺は振り回される。 あれはわざとだ。 視界の端に黒髪を入れながら銀時はそう結論付ける。 (だからって押し倒したりなんかしたら絶対ェ俺あいつに殺されんだろ。絶対ェボ コられて半殺しにされた挙句キモいとか言われんだろ。いやでももしかしたらあ いつもそれを期待して…。いや、ナイナイ) 銀時は大きく溜め息をつく。それから天を仰ぎ、後ろに倒れ込んだ。 太陽が眩しい。腕を額に乗せて日差しを遮る。 世界が遠く感じた。 「ぃ、おい、おいっつってんだろ天パァ」 「いだっ」 脳天を蹴られて、銀時は何ごとかと眼を見開き腕をといた。 青空を背景に、高杉が覗き込むようにして自分を見下ろしていた。 「…高杉」 思わず無意識に見たがままの名を呟く。それに反応して高杉が「なんだよ」と問 い掛けてきた。銀時は体を起こした。 「は?俺の台詞だからソレ。なに、人の頭いきなり蹴り飛ばすってなんのつもり ?」 「はァ?蹴り飛ばしてねーよ蹴っただけだよ。てめぇが今呼んだから応えてやっ たんだろ。てめぇこそなんのつもりだ、こんなとこで寝腐って」 「寝…、………」 高杉の言葉にまた空を仰げば太陽の位置はだいぶ傾いていた。 「…あー…」 「てめぇが戻ってこねぇっつーからわざわざこの俺が迎えに来てやったんだ。感 謝しろ天パ」 「天パ天パ言うのやめてくんない?好きで天パしてんじゃないわこのチビ助」 「あぁ?誰がチビだコラ。今のうちせいぜいいきがってろ天パ。そのうち抜いて やらァ」 「へー、ふーん、そりゃ楽しみだ」 「………」 不愉快そうに顔を歪める高杉としばし睨み合う。目を逸らしたのは同時で、高杉 は銀時に背を向け先に歩き出した。銀時もその後をついていく。 何となく見つめる後ろ姿の背筋は伸びていて凛としている。 坂道を下っているため高杉の頭のてっぺんを銀時は見下ろす。 前のめりになりそうな身体を爪先で支えて黙ってその後ろを歩く。 「………」 二人とも口を閉ざして黙々と足を進める。 銀時がいくらその黒髪を見つめても、高杉は振り返らない。 風の音、高い鳥の声が辺りに木霊する。 先に口を開いたのは銀時だった。 「なんで、俺があそこにいるってわかったんだよ」 銀時の言葉に高杉はしばらく何の反応も返さずに歩いていたが、不意に足を止め て銀時を振り返った。 目が合った瞬間、銀時は世界が止まった気がした。 「ずっと、其処で俺のこと見てただろ」 銀時の視線の先、黒い眼がほそまって、唇が吊り上がる。いつもの笑みじゃない 。自信に満ちた悪戯っぽくもあり、何処となく無邪気さを残したものではなかっ た。 これは、わざとだ。今まで不意に見せてきた仕草も何もかも全て。銀時は確信す る。 ふいと顔を背け、高杉はまた歩き出した。銀時はまだ進めない。 二人の距離が開き、その間を風が通り過ぎていく。 高杉は振り返らない。銀時の視線を感じているだろうに、欠片も気にする素振り も見せない。どんどん遠ざかっていく。 先ほどと同じ鳥の声が遠ざかって、それが聞こえなくなっていく。風が止んだ。 瞬間、銀時は駆け出した。 坂道で勢いをつけて、開いた距離を縮めていく。加速したのは進む速さだけじゃ ない。 近付く足音に高杉が振り返る前にその肩を、腕を掴んだ。 触れた時、銀時は願う。頼む、振り向かないでくれ。 しかしそう思ったのは一瞬で、止まり損なってそのまま倒れた。高杉の腕を掴ん だまま。したたかに顔面を打ち付けた。 高杉の方は咄嗟でも受け身を取ったらしく、無様に頭を打ち付けるような真似は しなかった。それでも倒されたため小さく呻く。 銀時は先に起き上がり、腕の中の高杉を見下ろした。まだ彼は顔を歪め堅く眼を 閉ざしていた。 転んで中断した思考が甦る。 まだ待って。もうちょっと待って。まだその目を開けないで。 いいや、いっそ開けてくれ。その目で、俺を射抜いて。 何よりも早く、気持ちごと俺を仕留めて。 この感情を恋と錯覚する前に。 椿屋四十奏「転ぶ欲望の速度に 捕まえた腕の力 振り向くより早く仕留めて」 |