君のままの、君が好き。 金時はじっと眼下で無防備な背中を晒している人を見つめていた。 (名前は高杉晋助だろ。銀魂高校の教師。あ、教科知らねぇや。前に聞いたっけ? 記憶にねーな、先生のことなら一度聞いたら絶対忘れねぇと思うんだけど) 仕事柄、パーソナルデータを覚えるのは得意だ。記憶の棚をいくら開けても高杉 の教科が出てこないからきっと聞いていないのだろう。 何故こんな基本的な事項を聞いていないのか不思議だ。 首を傾げながら、その件は今度聞くことにして金時はまた先ほどの続きを考えは じめた。 (伸びた背筋と凛とした空気から大きく見えるけど、横に並ぶとやっぱりなんかち ょっと小さい170cm。言うと睨まれる。上目遣いだから怖いけど可愛い) 普通、高杉に睨まれたら怖いだけなのだがそこは惚れた証だ。 一人、考えに没頭してしまったらしい。金時の下にいる高杉から文句が飛んでき た。 「もっと強く」 「…へーい」 今までなんの反応もなく目を閉じ身体を弛緩させていたので、銀時は高杉が寝て いるのかと思っていた。 しかし文句を言われてしまったので、背中を押していた親指に力を込めた。 「あー…、そうそう、そんな感じ。あー、イイなそこ、効くー、あーそうそこも っと強く」 「………あのさぁ」 ため息をつきながら金時は前傾にしていた上体を一度起こした。力を込めていた 手を振り、一度握りしめる。 「もっとエロい、色気のある声出せねぇの? イイ…っ!そこ、もっとォ…!! 的なさ。今の超おっさんじゃん、モロおっさんじゃん」 「エロ漫画の読みすぎだ。軽く引くぞその発想。仕方ねぇだろ、俺ももういい年 …」 「来年三十路だもんな」 「てめぇもいつかはなるんだよ」 睨まれた。首を竦めて見せ、金時は再びマッサージを開始する。 高杉の勤める高校は体育祭の季節らしい。教員の種目があり、その練習をしなけ ればならないのだと高杉がぼやいていた。 おまけに二十代と比較的若年層に位置する高杉はリレーで長距離を割り当てられ たそうで、つい先程まで金時は背中ではなく足を揉まされていた。 「やっぱ運動しねぇとダメだな。筋肉痛とか、ねぇわ」 「だなぁ。もう三十路だもんな」 「しつこい」 「痛」 背中に衝撃を受け、何事かと思い振り返れば高杉の投げ出されていた足がぷらぷ らと揺れていた。踵で蹴られたらしい。 「運動しなきゃだなァ」 高杉のぼやくような声に、金時は即座に反応した。 「あ、じゃあ俺とフィットネス行こうぜ。やっぱ週一でもさ、動くと動かないじ ゃ違ェと思うんわけよ。俺いいとこ知って…」 「んなとこ行くならWii Fit買う」 「このインドア派!!」 「うるせぇよ、誰が手ェ休めていいっつった」 「へーい」 折角毎週デートが出来ると思ったのに。 頬を膨らませてみても、高杉は気持ちよさそうに身を投げ出している。微かに開 いている唇からは、やはり色気のカケラもない声が零れていた。 (…正直、もっとカッケーと思ってたよな…) 金時は一目見て高杉に惚れた。周りの声も音も聞こえなくなるくらい運命的な出 会いを果たしたのだと今でも思っていて、こんな気持ちになったのは初めてだっ た。 朝から晩まで、それこそ仕事中も高杉のことを、彼がどんな人なのかを考えつづ けた。 彼の職業と雰囲気から、知的で、真面目な人だと思っていた。それが金時のタイ プかというとそうではない。むしろ苦手ななだが、高杉はきっとそんな人間なの ではないかと思い込んでいた。 仕事柄、人を見る目は養ってきたつもりだ。自信もあった。しかしそれは金時の 驕りでしかなかったのかもしれない。 実際高杉と接してみると、金時のその自信は粉々に打ち砕かれた。 (知的っつーか、違うんだよなぁ。なんか知的な会話されたことあったっけか。真 面目でもねーし、見掛けに反して中身結構親父だしな) 仕事終わりのビールがたまらないだとか、ジョッキ片手に言われたときは百年の 恋も冷めるかと思ったが生憎冷めなかった。最近腹の肉が気になると言われたと きも本気で冷めるかと思ったが、やはり冷めなかった。 それがよかったのか悪かったのか、金時にはわからない。 わからないが、今こうして高杉の家でマッサージ機になっているのだけは確かな 現実だった。 「なぁ、体育祭いつ?」 「なんで」 「先生の晴れ姿、見に行こうかと」 「馬鹿か」 「ちょ、いつなんだよ」 口を閉ざして顔の向きを変えた高杉の拒絶に金時はツボを思いきり押したが、う めき声が零れたきただけで日時は返って来なかった。 (勝手に調べて見に行ったら怒るかな。でもやっぱ先生のジャージ姿見てェじゃん 。先生が走るとか想像しただけでたまんないね) 「何考えてんだ」 「あいた」 また踵で蹴られた。もういいと上体を起こしたので金時はそこから退いた。 ソファに座った高杉は金時に礼を言うと首を回している。居場所がなくなった金 時は少し視線をさ迷わせたが、結局なにも言わず近くのソファに座り直した。 別に、お礼のキスなど期待していたわけではない。 「…何膨れっ面してんだ」 「してねーし」 「嘘。してる」 「してねーし」 「しーてーる」 「しーてーねー」 頬を引っ張られて嫌がるそぶりを見せながらも金時は高杉の手から逃げなかった 。高杉がなんとなく楽しそうなのでしたいようにさせておいた。 最後に思いきり引っ張られて、それは痛かったので少し涙が出た。文句のひとつ でも言ってやりたかったが、高杉の笑みを見るとなにも言えなくなる自分は本当 にダメだなぁとは思う。 腰をあげた高杉は腕を回しながら台所に消えた。戻ってきた手は缶ビールといち ご牛乳の500mlパックで塞がっている。 「ほらよ。マッサージの礼だ。だいぶすっきりした」 「どういたしまして。…で、なんで俺いちご牛乳?」 「好きなんだろ?」 確かに好きだけれども。金時は思わず高杉の口許に運ばれる、小気味よい音をた てて開けられた缶ビールを見つめた。 それに気付いた高杉が唇に触れる寸前で手を止めた。 「おまえは休肝日にしとけ」 「…へーい」 休みの日まで酒を飲もうとは思わないのも確かなので大人しくパックを開けた。 無意識に口許が緩むのを見られる。呆れたように笑われた。 「幸せそうだな」 「幸せだよ」 「単純な奴」 多分、高杉は金時の笑顔の理由をいちご牛乳のせいだと勘違いしているだろうと 金時は思った。思ったが、あえて訂正はしなかった。 高杉が金時の好物を覚えていてくれたこと、自分は飲まないであろうそれを金時 のために自宅に用意しておいてくれたことが嬉しい。職業柄、酒を飲むことの多 い自分のことを気遣ってくれたことが嬉しい。 なんて、いくら金時でも言えやしない。 「なぁ先生」 「ん」 向けられた視線に、金時は笑みを深くして言った。 「Wii Fit買ったら一緒にやってくれる?」 (カッコイイとこも予想外なとこも親父臭いとこも、悔しいくらい全部全部大好きなんだ!) |