俺、甘いもん嫌いだから。
そう言った高杉は誕生日のケーキを固辞した。よって8月に誕生日ケーキは食べていない。しかし、松陽の施設では、毎月1回、その月に誕生日があるものはケーキが食べられるのが常だった。誕生日のケーキは特別なのだ。
しかしそう訴える銀時に、高杉は素っ気ない。
「もう施設にいる訳じゃねぇんだし、ケーキくらいてめぇの好きなときに買って食えばいいじゃねぇか。小遣いやってんだろ?」
「300円な。300円じゃ今時ショートケーキも買えないんですけど」
「スーパーの1個100円なら3個買えるだろうが」
バカがおまえはと心底馬鹿にしたような目を向けてくる高杉を心底殴りたいと思いながら、銀時は口をつぐみそれ以上食い下がるのをやめた。
だがしかし納得できない。今までの慣習は世界の規則に等しい。それを破るなど有り得ない。
別にケーキが食べたいが故に拘っているわけではないのだ。いや、食べたいは食べたいが、誕生日ケーキはあくまで、その月に誕生日があるものが食べるものであり、8月は銀時の誕生日ではない。だから銀時に食べる権利はない。ただ分かりやすく高杉の誕生日を祝うのに、誕生日ケーキは必要であると考えていた。
いつまでもこだわりを見せる銀時に、高杉は言う。
「別に俺の誕生日にケーキ食わなくても、てめぇの誕生日には買ってきてやるから安心しとけよ」
だから、そうじゃない。だがもう高杉に銀時の意図を説明するのは諦めた。そして銀時はなんとかして妥協点がないかを探り始めた。



「で、今日ケーキ食うのか」
「おまえ食わないのに俺食うのなんか心苦しいじゃねーか」
机の上に置かれた小さなケーキ屋の箱を、高杉はどうでもよさそうに見つめた。
小さなケーキ皿とフォークを準備しながら銀時は返事をして、胸焼けしそうな程に濃くしたコーヒーを二人分入れた。食器を先に運んで、後からコーヒーを運ぶ。
銀時がコーヒーを取りに行っている間に、今まで高杉がケーキを皿に乗せていた。
今日、9月10日は高杉の誕生日のちょうど一ヶ月後、銀時の誕生日のちょうど一ヶ月前である。誕生日ケーキを食べる妥協点として、銀時はこの日に纏めてケーキを食べることを考えたのだ。
「これ、わざわざ買ってきたのか」
「めっちゃ箱に店の名前書いてあんだろうが。おまえの目は節穴ですか?」
近所の小さな店だけれど、なかなかに美味しいく銀時は気に入っている。文句があるのかという思いを込めて問いかけてみたが、高杉は何も言わずにコーヒーに口を付けた。
「これでおまえ、来月ケーキなしだぞ」
イチゴにフォークを突き刺して、高杉は銀時を見ずに言った。
「別にいいし」
「まぁ俺は先月も食ったけどな」
「はァ?!」
思いがけない高杉の言葉に、銀時は目を見開いた。この男は何を言っているのかと目で問えば、高杉はイチゴの刺さったフォークをついと振った。銀時は思わずそれを目で追った。
「誕生日なんて格好の稼ぎ時だろうが。店で馬鹿でかいケーキ出されて、見るだけで胸焼けしたぜ」
うんざりした表情で高杉はイチゴを口にした。少し残念そうに眉を下げた銀時に高杉は気づいたが、敢えて指摘はせずにクリームの乗ったスポンジを一口分に区切る。
「だからケーキなんざいらねえっつったんだよ」
「…で、何が言いたいんですか」
べつにそんなこと今更言わなくても、とは言わないが、銀時は恨めしそうに高杉を見た。
高杉は何も答えない。ケーキをコーヒーで流し込んでいる。いつもいつも胃が痛いと言っている人間が、こんなに濃いものを飲んでもいいのだろうかと思うほど、高杉は苦いコーヒーを好む。銀時が横にそれた思考を訂正する前に、高杉はフォークを置いて手を止めた。
もう要らないと半分近く残っているケーキを銀時に押し付けて、高杉は席を立ちソファへ移った。胃をさすっている。あんなに濃いコーヒーなど飲むからだと思いながら銀時は空のコーヒーカップを見つめ、それから押しつけられたケーキを見た。
昔も、高杉はこっそりと銀時に自分の分のケーキを寄越してくれた。そのときばかりはなんて良い奴なのだろうと思っていたけれど、奴は本当に甘いものが嫌いなのだということを今悟った。
(一言もそんなの言わなかったくせに…)
松陽は知っていたのだろうか、高杉が口にしなかったあれこれを。
なにか、おもしろくない。
ソファに座り新聞に目を通す高杉の横顔を眺めてながら、銀時は高杉の方のケーキを口にした。
銀時の気持ちに関わらず、口の中のケーキは甘く甘く、銀時のものと同じ味がした。