物凄く冷え込んでる日の夜、時刻は1:50am。
俺は散らかった部屋に一人で居た。
散らかしてくれた犯人は俺が渡したこの部屋の鍵と指輪を人に投げ付けてから部 屋を飛び出して行って此処にいない。
きっと追いかけて掴まえて好きだの愛してるだの許してだの俺に言ってもらいた かったんだろうけど、こっちだってムカついてる。
高杉の思い通りに動いてやる気にはならないから俺は一人、あいつを追うことな く足癖の悪いあいつが苛立ちに任せて蹴飛ばしたせいで酷い有様のリビングの家 具を直す。
直して、ソファに座って溜め息。
さっき高杉に蹴られたテーブルには高杉が俺に投げ付けた鍵と指輪が鎮座してる。
指輪。飾り気のないシンプルな、俺があげたペアリング。今回の騒動の原因。
これをあげたのは確か2週間前。ふらりと立ち寄った店で見つけて衝動買いして 高杉に一つやった。
『左手の薬指につけてよ。俺もつけるから』
そう言った俺の真意を一拍開けてからくみ取ったあいつはくすぐったそうに笑った。
『馬鹿じゃねーの』
そう言いながらもちゃんと薬指につけてくれた。お気に召したみたいで、その後 ずっとご機嫌で、もっとちゃんとしたの買えばよかったかななんて俺は少し後悔 した。
高杉は大事にしてくれたのに、先に指輪を無くしたのは俺の方。
仕事中付けてる指輪を外す時一緒に外しちゃったらしく、気付けば俺の左手の薬 指は寂しくなってた。
高杉にバレる前に見つけようと思ったのに、ついにバレちまった今夜。
高杉は怒った。最初はこっちに負い目があったからひたすら謝ってたけど、なか なか許してくれないからこっちもイライラしてきて。
『指輪くらいいいじゃねーか。元々俺が買ったもんなんだしよ。それをいつまで もぐだぐだぐだぐだ…、おまえは俺の彼女ですかコノヤロー』
その一言にキレた高杉が付けてた指輪を外して俺にぶつけて部屋を出ていった。
冷静に振り返ればやっぱそもそも悪いのは俺でしかないとは思う。特に最後のは 言ってすぐ後悔した。
けど俺は謝ったんだから程々で許してくれたって良かったじゃんかよ。
指輪から目を離してまた溜め息。
ふと。視界に高杉が怒る前いじってた高杉の携帯が目に入る。そういえば高杉は 何も持たずに出て行った。高杉の鞄も財布も携帯も、上着さえも全部この部屋の 中だ。
時計を見れば高杉が出てってから約10分経つ2:01am。
外は寒いに決まってる。上着もなしにあいつは今何処に居るんだろう。まぁどう せ近くの公園にいるんだろ。向かえに来た俺に「遅ェよ馬鹿」とか自分が出てっ たくせに言うんだろ。
わかってるから俺は探しに行かない。絶対。高杉が出て行った時すぐに後を追わ なかった時点で既に遅いんだ。外絶対寒いし、探しになんて行くもんかっつの。
寒さに耐えられなくなったら帰ってくるに決まってる。俺は優しいから、そん時 は仕方ねーから家入れてやるよ。締め出すなんて意地悪な真似をしない。だから 早く帰って来ればいいのに。これでどっか他の奴の処に転がり込んでたら俺ら完 璧にお終いだな。
そう思ってたらさらに10分経った。
「………」
マジに今何処に居んの?携帯を置き去りにされたから電話も掛けられない。
何?ちょっとマジに誰かの処に居んの?寒い思いして無い?それどころかぬくぬ くで誰かに慰めてもらっちゃったりしてるの?
それならまだいい。いやよくねーけど。だって高杉が出てってもう30分経とうと してる。家を飛び出した時の高杉の服装を思い出しながら窓を見れば外の寒さを 見せつけるように窓は結露してた。
「………」
ちょっとマジいい加減にしろよ。何意地張っちゃってんの?寒い思いして風邪ひ いたりしたらどうすんだよあいつ。馬鹿じゃんただの馬鹿じゃん。
「あー…もう」
俺はテーブルの指輪を握り締め上着を掴んで部屋を後にした。ドアを開けた瞬間 流れ込んだ空気が頬に刺さる。
こんな寒い中ずっと一人でいんの?
向かうは近所の公園。其処にいなかったらどうするかはいなかったら決めよう。
きっと冷えきってるあいつのためマンション1階のホールの自販機でホットの烏 龍茶を買ってポケットに放り込む。頼むから冷めるなよ。
駆け足で向かった公園の街灯で伸びてるパンダの遊具の影の上におまけがついて るのを見て俺は安堵する。
パンダに座って小さく丸くなってた高杉が俺の足音に顔を上げてこっちを見た。
逆光でよく見えない表情でも青褪めた唇が動くのがわかった。
「…遅ェよ馬鹿」
ごめんな。
その言葉の代わりに冷えきって凍えてる体を俺はきつくきつく抱き締めた。