太陽の日差しがキッツイ真夏に、俺は遊園地に来ていた。
「男二人で遊園地とかマジねぇわ。暑ィのに寒ィ。暑ィけど」
「大丈夫。そんなこと言ってたら遊園地はカップルと親子連れに占拠されるって沖田が言ってた」
「俺を巻き込むなっつってんだよクソ天パ」
高杉と二人で。



教師も夏休みになり、沖田にもらったタダ券を手に俺は高杉ん家を訪ねていた。
高杉ん家は前に送ってやったから知ってる。道は一度通れば大体分かるし、何より学校からそう遠くないところだった。
呼び鈴を押して高杉君、遊びましょ、なんて年じゃねぇから普通に誘うつもりだったけど、出たのは前に見たロン毛だ。
出掛けるのを渋る高杉を押し出したのもロン毛だ。
あの野郎許さねェと、家を半ば無理矢理追い出された高杉は大層ご立腹であったが、俺は奴の無事を心のなかでひっそりと祈るに留めた。
歩きながら尋ねてみる。
「兄貴? 弟? 似てねェけど」
「ただの腐れ縁だ」
「一緒に住んでんのか?」
「流行りのハウスシェアだとよ」
イライラしながらも答える高杉は暑さで汗が滲んでる。それは俺もだけど、こいつに夏空の下はあまり似合わないなと連れ出しておきながら俺は思っていた。
遊園地に近付くに連れて高杉は冷静になっていった。普段の無表情。いや、それ以上に無感情な瞳からは何を思っているのかは読めない。
そして歩みも遅くなっていった。遂に完全に足を止める。
「やっぱ俺ァ帰る。一人が嫌ならヅラでも連れてけ。きっと話が合うぜ、馬鹿同士」
「ちょい待ち。何いきなり逃亡かまそうとしてんだ。っつか今俺ら纏めて馬鹿にしたろ」
「馬鹿を馬鹿にしたりなんかしねぇよ。離せ」
腕を引く仕種に俺は手を離す。
こいつが近寄られるのが嫌だとか、触られるのが嫌だとか、後ろに立たれるのが嫌だとか、わかってるんだけどついやってしまう。俺はされても気になんねェから。
なんで嫌なのとか聞くつもりはない。好き嫌いは理屈じゃないと思うからだ。
ふて腐れたように閉ざされた唇が開く様子はない。何処ということなく固定された瞳は行くか行かないかの迷いの色が浮かんでいた。
「ホラ、行くぞ」
俺は先に歩き出す。足音がついて来るのが聞こえた。



親子、小中高生の友達同士、カップルなどなどでそれなりに活気がある遊園地で男二人はやっぱ浮いてる。そう思うのは俺の被害妄想か。
俺も可愛い彼女でも連れて来てーよ。そこのウゼェバカップル、いちゃつくのは家でしろ。もしくは100倍の美男美女になって出直しやがれ。此処は公共の場所、子供達だって見てんだぞ。
ちらりと横を見れば、綺麗は綺麗だけど、こうさぁ、なんか違うよな、なんかってか、性別が違う時点で大きく違うんだよ。俺が連れて来たい美人はこいつじゃねぇの。
高杉は伏せ目がちだった目を上げている。その目は何処か遠くを見ていて、視線を追ってみたが何を見ているかよくわからなかった。
今日、なんでわざわざこんなとこに来たかって全然目的はなかったんだけど、朝から家に押しかけてきた猿飛から逃げる言い訳で行くって、お土産買ってきてやるって言って追っ払ったから、俺はなんか買って帰らなきゃなんねぇ。
…なんかその辺に売ってるクッキーの缶詰とかの、中身一個でも分けてやりゃいいか。
「なんか乗るか?」
「乗らねぇ」
縋る余地もなく即答されて、俺は少し黙り込む。
「…何しに来たの?」
「てめぇに拉致られたんだよ」
ぎろりと睨まれる。うわ俺一人悪者にしてきたよコイツ。自分の意志でちゃんとついて来たのに。
「あーぁ、じゃあもうてめぇの元教え子でも見に行くか」
「は?なんでだよ」
「そのために貰ったチケットだから」
俺の言葉に少し丸くなっていた高杉の視線がさっきより一層冷たいなる。刺さる刺さる。目で殺す、とかいうときの目ってきっとこんなん。
んが、冷たくなった、が、ふと俺から外れて、俺の後ろのなにかに注がれてた。険が消える。なにかを紡ごうとした唇は少し開いて、きつく閉ざされた。
俺も振り返ってそっちを見る。
そこでは着ぐるみのパンダとウサギが子供達に囲まれていた。うわ、暑そう。こらガキ、パンダいじめんなって可哀相だろうが。
「…良かったな」
小さく呟かれた言葉に俺は高杉を見る。
その口許は少しだけ吊り上がって笑みが作られていた。
「何が?」
「見れたじゃねーか。おまえが見たがってた俺の教え子」
くいと顎で示されて、俺はまた着ぐるみを見る。また高杉を見る。頷かれてまたまた着ぐるみに目をやった。
「わかんねぇよ!」
「俺だってわかんねぇよ」
こんなん見たうちに入らねぇ。文句を込めて叫べばさらりと流された。
なんなの、ねぇなんなの。こいつのなんかって俺をガッカリさせてばっかなんですけど。
高杉はじっと着ぐるみを眺めて、表情一つ変えずにぽつりと言った。
「パンダ」
「は?」
「多分パンダの中身がそうだろうよ。動きが一番それっぽい」
なんでもないことのようにそう言って、高杉はパンダに背を向けて歩き出した。
「………」
俺はパンダを見る。ウサギも見る。どんだけ眺めても、俺には同じような動きにしか見えねぇ。
腰周りに代わる代わるひっついている子供達に向けられていたパンダの視線がこちらを向いたとき、高杉の姿はもう見えなくなっていた。俺からも。



と、言うわけで俺は高杉を探さなければならなくなったわけだ。
電話をかけてみれば『あー…、どっかの日陰ん中』と、それだけ言って切りやがった。迷子の放送流してもらってやろうか。それとも置いて帰ってやろうかコノヤロー。
高杉を見つけたのは売店の前のテーブルとか椅子があるところだった。
日陰に飲み物付きで寛いでいやがった高杉を見下ろせばちらりと俺を見上げた。
「もう楽しんだか?」
さらりとそう言われたのがカチーンときたのでテーブルにあった飲み物を勝手に奪って飲み干してやる。氷が大分溶けたそれは正直あまり美味しくなかったけど、汗だくの状態では今まで飲んだ飲み物ベスト3に入る感動だ。
俺の行為にもどうでもよさそうに俺から目を逸らした高杉は、いつも以上に何を考えているか分からない瞳で前を行く人達を眺めた。
「もう帰っか」
「あぁ」
「の、前に」
「?」
「なんか一つ位乗って帰ろうぜ」
高杉の背後、俺の真ん前にそびえ立つアトラクション、それは観覧車だった。
高杉はいい顔しなかったけど、それはいつものことなので気にしない。
数分後には、俺らは観覧車のなかにいた。
「何年ぶりかもわかんねぇ遊園地がおまえととか、ないわー」
「そりゃあこっちの台詞だ」
不満げに嘆けばばっさりと切り捨てられた。
体面にいる高杉を見る。伏せ目がちにしてるせいで睫毛の陰が落ちていた。その陰のせいか、あんまり顔色が宜しくない気がする。
「おまえ、高所恐怖症とか?」
「は?」
何を言っているのか。俺に向けられた目がそう言っていた。
「あぁ、でも屋上行ってっから違ェか。じゃあ閉所恐怖症? そういや車ん時もなんかアレだったし。ん? でもおまえ車通勤じゃなかったっけか」
「…何言ってんだ?」
「なんか顔色悪くねぇか? ムスッとしてるし」
「………」
俺の言葉に高杉は少し目を伏せた。しばらく黙り込んで、窓の外を見てた。
「高杉?」
「てめぇといることが不愉快なんだよ」
「…あー、そう。ふーん、あっそうですか」
こっちは心配してやってんのに、ぴしゃりと言い放たれた言葉に俺はもう知らねぇと顔を背けた。
眼下の景色を見下ろす。着ぐるみの姿はもう見えなかった。
「着ぐるみ、よく分かったな」
「あ? …あぁ…、適当だぞ。なんだ、信じたのか?」
「嘘つけ。確信してたくせに」
「………」
俺が断定すれば、うっすらと浮かべていたからかうような笑みが消えた。
観覧車内、側面の僅かな段差に肘をおいて頬杖をつきながら高杉はじっと俺を見つめてきた。その瞳は俺を映していたけれど、多分俺を見てはいなかった。
こんなに近くにいんのに、高杉は何処か遠い目をしていた。
「…分かるに決まってんだろ」
高杉の唇が微かに動いた。そしてゆっくりと吊り上がる。
「何年、傍で見てきたと思ってんだ」
そう言った高杉はこの数ヶ月で見たことのない顔をしていて、俺は何も言えずにただ高杉を見つめ返した。
高杉は今にも泣いてしまいそうな、それでいて穏やかな目をして、確かに微笑していた。
いつの間にかゴンドラは頂点を通り過ぎて、ゆっくりと下り始めていた。