金時は絶望していた。この世の終わりだと思っていた。
「猫の手も借りたいクソ忙しい年の瀬に、まぁた先生と喧嘩でもしたんですかィ。いい気味でさァ」
「ブッブー喧嘩なんざしてませんー。いや先生絡みなのは確かだけど」
虫でも見るような目を向ける沖田を、金時は恨めしそうに見返した。
クリスマスは仕事で、恋人らしい甘い時間を過ごすことはできなかった。けれど年の瀬、新年は一緒に過ごせる。そう思っていた金時に衝撃のメールが今日届いた。
『こっちから連絡するまでうちに来るな。メールするな。電話するな。以上。よいお年を。』
「ありえなくね? クリスマス一緒に過ごせなかったんだよ?! 年末は一緒に過ごせると思うじゃん! 一緒になんかテレビ見て除夜の鐘聞いて雑煮食って初詣行って姫はじめじゃん!!! なのに来るなってどういうことよ連絡もダメって浮気?! 俺死ねばいいの? ねェ死ねばいいのねェ!!」
「死ねばいいんじゃないですかィ」
喚く金時に沖田は冷たく言い放つ。だが金時はショックを受けるでもなく、ぐだぐだと泣きごとを呟いていた。沖田の言葉など耳に入っているかもよく分からない有り様だ。
「戻った、って、なんだコイツまた来てやがんのか」
外から帰ってきた土方は金時の姿を見るなり嫌そうに顔をしかめてみせた。
「もうホストクラブは仕事納めか? スナックお頭裸は昨日で締めたっつってたしなァ」
「うっうっ、先生と過ごせない年の瀬なんて、働いてた方がマシだ」
泣き伏せり近藤の言葉を金時は聞き流した。桂が鍋の道具を持っていただのなんの、今年は近藤と沖田姉弟で正月をすごすのどうの。土方と山崎は大晦日から元旦にかけて夜勤だそうなので、一緒に年を越しに来て良いかと尋ねたら一瞬で切り捨てられた。
「チクショー。なにが正月だ。年も越さずに滅べよチクショー世界なんて爆発しろ。ただし先生と俺除く」
「てめぇが真っ先に爆発しろ」
早く出ていけという空気にも関わらず居座り続けた金時であったが、どうにもやりきれず金時はついに腰をあげた。
「先生のマンション行く…。別にちょっと外から窓を見上げるだけだから。先生んち行くわけじゃないから。ちょっと、ちょっとだけ…」
「ストーカー行為はやめてくだせぇ。ただでさえ忙しいのに。仕事増やされたら取り押さえる手が滑りそうでさァ」
「見るだけ、見上げるだけだから…」
そう呟きながらふらふらと交番をあとにする金時を、お巡りさんの面々は生暖かく見守っていた。
あぁ先生、どうしてあんなメールを。たとえ先生が浮気していたとしても、俺は、俺は。
そんなことを思いながら恨めしげにマンションを見上げていた金時は階数と窓を数えて高杉の部屋を探していた。あれだろうかと目星をつけたとき、エントランスから女がひとり出て行くのが目に入った。こんな時間からデートか怨めしいリア充爆発しろと世界のすべてに呪いをかけた金時はその女に眉を寄せた。
「あ?」
女じゃなかった。長い綺麗な黒髪をした、男だ。しかも、よく知っている。
「ヅラ…?」
なぜ此処に。金時の頭に近藤の言葉が蘇った。昨日仕事納めの桂は今日鍋の材料を買い込んでいた、と。今マンションから立ち去る桂の手にそれはない。
もしかしたらもともと手ぶらだったのかもしれない。しかし今の金時は桂がその材料を持ち込んで自分を仲間外れにして鍋を楽しんでいたのだとしか考えられなかった。
走り出していた。見るだけと言っていたマンションに入る。エレベーターを待つ時間すらもどかしくて階段を駆け上がった。高杉の部屋の呼び鈴を嫌がらせのように連打して、返事を待たずに合い鍵で中に押し入った。
「先生ヒドいあんまりだ!! 俺にあんなメール送っといてヅラと鍋パなんて!! ヅラ子がいいなら俺パー子になるから!! だから捨てないで先生!!!」
リビングへの扉を勢い良く開いて叫び、その部屋の暗さに金時は一瞬目を瞬かせ、首をかしげた。
「…あれ?」
灯りの消されたリビングに高杉の姿はない。辺りを見回しても、やはり高杉はいない。これは、一体。思いがけない様子に戸惑う金時に構わず、高杉の寝室への扉が静かに開く音がした。反射的に金時はそちらに目を向けた。
隙間がだんだんと広がって、ぼんやりと人影が浮かぶ。地獄の底から響くような、低い声が聞こえてきた。
「うるせぇんだよ…。メールも読めねーのかこのクソ金パァ…。よっぽど新年を迎える前に息絶えてぇみてーだな」
殺られる。金時は死を覚悟した。ゆらりと姿を表した高杉の目は据わっている。その手には目覚まし時計が握られていて、あれで撲殺されるのだ。俺に新年どころか明日は来ない。あぁでも先生愛してる。
目を閉じ心のなかで最期の言葉を呟いた金時だったが、いつまでもその最期のときは現れない。恐る恐る目を開ければ、ドアにもたれて高杉が咳き込んでいた。
「…風邪?」
尋ねれば睨まれる。その気迫に金時は口を閉ざし小さく手を上げたが、高杉はそれ以上なにをするでも、何を言うでもなく寝室へと戻っていった。金時はそれを追っていく。のそのそと布団に潜った高杉の横に居着いて、苦しそうな高杉の額に手を当てれば普段とは比べ物にならないほど熱い。
「うあああ、先生死なないでぇぇぇぇええ。先生が死んじゃうなら俺も死ぬぅぅうう」
「死なねぇよ殺すな。殺すぞ」
「よかったいつもの先生だ」
いや、いつもより辛辣だけれども。甲斐甲斐しく世話を焼きながら、なにか食べたのか薬は飲んだのか尋ねればその手の類の看病は桂がすべてやっていったようだ。今さっきマンションから出ていった姿を思い出して納得する。
「なんで俺には来るなで、ヅラは呼んでんだよ。納得いかないんですけど」
「…風邪には運動が一番だとかぬかして病人に無理を強いるような奴を、誰が呼ぶか…」
「いや、うん、でもほら、治ったじゃん」
「……」
「…ごめんなさい」
沈黙が一番責められているような気がする。金時は目を逸らしながら謝罪の言葉を述べた。高杉は熱い息を吐いて、小さく付け足した。
「せっかくの休みを、病人の看病なんかで潰すこたぁねーだろ」
薬が効き始めたのか、うつらうつらしている高杉から零れた言葉に金時は目を瞬かせたあと、幸せそうに笑い、その額や首筋を拭う濡れタオルを作ったがために冷えた手でまだ白い頬に触れた。
「先生と過ごせるなら、なにしてたっていいんだよ」
返事はない。先ほどまでうっすらと開いていた目は閉じて、薄く開いた唇からは熱い息が溢れている。物語では寝ている姫に口付けをすると、姫は目覚めてしまうものだけれども、生憎高杉は姫ではないし、自分も王子ではないことを金時は知っていた。だからそっと、無防備な唇に口づけた。高杉は目覚めない。それを確かめて、横で自分も眠ることにする。潜り込んだ布団はいつもより暑くなっている。
年越しそばもお雑煮も除夜の鐘も初詣も、全部できなくても、来年も一緒、そう思えることが今年一番の幸せだ。
(まぁ熱くなった先生に布団から蹴り出されるのがオチなんだけどね! 別にいいけどね!!)