『指輪くらいいいじゃねーか。元々俺が買ったもんなんだしよ。それをいつまで もぐだぐだぐだぐだ…、おまえは俺の彼女ですかコノヤロー』
その一言に完全にぶち切れて、俺はここ数週間付けてた指輪を外して思いきり金 髪のくるくるパーにぶつけて部屋を飛び出した。
すぐさまあの天パが追って掴まえて謝れば、少し焦らしてやった後、許してやっ たかもしれないのに。



誰の手も俺を掴まえないまま、俺は公園に来てた。
後ろを振り返って見ても、街灯が照らす道は誰もいない。
自分の荒れた息で視界が曇る。呼吸を整えながら見た時計は1時56分。俺が家 を飛び出してから5分ちょい経ってた。
「………」
なんで追ってこねーんだよ。馬鹿。もう許してなんてやらねぇ。今決めた。そう 決めた。
もしこれから俺の目の前に現れても謝ってももう絶対許してなんてやらねぇ。悪 いのはてめぇだ金時。
そう思ってたら空気が痛いくらい冷たいことに気がついた。今夜は冷え込むって テレビが言ってたのを思いだす。
発作的に出てきたから上着も着てないし、携帯も財布も忘れたから温かい飲み物 も買えない。
チクショウ寒ィな。早く来いよ。あと3分は待ってやるから。
3分経っても、見慣れた金パが視界に入ることはない。
パンダの遊具に座って、痛む指先に息を吹き掛ける。けどそんなん気休め程度に しかならなくて。早く来いよ。あともう5分は待ってやるから。
そして5分経ってもあいつは来ない。
本気で寒ィ。ふと最近の癖のように左手の薬指に触れても指先には自分の指が当 たるだけ。物足りない感覚に指輪を投げ付けたことを少し後悔した。



金時はNo.1ホストで、俺より大人で。
俺ばっかあいつのこと好きで俺は遊ばれてんじゃねーか。金時に聞くことも出来 ずうだうだそんなことを考えてた時だった。
金時がいきなり指輪を買ってきた。数週間前だ。
『左手の薬指につけてよ。俺もつけるから』
手渡された指輪を何かと思って見てたらそう言われた。
左手の薬指。
それが意味することは俺の思ってる通りでいいのかと、俺はやっぱり聞けなくて 『馬鹿じゃねーの』と笑ったのだが、俺の指と金時の指。揃いの指輪がハマって るのを見ると信じててもいいのかな。自惚れてもいいのかななんて思ってた。
それが全部ぶっ壊れたのが今日。
なんも付けてない金時の指。聞かなきゃよかったんだ。今まで散々聞きたくても 聞かないことあったのに。なんで今回は尋ねてしまったんだろう。
『無くしちゃっ、た…』
その言葉を一瞬理解しそびれて、理解してからは口論だ。
『指輪くらいいいじゃねーか』
なんて、おまえが買ってきたくせによく言うぜ。
『おまえは俺の彼女ですかコノヤロー』
彼女になんてなれねーから不安だったんじゃねーか。だって俺女じゃねーし。
それがおまえの本心なのかよ。俺なんかウゼェと思ってたのかよ。
あぁなんか鼻水出てきた。冷えきった頬に生暖かい感覚が滴る。すぐさま冷えて 余計冷たい。
鼻を啜る音が夜の公園に響く。
寒ィ。体温を無くさないように自分を抱き締めて小さくなってみるけどどうしよ うもなく寒い。
早く来いよ。俺が自分から帰るとでも思ってんのか。
鍵締められてるかもしれねーのに。ご丁寧に鞄と上着が玄関に置かれてたりなん かしたら俺はどうすりゃいいんだよ。
握り締める手。右手が左手を包んでも、冷たい指輪の感覚はない。あぁやっぱり 返さなければよかった。あれを失うだけで酷く心細い。あいつに投げ付けたのは 自分なのに。
待ってるから。早く向かえに来いよ。俺がこのまま凍え死んだらどうすんだよ。
もうまだ許せないなんて言わねぇから。おまえが指輪無くしたのなんていいから。
でも俺の指輪はまた返せよ。返せなんておかしいのかもしんねぇけど。
どのくらい経ったろう。もう正確な時間なんて知りたくもねぇ。
来ねぇつもりなのか。もうこのまま俺をほっとくつもりなのか。
足音がした。金時かと思ってそっちを見たら、知らねぇ親父だった。
ガッカリしてまた丸くなる。
きっと金時が今すぐに目の前に現れたら、またかわいくねーこと言っちまうんだ ろうけど、それは形だけでもう怒ってなんかねぇから。だから早く俺の前に来いよ。
早く。早く来いよ。
そう思ってたら聞こえた足音。また違う奴かも。そう思いながらも顔を上げてま たそっちを見た。
暗闇でぼんやり浮かぶ金髪が街灯の明かりを受けて鈍く光ってる。来た。
どんだけ俺が待ったと思ってんだ。ってかすぐ来いよ。いろいろ言ってやりたか ったけど、なんだかまた泣きそうになって一言だけ言ってやった。
「…遅ェよ馬鹿」
本当に。でも来てくれたから、しょうがねーから許してやるよ。