「あっちー…」
真夏の炎天下、体中の汗が搾り出されて俺干からびる、ミイラになる、マジ永遠に残る存在になる…!!という状況に大学1年の俺はおったとさ。
何でかっつーと着ぐるみのバイト。近くの寂れた遊園地で短期バイト募集してたから応募してみたわけよ。なんてったって俺莫大な借金抱えてるからね。必死必死。
着ぐるみ着てガキんちょに手振って頑張って愛らしいポーズをとるわけよ。
家でも練習なわけよ。こうみえて俺仕事はきっちりこなす質だからね。まさか家に着ぐるみ持って帰ってくるわけにはいかねーから生身で手ぇ振り精一杯の愛くるしいポーズを研究研究。いいね俺、仕事熱心だねー。ちょっと楽しくなってくる。
けど扉が開く音がして、そんな俺に刺さる冷たい視線。この場所には俺以外一人しかいないんだから誰のものかわかってるんだけど、俺はそのポーズのままギギギっと頭回して視線の主を確認した。
目が合う。ものっそい心の距離を感じさせる、俺をやるせなくさせるその冷めた表情。
「キモい、ウザイ、目障りだ、消えろ、今すぐにな」
「………すいまっせーん」
俺はカニ歩きで廊下にフェードアウトしていく。閉まるドアの隙間から見えた先生はもう俺なんかどうでもいいようでテーブルにプリントの束を投げ出してソファに腰を下ろしてた。パタン、扉を閉める。
いや確かに先生の部屋の真ん前でいろいろポージング取ってたのは邪魔もの扱いされても仕方ねぇと思うよ。けどさ、けど酷くない?仕事よこれ?ふざけてたわけじゃねぇのよ?酷くない?頑張ってんなって褒めてくれてしかるべきじゃん!
って、直談判しても「知るか」って返されんだろうなー…。いいけどさ、もう。
部屋にいったもののやる気も失せてベッドで屍になってたらピコーンと俺はあることを思い付いて顔をあげた。



「…遊園地?」
「そ」
訝しげに俺を見上げる先生に俺はにっこりと笑い、ソファに座って言葉を続けた。
「俺がバイトしてんの見に来てよ」
「行くかよめんどくせぇ」
暑いし、と付け足す先生は開いてた新聞にまた視線を落とす。ここで食い下がらなかったら負けだぞ俺。頑張れ俺。
「いいじゃん。俺頑張ってんだからさー」
「男一人で遊園地とか、痛すぎだろうが」
「え、先生遊ぶ気?俺的にはちょっと来てすぐ帰ると思ってた」
「遊ばねぇよ、空間にそぐわねぇっつってんだ」
「じゃあヅラでも誘えば」
「絶対ェ嫌だ」
もう知らないと言わんばかりにぴしゃりと言い放たれる。こうなったら何か話し掛けても無視決めこまれるのは過去の経験からわかっている。俺らが一緒にいる時の長さを感じるね、って今はそんな話じゃなくて。
うーん、どうすっかなぁ。俺は頭を働かせる。
ピコーン!そんな俺に次の妙案。ニヤリと心のなかでほくそ笑むと、俺はその計画を実行できるときを待った。



後日。俺はルンルンで働いていた。今日も遊園地のバイト。先生はきっと来てくれる。だって先生だもん。
なんでそんなことが言えるかというと。俺が出かけるとき、まだ惰眠貪ってた先生に向けて俺はメモを残してきた。来てねって書いて、入場券と少しの乗り物券をテーブルに置いた。
なんだかんだ言って先生優しいから、きっと先生が来ることを楽しみにしてる俺のために先生は来てくれる。
面と向かって言うと却下されることも、置き手紙だと叶えてくれたりするんだよな。
普段の歯に衣着せぬ拒否り方も自分はそんな気ないのに期待させちゃ可哀相だっていう先生の優しさだよ、多分。うん。
「いつもにも増して馬鹿面ですねィ」
先生が来てくれるのが楽しみで、ずっと頬緩みっぱなしの俺にちくり刺さる声。
振り向かなくても誰かなんてわかるけど俺は振り向いた。着ぐるみの身体、顔だけまだ人間してる、今回このバイトで知り合った沖田くんだ。まだ高校生のガキンチョ。今日俺ら同じ場所でやるんだって。
「今日阿保面なのは認めっけど、なんかいつもとかいう余計な言葉が聞こえた気ィすんだけど」
「被害幻聴でさァ。土方さんと一緒ですねィ」
「そうなの?」
「そうですぜ。あのニコマヨ中毒、俺が『死ね土方』って言うってほざきますから」
「いやそれおまえ言ってるだろ」
そんなやり取り交わしながら俺らは頭も被れば、俺みたいな金髪野郎も沖田くんみたいな優男も一瞬で可愛いウサギさんとパンダさんに大変身。
仕種で愛想振り撒き、中は蒸し風呂ダイエットみたいな状況下で俺は待ち望んだ人の姿を見つけた。来たよホラ!言ったべ?先生は優しいんだって。
夏の濃い青空の下、暑さと日差しに物凄く不愉快そうに顔をしかめている先生は今の季節には不釣り合いな程白い。陽炎か何かかと思うくらい。
先生はピンクのウサギさんに気が付いて視線を向けた。子供を構っていたウサギさんは子供に手を振り、それから先生に手招きする。先生は素直に近づいていった。そして正面から抱き着かれる。沖田くんに。
「ちょっ、何してんのォォオ!!」
パンダがウサギを蹴り飛ばすシーンは端から見たらきっとシュールだったろう。けど俺はそれどころじゃなくて、突然のことに少し目を丸くしてる先生とウサギの間に仁王立ちすると頭が転がってるウサギの本体を見下ろした。
「何すんでぃ」
「こっちの台詞だっつーの!おまっ、ちょっ、はァァ?!」
「落ち着けよ」
ガンっと後ろから背中蹴られて、俺も前に倒れる。ちょっ、痛い!
自分が蹴倒した俺には目もくれず、先生は転がってたウサギの頭拾うと沖田くんの手を引き、立たせて頭を渡した。パンダの頭外して地面に座ってる俺を無視して涼しい顔でぽんぽんっとウサギについた砂を払ってやっている。あれ?俺は放置プレイ?
「何やってんだよてめぇら!」
少し離れたところからトラさんが駆け付けてくる。土方くんだ。
「ちょっと来い!」
パンダとウサギはずるずるとトラに引きずられ、先生はそれを腕を組んで見送ろうとした。けど、うちのパンダとウサギが失礼しましたと謝罪するためにトラは先生も裏に招いた。
「何してんだコラ」
ドーンと頭取った土方くんが椅子に座らせられてる俺らの前に仁王立ちしてる。着ぐるみ野郎三人のまたしてもシュールな図を先生は少し離れたところに座って眺めていた。その視線は何か見世物でも見てるみたい。
「だって沖田くんが…」
「あぁ?」
小学生みたいな言い分を口にすれば睨まれて黙らされる。なにこの状況、土方くんだって同じバイトじゃん俺ら同等の立場じゃんなんで土方くんにこんな怒られてんの俺。
けどまぁ先生に頭下げたのも土方くんだしな。別に俺も土下座くらいしてもいいんだけど。でもそんなことしても頭踏まれるだけで終わりそうだな、頭踏むのはもち先生な。
「沖田も、てめぇなんでそんなことした?」
土方くんの矛先が沖田くんに向く。土方くんの怒りには慣れてるのか、沖田くんは平気な顔してあっさりと言った。
「旦那がやろうとしたことを先にやってみただけでさァ」
「なんで俺の計画知ってんだよォォオ!!」
先生最近ますます元気ないから、薬じゃなく着ぐるみにでも癒されてもらおうかなって思ったよ、思ったさ。生身で先生に抱き着くの先生だけじゃなく俺も緊張すっけど着ぐるみならいいかな、とか思ったよ確かに思ったさ、それを、なんで、沖田くんが 知 っ て い る の か 。
「口に出てましたぜ。旦那の企み全部」
「マジでか!」
俺はショックを隠せない。いやんもう俺の馬鹿!俺はお湯沸かせそうなほど熱くなってる顔を両手で覆った。マジかよ穴があったら入りてェェ。ん、でも待てよ。
「…なんで先生の顔知ってんの」
面識なんてあるわけないじゃん。俺の素朴な疑問。口にしなきゃ良かったって次の瞬間心底後悔した。
「旦那が携帯で見てた隠し撮り画像が見え…」
「ワーワーワー!!!」
やめてェェエ!ばらさないで!!実はこっそりこっそり遠くから近くからさらには高校時代から携帯でピローンとかしてたんです、俺キメェェエ!!!わかってるからやめてェェエ!!
慌てて俺は沖田くんの口を塞ぐ。そしてちらりと先生を見た。
先生はいつの間にか土方くんに許可をとり、タバコに火をつけていた。机に肘ついて、ふぅっと吐き出した煙を見つめてる。あ、俺らのやりとり見てんのに飽きたのね。それ暇なときの先生の癖だもんね。
大丈夫、聞かれてない、かなって思った俺は甘かったよ。
俺の方見ないまま、先生が口を開いた。
「てめぇの下心は顔と口に出てんだよ馬鹿」
ハイ、すんません。申し訳ございません。返す言葉もございません。
うなだれる俺は先生に名前を呼ばれて顔をあげた。
「金時」
俺の視線の先で、先生はぎゅっとタバコを灰皿に押しつけて消した。それからすっと俺の方を向いてニッコリとテスト返し時オンリーの作り笑顔を浮かべて言った。
「携帯寄越せ」
…ですよねー。
先生のテストなんて高校の3学期以降受けてないからもう二度と見る機会もないだろう笑顔にワーイとか思った瞬間地獄に突き落とされた気分だったね。まさに天国と地獄。運動会の定番曲だね。
俺はすごすごと携帯を取りに行くとそっと差し出した。
先生はそれを受け取ると無造作に開いて、データフォルダを開く。
写真はもちシークレットに入れてあるので見つからなくて、また返される。携帯を受け取り、おずおずと先生を見れば冷たい視線が消せと命令していた。
「………」
携帯を握りしめちらり先生を上目遣いで見遣る。先生はペンギン住めそうな空気を纏わせて無慈悲にも言い放った。
「消せ」
「………」
「………」
俺の指先は動かない。先生はもう1本タバコに火を付けると静かに言った。
「仕方ねぇ奴だな…」
え、もしかして消さなくていい?なんて表情を明るくした俺はやっぱり甘いんだよ。
「てめぇの記憶から俺が消えんのと、てめぇの携帯から俺の画像が消えんの、好きな方選ばせてやるよ」
記 憶 、 ど う や っ て 消 す 気 … ?
先生の視線が斜め下、灰皿に注がれてんですけど、え、それで俺殴られんの?記憶どころか下手したら命消えちゃうからやめて!
俺は泣く泣くデータを消した。フリをしてないか、先生が俺の手元覗き込んで来たけど防御壁のつもりかタバコの火が俺の方向いてた。こんな仕打ち、なんか久しくて泣けてくるね。先生ん家に始めて行ったとき、チェーンまでしめられたの思い出すよ全く。
騒ぎはとりあえず収まったことにされ、俺達はまだ干からびに園内に放り出された。
はぁ、ため息。ニヤリ笑った沖田くんの顔が頭に焼き付いてる。チクショあのガキ…。
けど、俺の天使は俺を待っていたんだよ。イッツミラクル!
仕事終えてだらだらな俺の前、先生が立ってた。俺が立ちすくんでると俺に気づいた先生が少し不満そうな顔しながらも無造作に俺に向かってペットボトルを投げ付けた。
俺はそれを難無くキャッチする。
「お疲れ、一応」
かけてくれた労いの言葉、差し入れのペットボトル、すげぇ嬉しい。けど、これもう開いてんですけど。
「てめぇが遅いから喉渇いた」
文句あんなら返せと目を合わせないまま先生は言う。先生が俺の方見てなくて良かった。今の俺、にやけすぎててすげぇキモイ。だって間接ちゅーだよコレ。あ、今の俺表情だけじゃなく思考回路もキモイ。我ながら。
「ありがと」
俺はそう言って、小走りで先生に近づき肩を並べた。幸せだった。すごく、すごく。



ふと思い出したそんな出来事。あれからどれだけの月日が経ったかな。
あの頃はまだ下心が言葉と表情に直結していた俺だけど、今はもう感情を押し殺しひた隠す術なんかを身につけてしまったよ。
するとね、どうやってあんな風に顔をころころ変えて口に出来てたかわかんなくなったんだ。
ねぇ先生、今また先生に会えたなら俺はあの頃の俺に戻れるのかな。