目は口ほどにものを言う。とはよく言ったものだよ。
金時は視線を泳がせつつもちらりと目の前にいる人に視線をやり、そう胸の内で呟いていた。
今、金時と高杉がいるのは都内にある高層ホテルの最上階にあるラウンジにある高級レストランだった。
完全予約制の其処は3か月先まで予約がいっぱいでそう易々と足を運べるところではない。
東京という街並みを一望できる其処の窓際の席に金時は高杉を招待した。
普段は金時を振ってばかりの高杉も其処には興味があったのだろう。横に振ってばかりの首で珍しく頷いてくれた。
それが嬉しくてその瞬間から今の今まで金時は高杉に「その顔やめろ」と軽く距離を置かれるほどに笑顔でいたのだが、 心からの笑みを浮かべていられなくなるほどの落とし穴に席につき、しばらくしてからようやく気がついた。
別にこのレストランの目玉である夜景を高杉が「流石だな」の一言で片づけ、さして感動した様子もなかったことが悲しかったとかそんなことではない。
確かにもっと興奮してくれたっていいではないか、他の女の子なら、と思わなかったわけではないがそんなことはさしたる問題ではないのだ。
問題はもっと別のところにあった。



照明が落とされた落ち着いた空間に流れる心地よい音楽が高杉によく似合っている。
金時は窓の外や店内に視線を向けている高杉を見つめながらそんなことを考えていた。
「いいな。此処」
機嫌良さそうに高杉の唇が笑みを作っているのに金時も無意識に頬を緩め高杉から目を逸らさないまま応じる。
「でしょ」
不意に高杉の視線が金時を捕らえた。その瞬間、金時の心にはわずかに動揺が走ったが金時は瞬きをするに留めた。
高杉の目が悪戯に細められる。
「今日は客とのデートの下見か?」
「違いますー。純粋に先生と来たかったんですー」
金時は眉を寄せ唇を尖らせた。明らかにからかいの言葉に、あからさまに拗ねてみせれば高杉は笑みを深くしたが、返事はなかった。
それから二言三言、会話をする。その会話中に、金時はこの至福の時に潜んでいた落とし穴の存在に気がついた。
その落とし穴が金時の調子を狂わせ、焦らせていく。
口を開くのは主に金時だ。高杉は寡黙なわけではないけれど、あまり場をつなぐだけのことを喋ろうとはしない。
それはいつものことなので金時は気にしない。今、金時をじりじりと追い詰めているのは高杉の視線だった。
金時は喋っている間、高杉は金時を見ていないことの方が多い。金時が一方的に高杉に語りかけ、見つめ倒している。高杉は金時の言葉に適当に相槌を打ちながら他のことをしている。それが普段の二人のスタイルだった。
けれど今日は二人は対面に座っている。レストランという場所柄、高杉が何か意識を向けるべき対象もない。
結果、今日の高杉は顔に笑みを浮かべたまま頬杖をつき、相槌を打ちながら金時にじっと視線を注いでいる。
今まで誰であろうとどんな視線も受けてたち負けずに見つめ返してきた金時であったが、高杉の視線は妙に心をかき乱し、つい目を逸らしたくなってしまう。
あまりにも慣れていないのだ。高杉に見つめられるということに。
自分がこんなにも意気地なしだとは思わなかった。金時は笑顔を浮かべながら心の中で唇を噛みしめる。
高杉の視線は揺らがない。ただ愉快そうに唇をかすかに吊り上げて金時を見つめ続けている。
対して金時は目を逸らし続けている。時折確かめるように高杉に目をやってはまた宙へと視線を彷徨わせた。
別に高杉が何かを言ったわけではない。何か特別なことをしたわけでもない。高杉はただ金時を見つめているだけだ。
ただそれだけなのに、金時の心臓は早鐘を打っている。心が落ち着かない。挙動不審なのが自分でもよく分かって、落ち着かなければと思えば思うほど自分を見失っていく悪循環に陥っていた。
「んでさ…」
「金時」
名前を呼ばれて、条件反射のように金時は高杉に目を向けた。目が合った。
一度絡みとられてしまったらもう解けなくて、金時は不自然に固まったまま最後の抵抗と言わんばかりに瞬きを繰り返した。
ぎこちない笑みを浮かべたまま、なんとか言葉を絞り出す。
「何」
「おまえ」
「俺?」
高杉は薄い笑みを浮かべたままだ。頬杖をついているために自然と少し傾げている首を逆の方に倒して笑みを深くする。
そして言った。
「案外可愛いんだな」
「〜〜〜っ!」
くすりと笑いながら告げられた言葉に反論しようと口を開いたその時、金時が音を発するよりも先に料理が運ばれてきた。
高杉の視線が外れる。高杉を悔しそうに見つめる金時の耳には並べられた料理の説明も届くことはなかった。
「なぁ」
デザートまで食べ終えて、拗ねたままの金時は高杉に声をかける。
「何」
「また誘うから」
リベンジさせて。音の上にそう意味を載せる。
静かにスプーンを置いた高杉が視線をあげた。真一文字だった唇の端がゆっくりとほんの少し吊りあがる。
「此処になら、また来てやるよ」



(あぁもう恋は惚れた方の負けってね!)