空が泣きやんで、道にできた水溜まりに空が映る。ぽつりと屋根から落ちた滴が 波紋を広げた。透けた青空が歪む。 窓に腰掛けて高杉はただそれを見ていた。少し強い風に髪を撫でられながら、気 にも止めずただそれを見ていた。 「銀ちゃーん。雨止んだヨ!約束アル!酢コンブ買いに行くアル!!」 神楽が銀時の体を揺すれば、銀時の顔に乗っていたジャンプがずり落ちる。煩わ しそうに顔をしかめながらも銀時は起き上がった。 「あーもううっせぇな。わーったからでけぇ声出すな」 バタバタと神楽の足音が部屋に響く。 寝起きでまだ気怠い身体を持て余しながら、銀時は窓の外を眺めた。 両の目に映ったのは、青い絵の具を水で薄めた、そんな色をした空だった。 重い雲が途切れた隙間、青空の欠片を見つめ銀時が室内に告げる。 「先生ー、雨上がったー」 銀時の声に松陽が腰をあげる。縁側にいる銀時の隣りまで来て、先ほどまでの雨 が嘘のように太陽を浴びてキラキラと輝く庭に目を細めた。 その後ろ、室内で高杉が不満そうにすねたように少し口を尖らせながら松陽を見 つめている。 銀時が気付いて声を掛けた。高杉の不機嫌の理由などわかってはいる。 「高杉、雨止んだぜ。良かったな」 「………」 銀時をキッと睨み付けて、それでも堅く口を閉ざして無言で不満を訴える。銀時 はそれを無視して松陽の元へ戻った。 じゃあ出掛けようという松陽の言葉に従い、二人して松陽の後をついて行く。 本当は高杉が松陽と出掛けるハズだった。銀時はいなかった。 季節が移り知らない草が生えているから、知らない花が咲いているから。だから 一緒に見に行って、それらの名前を教えて欲しい。 松陽のもとを訪れた高杉はそう言った。 珍しく松陽の部屋にいた銀時がそれを聞き、雨の中行かなくても…と呟いた。そ してこう続けた。 「俺も行く」 途端に露骨に嫌そうな顔をした高杉が口を開く前に松陽が許可した。 銀時が自ら学びに行くなど珍しいと笑う松陽に高杉は何も言えず、今からでも辞 退しろと目だけでなく表情で訴えてきたが銀時は素知らぬ顔で雨が上がるのを待 っていた。 雨が止み、水溜まりを避けながら銀時と高杉は松陽から少し離れた位置を歩く。 「なんでテメェまで来んだよ」 「俺も知りたかったから?」 「嘘吐けよ。天パに草木の名前が覚えられると思わねぇ。邪魔だろ、邪魔したか ったんだろ。素直にそう言えよ。今ならぶっころじゃなくフルボッコで済ませて やる」 「おめー今天パ馬鹿にしたろ。天パ馬鹿にしただろ。来いよ、返り討ちにして泣 かせてやらァ」 「あぁ?」 「なんだよ」 二人の一触即発の気配など気にも止めない松陽の声が響く。 いつの間にかだいぶ離れてしまっていた。互いに一睨みしあって、ふいと顔を逸 らすと小走りでその距離を詰める。 どの花かと問い掛けられ、高杉は目的の花を指差す。 松陽の説明を聞きながら、高杉の視線は花と松陽を行き来する。 そんな高杉を銀時は見ていた。邪魔をすることもなくただ黙って高杉を見ていた 。 二人の視線はいつまでも一方通行、決して絡み合うことはなく、二人の世界は違 う人を映したままだった。 あの日見たのと同じ花に、葉から滴った滴が落ちる。 目の前に広がる眩い世界はまるであの日のようで高杉は目を閉じた。瞼の裏にま で光が染み込み、闇に落ちれない。 今一度瞳を開けて、空に草木に視線を彷徨わせる。 頭に響く柔らかな声と子供の声が、錯覚だとは分かっていた。 「銀ちゃん早くー!酢コンブ売り切れたらどうするネ!!」 「売り切れねーよあんなもん、ったく」 はしゃぐ神楽に眉を寄せながら、湿気を吸って重たい頭をかき混ぜる。 「………」 ふと神楽から逸らした視線の先、咲き誇る花は見覚えがある。思わす足を止める も名前も知っていたハズなのに思い出せない。 だから天パには草木の名前なんて覚えらんねぇっつったろうが。 人を馬鹿にしきった声が頭を過ぎり、顔をしかめる。 ついと視線をあちらこちらに向けてみる。 声の主などいるはずもなく、急かす神楽の声に銀時はまた歩き出した。 何を見ても何処を見ても、いくら必死に探しても、見つけられるはずのない人を ただ思う。 最早、記憶の中でしか会えない人。いつだって其処に佇み、手の届かない遠い人 。 雨粒に輝くこの世界のなかでなら、昔のままの貴方に会える気がした。 会えるわけない、会っちゃいけない、そんなことくらいわかってるけど。 銀→高か高→松陽。 SunSet Swish「ありがとう」 「今どうしようもなくとめどなく 溢れ出す涙を辿れば 思い出の中にいる あなたに会える」 |