「先生、大事な話があるんだ」
机に肘を置き、口元を隠すように金時は指を組んだ。視線は高杉には向けず眼差しをどこということなく一所に落ち着けて、酷く真剣な口調で言った。それを受けて、高杉は金時を見つめて答えた。
「…なんでしょう。ちなみにセックスならしねぇ。疲れてる今はマグロにしかならない自信がある」
「マグロだろうがサンマだろうかどんな先生も俺は愛してる。じゃなくて、すごく、大事な話なんだ」
無駄な言葉を挟みながら、それでも金時は表情を崩さない。普段はコロコロと変わるのに、と高杉はそんな金時を見つめたまま思ったが、いやそんなことはないかと即座に自分の考えを否定した。普段は常に、ただアホみたいに頬を緩ませているから表情はそう変わらないかと高杉は真面目な顔をしたままそんなことを考えている。そんな高杉の胸中を知ってか知らずか、金時は高杉ではないどこかを見つめたまま、「先生」と口元を隠したまま言った。
「一緒に住もう」
「断る」
「即決?!」
逡巡する間もなく返ってきた言葉に金時は腰を上げた。今までのポーカーフェイスが嘘のように全身で自分の考えをアピールする。あぁいつもの金時だ、と思いながら高杉は自分を売り込む金時の言葉を嫌だ、断ると聞き流す。
「なに? 俺が部屋を散らかすとかそんなこと思ってんの? 先生、俺ん家来たことあるじゃん! 超綺麗だったっしょ?! 俺ちゃんとお掃除出来る人だからそこんところ問題ないからゴミ出しだって分類分けまで完璧だよ。掃除だって洗濯だって料理だって俺全部出来ちゃうんだよ伊達に一人暮らし長くないからね! ほら一家に一人置いておくときっと便利だよ! 場所も取らないしすごく便利だよ! ねっ! だから、ねっ!!」
「通販かよ。押し売りお断り」
金時の必死のアピールも、高杉は一言でバッサリと切り捨てた。あまりに取り付くしまのない高杉に、金時は唇を尖らせてみせたが、そんなことをしても高杉には無意味だった。代わりに子供に言って聴かせるように酷く穏やかで、どこか遠い目をしたまま高杉は言った。
「なんでまた突然んなこと言い出したんだ。なんか変なテレビでも見たか? あ?」
「先生は俺をなんだと思ってんの。っていうかその顔やめて。傷つくから」
普段の突き放したような態度ではなく、なまじ生易しい態度を取られると逆に傷つく。金時の言葉に高杉はすぐに表情をなくしたが、その目はさっさと理由を言えと急かしていた。だが言葉にはしてこない。金時は口を開くのを足を組み、腕を組んで待っている。
目を逸らして、拗ねたように唇を閉ざしていた金時は体感時間では長く長く感じた沈黙に、ぽつりと穴を開けた。
「…基本的に先生はお昼に働いて夜寝ちゃうじゃん。俺基本夜働いて昼寝てるじゃん。昼夜逆転じゃんあんまり生活パターンかぶらねーじゃんでも少しでも一緒にいたいじゃん。一緒にいるには一緒に住めばとりあえずなんか解決できそうじゃん」
段々と小さくなっていく金時を見つめて、高杉は小さく溜息を吐いた。そして呟く。くだらねぇ。
それに反応して、金時はいきり立った。
「なに、男と同棲とか世間体とか気にしちゃうの先生そういう人?! いいじゃんハウスシェアとかなんとか言っとけば! それともなに、パー子になればそんなハードルも下がんの?! なぁ! だったら俺パー子にでもなってや」
「あの化物どもの仲間入りしてみろ。俺の前に現れた瞬間殴り倒すぞ」
殺られる。憎悪の炎でぎらつく目をしてドスのきいた低い声で言葉を遮られ、金時は口を開いた状態で一瞬固まって、それから慎ましやかに立ち上がっていた姿勢からソファに腰を下ろした。
「…ごめんなさい。二度と言いませんごめんなさい許してくださいごめんなさい」
「……」
恐怖から目を逸らして小さくなる金時の視線の外から、不機嫌そうな舌打ちが聞こえる。ついでライターの音がした。深い溜息がして、タバコが煙る。そんな高杉の様子を横目で見ながら、金時は恐る恐る口を開いた。
「前から思ってたけど先生ってオカマに厳しいよね。なんかされ、」
睨まれた。
「ごめんなさい何でもないですごめんなさいもう二度と触れませんごめんなさい許してくださいごめんなさい」
普段から目つき悪いなぁと思ってはいたけれど、不機嫌な時とかは視線だけで人を殺せるんじゃないかと思ってはいたけれど、今ほど本気で目で殺されると思ったことはなかった。逆鱗に触れてしまったことを自覚しながら、金時は今までの勢いが嘘のようにただただ高杉のなかの嵐が過ぎ去るのを小さくなりながら、大人しく静かに待っていた。
やがて高杉が再び深い溜息を吐いた。灰皿に吸殻を押し付けて火をもみ消す。高杉は足を組み直して、金時に問いかけた。
「大体、一緒に住むったってどこに住むんだ。ここか? それともてめぇん家か。言っとくがてめぇん家は却下だぞ。狭い。ボロい。そんでここだとてめぇの職場が遠くなるだろうが」
一瞬、なんの話をされているのかわからず、金時は首をかしげたが、すぐに同棲の話だと気がついた。拒否されたが、一応考えてくれているらしい。その事実に、金時の表情は見る間に明るくなる。
「別に、職場が遠くなるとか俺全然構わねーし! 先生がいいならすぐにでも家引き払ってここに住む!」
「いいなんて言ってねぇ」
「そうですね!」
あくまで仮定の話ですね、と金時は微笑んだ。ダメか。金時は諦めていた。だが。



「先生の職場に適度に近くて、俺の職場からも遠くならないそんな新築マンションがあれば考えてくれるんだって。もう俺今から歌舞伎町中の不動産屋めぐるわ」
「そうか。おまえ、俺のところに来れば惚気話ができる上にとりあえず話が落ちるとでも思ってるんじゃないか。勘違いだぞ」
カウンターの向こうでお酒を注ぎながら、桂は淡々と言った。それに対し、金時は抗議の声を上げる。
「違いますゥ。一応聞きたいことがあって来たんですゥ」
「ほぅ、なんだ。ちなみにパー子になるための工事は2ヶ月待ちだそうだ」
「え、なんでそんな待ち時間あんの。でもそうじゃねーし。パー子になったら俺先生に会えなくなる」
先日の高杉の反応を思い出して、金時は青ざめた。それを見ても、桂は特別不思議がることもなく酒を注いだグラスを金時の前に置いた。
「まぁそうだろうな。あいつのカマっ子嫌いは筋金入りだ。俺だってノーメイクじゃないと蹴り倒されるところだぞ」
「なんだよパー子イコール破局フラグって知ってたのかよ止めろよこのクソアマ俺がはったおすぞ」
さらりと告げられた言葉に金時のグラスを握る手に力が入る。それでも桂は素知らぬ顔をして他の従業員に指示を与えていた。
「でも、なんでそんなに先生ってオカマ嫌いなの。俺マジ死ぬかと思ったんだけど」
「それは機密事項だ。口に出したら俺の、いや、エリザベスの命が危うい」
言えないと首を振る桂に、金時の疑問は膨らむ。しかし、答えが貰えないのならば仕方がない。その辺は割り切ると、金時は酒を含んで高杉と一緒に暮らす日々をぼんやりと思い描いた。
「はぁ、早く暮らしてぇなー…」



(同棲を糧に仕事も家探しも頑張れちゃう俺ってばとっても省エネ。やっぱこれはすごくお買い得だよ、うん。だから先生は俺を側に置いておくといいよいや側にいさせてくださいお願いしますよ!)