急にぱったり喋らなくなった高杉に銀時は首を傾げた。
「おいヅラぁ、おめーなんか知ってっか?」
縁側に座り込んで背後の部屋で戦ごっこの陣営を考えていた桂に声を掛ける。
地図から目を離さず、桂はあっさりと応じた。
「ヅラじゃない、桂だ。高杉のはあれだ、声変わりだ」
「声変わりィ?」
思いがけない単語に銀時が訝しげな声をあげた。
声変わり。二次性徴の一種で声が低くなることを言うが、銀時を含め殆どのもの が既に声変わりを終えている。そんな中高杉ひとり、まだ柔らかく高めの声をし ていた。
よく通る澄んだ少年の声。
続々と周りの声質が変わっていく時、高杉も「なんか低くなった気がする」と自 己主張していたが実際は声変わりといえる程変わってはいない、というか全く変化はなかった。
「大分喋りづらいようだぞ。声が荒れている」
「ふーん…、って、は?何?おまえには喋ってんの?俺最近一言も会話してねー んだけど」
「そんなこと俺は知らん」
「はァ?ありえねーっつーの」
予想外の現実に銀時は口を尖らせた。
「にしても声変わりなァ…俺ァあいつの声好きだったんだけどなァ」
最後に聞いた言葉はなんだったか。それは思い出せないが記憶の中の声が響く。
「そう言うことを言うから、高杉はおまえの前で喋らないんじゃないか」
「は?なんだよそれ」
「自分で考えろ」



自分で考えろ、そう言われても銀時は顔をしかめるばかりだ。
高杉が自分とだけ会話しない理由。
(そんなん知るかっつーの…)
別に高杉と会話なんてしなくてもいいし。
そう拗ねていると視界に高杉が入り込んだ。思わず声を掛ける。
「高杉」
その声に反応して高杉が足を止め振り返った。
「おめー声変わりなんだって?」
「………」
じっと高杉は黙り込んだまま銀時を見る。それがどうしたと目で語っていた。
「良かったなァ。やーっと一人浮かないですむじゃねぇか」
今夜は赤飯だ、などと茶化す銀時に高杉は不愉快そうな顔をしたが、くしゃりと 黒髪を撫でていた銀時の手を叩き落として去って行った。結局一言も喋らないま ま。
「………なんなんだっつーの」
怒らせればなんか喋ると思ったのに。
当てが外れた銀時は高杉とは逆方向に歩き始めた。



変にプライドの高い奴だから、自分にしゃがれた声など聞かせたくないのかと銀 時は考え始めていた頃だった。
高杉の声が安定したらしい。いろんな人が口々に高杉の声が低くなった低くなっ たと言っているのを銀時も耳にした。
結局銀時は声変わり中の高杉の声を一度も耳にしてない。
高杉の態度はかたくなで、銀時が何か尋ねればイエスノーは首を振ることで示す し、逆に高杉からの質問は人伝だった。
だが安定したのならまた話すようになるだろう。あの声がどれだけ低くなったの か聞いてやろう。
銀時がそう思い高杉に声を掛けても、予想に反し高杉の態度は変わらなかった。 相変わらず口を堅く閉ざしたままだ。
さすがに銀時もイラっときた。何故自分だけこんな態度を取られなければならな いのか。
沈黙を守ったまま自分の横をすり抜けていこうとする高杉の肩を掴んで問い詰め た。
「なぁ高杉ィ、おまえはなんで俺と口聞かねーんだオイ。別に俺はおまえと喋り たいって訳じゃねーけど、なんか気分悪くね?」
何か言いたそうに高杉は口を開きかけるが、結局は何も紡がずぎゅっと唇を噛ん だ。逃げようとする高杉を銀時は力づくで押さえ付ける。
高杉は視線を彷徨わせて、何かに気付くとじっと一点に視線を送った。こんな状 況でも言葉を発しない。それがまた銀時をイラつかせる。
「銀時、何してるんだおまえは」
桂の声がして、そっと高杉を掴んでいた腕に手を乗せられる。
「ヅラ…」
「ヅラじゃない、桂だ。銀時、その手を離せ」
「おいヅラ、おめーからもこいつになんか言えよ。イジメの現場だ」
「俺から見たらおまえが高杉を苛めてるように見えるぞ。いいから」
「おめーは高杉の味方かチクショー。俺には味方がいねーのか」
と嘘臭い泣き真似をして銀時はその場から走り去る。
それを二人は見送った。



けっと拗ねて座り込んでいた銀時は背後から名を呼ばれた。
「銀時」
知らない声だった。誰かと思って振り返ると、其処には高杉が立っていた。
「…ん?あれ?今誰か俺の名前呼ばなかった?空耳?」
「俺以外に誰がいんだ天パぁ、ぶっ飛ばすぞ」
「え?高杉…?」
高杉は目を瞬かせている銀時の前まで進んで隣りに腰を下ろした。
「…だいぶ変わったろ。俺の声」
「ん。かなり。え、ってか低くね?俺より低くね?」
「そうか?まぁこんなもんだろ」
「へー…」
高杉の声の変化に騒いでいた者たちの気持ちがわかった気がした。これは騒ぎた くなるわ、と銀時は心の中で思った。
「………」
高杉はまた黙り込んで、なにか思う風に何処か一処に視線を落ち着かせている。
それからおもむろに口を開いた。
「てめぇは俺の声好きだっつってたから」
「は?」
「変わっちまった俺の声なんざ聞きたくねーかと思った」
高杉の言葉に、昔のことを思い出した。
一度、なんの拍子か銀時が言った言葉。
『俺おまえの声好きだぜ』
その時高杉は一瞬きょとんとして、それからだったらなんなんだよと笑っていた のだが、銀時は割りと真剣だった。後にも先にも、銀時が高杉の何かを褒めたの はそれ一度きりだったように思う。何故そんなことを言ったのかは思い出せない 。
今まで高杉が口を閉ざしていた理由がそんなところにあったとは、銀時にとって 思いも寄らぬことだった。
何処かしょげている高杉に、銀時が声もなく笑う。
「別に、おまえの声はおまえの声だろ。良かったじゃねーか。声、落ち着いて」
だいぶガラガラだったんだろ、と問えば、あぁと短い返事が返ってきた。
くしゃりと黒髪をかき混ぜてやって、向けられた目に笑いかけてやる。
「俺好きだぜ。おまえの声変わりした声も」



だから、もっとその声聞かせてくれよ。

もしも許されるなら俺だけに。

高杉の声変わり