『朝なんて来なければいいのにな』 そう言って悪戯に哀しげに笑ったあいつを思い出しながら、俺は一人朝を迎えた 。 夜の間だけの密やかな戯れに二人して笑いあう。なんて、二人はそんな可愛らし い関係ではなくただお互いの欲に濡れ合うだけだった。 事が終われば高杉は何ごともなかったかのように煙管をくゆらせた。たなびく煙 と一緒に、それまでの熱に満ちた空気も溶けて消える。 ふぅと吐き出された紫煙を目で追いながら、一度だけ銀時が文句を言った事があ る。 「おまえさぁ、終わってすぐ煙管ってどうなの?余韻も何もねーじゃねーか」 その言葉にちらと視線を寄越した高杉はハッと小馬鹿にしたように鼻で笑った。 「んなもんに浸りてぇならぬるま湯にでも浸かってろ」 言いながらコロンと寝転んでまた煙管を吸う。 そんな態度に銀時は拗ねたように「別にそんなんじゃありませんー」とだけ言っ て布団に顔を押しつけた。枕は高杉に取られている。 別に恋人ごっこをやりたいわけではないが、だからといってその態度はねーだろ と銀時は眉間にしわを寄せた。 体を重ねるという行為に燃え尽きた、というわけではないが空しさだけが残る気 がする。 「………」 ゆっくり横向きになって気怠げに煙管をくわえる唇を見る。その唇にキスしてお けばよかったとぼんやり思う。 最中ならば出来たかもしれない、だが今はもう無理だろう。きっと口付けた途端 噛み付かれて痛い目をみる。 銀時は手を伸ばしてひょいと煙管を奪い一吸いすると、深い溜め息をついた。 銀時が文句を言ったのはこの一度だけ。 それと同じように高杉が銀時に甘えたことが、一度だけあった。 普段ならさっさと着物を羽織ってしまう高杉が銀時の腕に収まったままおとなし くしている。 珍しいな、と銀時が思っていると結局はするりと腕を抜けだし煙管を手にした。 なんだいつもと変わらねぇじゃねぇか。銀時は内心毒づく。けれどやはり何かが 違った。 高杉は薄まり始めた藍色の空を何処か遠くを見るような目で眺めていた。 そんな高杉を銀時は眺める。 ぽつりと高杉が呟いた。 「朝ァ、来るな」 「そうだな」 汚れのない羽のような紫煙が散る。 「なぁ銀時ィ」 「ん」 「このまま朝なんてこなけりゃあいいのになァ」 「………」 目を細めて笑いながら銀時を見る高杉に、銀時はふざけたような声をあげた。 「なんだァ、おめー生温いやりとりはお嫌いじゃなかったのか?」 「別に。ただの気紛れだ」 「気紛れねェ…」 ニヤニヤと鬼の首でもとったように笑う銀時の言葉に怒るでもなく高杉は煙を目 で追った。 からかいがいのない高杉に銀時は体を起こしてその横に座り込んだ。そっと頬に 伸ばした手でゆるやかに己の方を向かせ親指でなぞった彼の唇にそっと唇で触れ た。 今までにない至近距離で目と目が合う。互いの瞳に映る自分とも目が合った。 「朝が来なきゃ、このままずっと、」 その言葉を最後まで紡ぐことなく、高杉は目を伏せまた窓の外を眺めた。 銀時は黙って高杉の横顔を見つめ、それから彼の視線を追って同じものを見よう とした。だが決して同じものは見られないと心の何処かでわかっている。 二人の視線の先では夜が明けようとしていた。 不意に、目が覚めた。 寝起きの悪い銀時にしては珍しく、起き抜けから頭が冴えている。見慣れた天井 をしばらく見つめて、むっくりと体を起こして窓を見た。 障子の向こうはうっすらと色付いている。近付いて襖を開けた。目の前に広がっ た空は、あの日と同じ色をしていた。 あれから幾度となく一人の朝を迎えて来た。 朝なんて来ねぇよ。 あの時そう言えていれば、彼を抱き締める勇気があれば、何かが変わっていたの だろうか。 「三千世界の烏を殺し 主と朝寝をしてみたい」 |