授業中、時計を見ながら銀時は手にしているシャーペンを回す。それからちらり と斜め左前方にある黒髪を見た。 そいつも外を見ていて、きっと授業など聞いていないのだろう。そのくせ板書は キッチリとノートに写し成績も悪くない。 器用な奴、そう思いながら銀時はまた時計に視線を移した。 授業の終りを告げるチャイムまであと2分。その直後に起こるだろう事に銀時は 人知れず唇をつり上げた。 チャイムがなる。教師が終わりを告げるよりも早く教室内の緊張の糸が切れた。 次いで号令が掛けられ正式に授業が終わった。 途端に銀時の視線の先、高杉が席を立った。振り向く。目が合った。 ニヤニヤ笑いの銀時に対し高杉は無表情だ。しかし怒っている。予想通りだと銀 時はくつくつと肩を揺らした。 無表情のまま高杉は自分のノートを片手に近付いてきた。近付きながら手にして いるノートをくるりと丸めている。 二人の視線は絡み合ったまま、高杉は銀時の側に立つ。銀時が座っているため銀 時は高杉を見上げる形だ。普段と違う角度から見る高杉はなんだか新鮮だと思っ ていると、高杉が手にしていたノートで思いきり脳天を殴られた。 「いって。てめ、なにす、いたっ、痛い痛い、パーになる!頭パーになる!!」 「もうパーだろうが!ざけやがって!てめぇ人のノートに何してくれてんだ!! 」 丸められたノートではさして威力がないとはいえ容赦のない連打に銀時が頭を庇 いながら高杉に訴える。 対して高杉も先程の無表情で静かな怒りから激情を露にして銀時を怒鳴りつけた 。 事の始まりは一昨日、日本史のノートをとってないという銀時の発言だ。 日本史はノートも成績評価の一部だと言うのに「相変わらず馬鹿だな」と呆れた 高杉だが仕方ないと銀時に自分のノートを貸してやった。 そして今日ノートは高杉の元に返され、そして授業があったため高杉は返された ノートを開いた。そして目にしたものに銀時への怒りを静かに燃やしたのだ。 「どういうつもりだ?あァ?返答次第では東京湾に沈めんぞコラ」 冷ややかな高杉の視線が刺さるが、銀時は怯む事なく言葉を返す。 「高杉のノートがあんまりにも綺麗だったのでつい」 その返答は高杉のお気に召すものではなかったらしく、高杉の眉がぴくりと動い た。おまけに胸倉を掴まれギリギリと締め付けられる。 「つい、で人のノートにパラパラ漫画書いてんじゃねぇぞ天パ。全ページに渡る 大作書きやがって。しかも無駄にうめぇし。てめぇ本気で死ぬか?せめてもの情 けだ。俺が背中を押してやるよ」 そんなことされながらも銀時はやはり平然としていて反省の色を見せることもな い。 「いやいやいや、俺泳げないんだよね。まさか高杉を殺人犯にするわけにもいか ねーだろ。俺なんか殺した罪を高杉に課すなんて真似俺にゃ出来ねー。ってか今 死ぬ。マジで今此処で死んじゃう。このまま死んじゃうってマジ」 「じゃあてめぇで海に沈め。もしくはこのまま死ねよ頼むから死んでくれよ」 「いやいやいや」 そんなやりとりを経て高杉もだいぶ落ち着いて来たらしい。すっと銀時から手を 離して腕を組む。とりあえず一通りの怒りは吐き出したようで、心底呆れきった ような溜め息をついて虫の息の銀時の前にぱんとノートを投げた。 「そのふざけた落書き全部消しとけ。消さねーとその白髪天パ毛根ごと全部引っ こ抜いてやらァ」 「マジでか」 「もしかしたら黒髪ストレートに生え変わるかもしんねーだろ」 「え、ちょっ、マジ?」 「本気にしてんじゃねーよ腐れ天パ」 ふんっと鼻を鳴らし高杉は席に戻る。 その後ろ姿を銀時はしばらく見つめていたが、やがて溜め息をついて机にうなだ れた。 あの様子じゃ、きっと気付いていない。 銀時はもう一度溜め息をついて眼前のノートを見つめた。それから体を起こして ノートを開き、必要以上に情熱を込めて作り上げたパラパラ漫画 を丁寧に消していく。 乱暴にやってシワにしたり、下手をして破いてしまったら今度こそ本気で殺され るかもしれない。 (変なところ神経質なんだからよー…ったく。お坊ちゃんが) ぶちぶちと心の中で文句を並べる。面と向かって言わないのは無駄な労力を使わ ないためだ。そんなことを口にしようものなら絶対殴り合いの喧嘩になるに決ま っている。そんなのはごめんだった。銀時は高杉以上に自分は大人なのだと自負 している。 消しながら、無意識にまた溜め息をついてその手を止めた。 だいぶ消えた隅に書かれていた漫画も完全に消し去ることなど不可能だ。 なんとなくその残滓を銀時は眺めた。 「………」 別に消してしまうのが惜しいわけではない。確かに30ページに渡る大作だが特別 なんの愛着もないただのカモフラージュのために書いたものだ。 高杉に本当に見てもらいたかったのはノートの後ろから5枚目に書いたたった4 文字。 『好きだよ』 高杉の目には触れなかっただろうその文字から消してしまおうとぺらぺらとノー トをめくる。 消しゴムをかけたら消えてくれるだろうか。パラパラ漫画のように残ってしまっ ては困るなと思いながら目的のページを開いて思わず目を丸くした。 『そういうことは直に言え』 汚い銀時の字のした、書かれていた言葉は高杉のもので銀時は思わず瞬きを繰り 返した。 「嘘だろ」 顔を上げて高杉を見る。彼は外を見ていた。銀時の方など振り向きもしない。 正直、冗談のつもりだった。馬鹿じゃねぇの、そう笑い飛ばされると思った。 口に出して、言っても、いいのか? 「高…」 今すぐ問い質したかったのに丁度よく担任が教室に入って来る。 タイミングを逃した言葉は音にならず宙を舞う。開いた口は何も紡げず閉じた。 号令に従い席を立ち礼をしてまた座る。 その間ただひたすら銀時は少し跳ねた黒髪、小さい頭を見つめ続けた。 (本気にしちまうぜ?全部テメェが悪いんだ) 言わせるだけ言わせて鼻で笑ってズタボロにフラれて終わりかもしれないけれど 。 別にそれでも構わない。心の底から本気でそう思っていた。 さようなら友情、はじめまして、恋心。 同級生。銀時が高杉のノートに落書き。友情を恋と自覚。 |