それからの話。
気が向いたときとかに、高杉の身に昔降り懸かったこととかを高杉は話してくれて、なにもかも全部を吹っ切るとかそんなんはまだまだ無理だけど、ずっと背負ってた荷物を床に下ろすくらいは出来たように見えた。
「それにしてもおまえは天パフェチですか? それとも坂田フェチですか全くよー」
「意味がわかんねぇが、とりあえずてめぇの毛根全部引っこ抜いてヅラのストレート植毛してやろうか」
睨まれた。おもっくそ睨まれた。でもだってよぅ。
俺が俺の言葉の真意を説明しようとしたとき、高杉は訝しげな色を目に乗せて小さく首を傾げた。
「大体後半の、坂田フェチってなんだ」
その言葉に俺はきっと鳩が豆鉄砲くらったような顔をした。それから有り得ないものを見るような目を高杉に向けていた。
「………それマジで言ってんの?」
「大マジだ」
「俺とおまえの教え子ホストの苗字ですけど」
「………あぁ、そういやそうだったな」
物忘れで出なかった言葉を教えてもらったときのような、そんな反応をされて俺は冷ややかーな目で高杉を見た。
そんな俺の視線に気付いた高杉がなんだよと特別気にした風もなく言ってくる。
「おまえ俺と何年一緒に働いてるんですかァ? なに、今まで俺の名前も知らずに俺といたの。教え子ホストもそうだよ。酷くねェ?」
「うるせーな、忘れてただけだ。苗字なんて普段使わねぇだろ」
高杉はムッとしたように眉を寄せ唇を尖らせたが絶対そういう問題じゃねーと思うんだけど。
でもあんまり絡むと高杉が本気でキレっから程々にしておく。
「教え子ホストも?」
「あ?」
「教え子ホストも名前で呼んでたわけだ」
「金時って呼べっつーから」
「ふーん」
「…言っとくが、ブービー野郎がクラス4位取ったからだぞ」
「別に聞いてねーけど」
「………」
俺の視線に居心地悪そうに言葉を追加した高杉にそう言ってやれば高杉がイラッとしたのがわかった。
まぁ別にいいんですけどね。高杉が天パフェチでも坂田フェチでも。ただ、あーこいつ俺に似てんなァって思ったからね。
そういや写真の黒髪も高杉に似てたけどな。まぁ当人同士が幸せなら口を挟むつもりねーし、俺らも割と平和に過ごしてっからいいし。
すっかり機嫌を損ねたらしい高杉は俺を視界に入れないようにしながら歩いている。
今日は買い物に出てる。夕飯は鍋にしようって話をしてて、スーパーでカートを押すのはなんでかいつも俺だ。高杉もたまには押せよって前は思ってたんだけどな、俺じゃなきゃダメだって気付いた。
高杉がなんもかんもろくに見ずに必要そうなものをぽんぽんカゴに入れてくれるから、俺はそれをいちいち値段やら賞味期限やらをチェックする。そして要らないものはまた戻す。
高杉は全然意識しちゃいねーから、戻されても気づかねーんだなこれが。このお坊ちゃんが。
無駄はいけねーよ。お金と食材は大切に。
鍋を突きながら、俺は問いかけてみる。
「教え子ホストに会ったりしねーの」
「…しねーよ」
あ、即答しなかったな。
なんてことを思いながら、俺はよく煮えた肉を掬い上げる。ちなみにこれ牛だぜ、高杉が買ったから。
「あいつにゃあいつの生き方がある。今更会ってどうすんだ」
「別に、一恩師一教え子として会ってもいいんじゃねーのかなァって思ったんだよ」
「そういう関係ぶち壊して一緒に居たんだ。戻れやしねーだろ」
ごまだれにたっぷりまみれた白滝が高杉の口のなかに消える。
んなもんかねぇ。
俺はなんとなく釈然としなくて少し唇を尖らせながら、春菊をお椀に招き入れた。
写真は見せてくれたけど、流石に手紙は読ませてくれなかったから俺には4枚の便箋に何が綴られていたのかは知らない。
今ホストやってんだと、って高杉が言ってたから多分別れた後の自分やら近況やらが書いてあったんだろう。
あいつについて語る高杉はいつだってほんの少し穏やかで、柔らかくて、でもって―――。
「それに、あいつが今幸せにしてんなら別にいいんだよ」
高杉はすぐにそれを口にする。諦めたみたいな遠い目してその言葉を音にする。
正直、俺はそれがスゲー気にくわない。ああ気にくわねーな。先に言っとくけど、嫉妬とかそんなんじゃねーから。俺が気にくわねーのはあのホストじゃなくて目の前のこいつだ。
俺は鍋のコンロの火を止めた。高杉は気にした様子がない。鍋んなか煮立ってたから火を止めたとでも思ってんのか、呑気に榎と肉をごまだれに浸している。
俺は箸を置いて膝でにじり寄る。隣に言って、ようやく高杉は俺に目を向けた。
「なんだよ」
「その『あいつが幸せなら』ってのやめろって」
「…妬いてんのか?」
「ちげーよ馬鹿」
唇の端をちょっと吊り上げただけの笑みを向けられたから即座に言ってやれば、高杉は気分を悪くしたようで笑みを消して眉を寄せた。
「俺はもう脇がすっぱくなるほど言ってると思うんだけどな」
「日本語は正しく使えよ馬鹿国語教師」
「いいから聞けよ。あいつが幸せになった、ならおまえも幸せじゃなきゃなんねーっつってんだ」
あいつが不幸なのに自分だけ幸せになんかなれないっつー言い訳なんざ出来ない。だってあいつは幸せになったんだろ。
高杉は俺を見つめてる。見つめながら肉食いやがった。榎も食った。旨そうな音がする。この野郎、人が真剣に話してんのに。
しっかり飲み込んで一息ついて、高杉は箸を器に乗せた。何か言おうと口を開く。
どうせまた可愛くねーこと言うに決まってんだ。
俺はそう決め付けてその口を唇で塞いだ。そのまま後ろに押し倒してやる。高杉の瞳に俺の陰が落ちた。
俺も高杉も、目を開けたまま唇を重ねてる。ムードも何もあったもんじゃねーな。狭い俺ん家だし、隣には火燵で鍋ぐつぐついってっし。
高杉の睫毛が少し揺れて、閉じられる。それが何かの合図のように俺は思った。



俺が語れるのは一先ず此処まで。あとは目眩く大人の世界だから教えてなんかやんねーよ。
意地悪ー、な俺のしたり顔でも思い描いて悔しがってな。



End.