店の従業員に「銀ちゃんのお気に入り」と言われている客と、暮らすことになった。その客が、銀時の家に転がり込んできたのだ。
どうしてそうなったかという過程は追々説明するとして、一緒に暮らすようになっても相変わらずその客、高杉のことが銀時には今ひとつよくわからないでいる。
彼は相変わらず自分のことを多くは語らない。一緒に暮らしているといっても、彼が帰ってくるのは月に一度か二度で、それ以外のとき、何処で何をしているのか銀時は知らないのだ。それでも、一緒にいて知ったこともそれなりにある。
例えば、高杉は「ながら」作業が多い。寝起きがよくないのか、朝起きて寝ぼけ眼のまま、先に起きている銀時への挨拶もそこそこにだらだらと洗面所に向かう。そこで顔を洗って、前髪を少し濡らして歯を磨きながら出てくる。その手には水の入ったコップがあって、窓際に鎮座するサボテンにその中身を並々と注ぐのだ。
特別愛おしむでもなく、作業のような動作だが、それでもサボテンに対して水と一緒に視線を注ぐ高杉を横からなんとなく見ている時間が、銀時にとって大事だったりする。
そのサボテンは高杉の数少ない私物だ。一緒に暮らすようになる前、銀時が高杉に贈ったものだ。家を空けることが多いから、と最初は断った高杉に、これならしばらく水をあげなくても大丈夫だからと銀時が半ば押し付けるようにして渡したものを、高杉は家にいるときはきちんと面倒を見ている。
「今回はいつまで家にいんの」
サボテンの刺をつついて弄んでいる高杉に声をかければ、高杉は返事をしないまま歯ブラシを口の中で動かしながら、空になったコップを持って再び洗面所に消えた。水音がして、それからすぐに手ぶらになった状態で再び銀時の前に現れた。
「二、三日はいる。あとは、仕事次第だな」
銀時が入れたコーヒーを当然のように受け取って、高杉はそれにくちづけながら先ほどの問に応える。それを受けて、銀時はカフェオレを飲みながらふむ、と考えた。ということは、今日の夜もいるということだ。さて夕飯はどうしよう。
銀時の沈黙をどう受け取ったのか、高杉の方からこんな言葉が出てきた。
「そっちこそ何時に帰ってくる? 簡単なもんで良ければ飯用意しといてやる」
同じ部屋で暮らし始めて3ヶ月、一緒に過ごしている時間は一週間分にも満たない。いまだかつて聞いたことのない言葉に銀時は一瞬目を瞬かせた。返事のない銀時に、高杉が訝しげな目を向ける。目で返事を促す高杉に、銀時は口に含んでいたカフェオレを飲んでから言った。
「じゃ、宜しく」
8時には帰るよ。



「毎月花束買ってくけど、仕事用? 仕事関係の贈答用? そういや俺、結局おまえの仕事聞いてないんだけど」
ふと思い出したようなさりげなさを装って、銀時はずっと抱いていた疑問を高杉に投げつけた。これまでのパターンで、高杉が家を空けてしばらく経ったのち、ふらりと花屋に現れて以前と同じように花束を買っていく。そうしてちょっと間を空けて、家に帰ってくるのだ。その周期はバラバラであるが、期間を考えなければそのサイクルは極めて安定している。
風呂上がり、タオルを首にかけ髪も濡れたままの高杉はその問いを受けてもごろりとソファーに寝そべったまま雑誌から目を離さない。それでも気のない声で、あぁ、と返事をした。
しかしそれ以上なんの言葉もない。銀時はしばらく反応を待ったが、高杉にその気がないことを悟ると言葉を追加した。
「なんで、花束なん?」
贈り物なら他の選択肢もあるだろう。それを毎回毎回、花束ばかりでなにかポリシーでもあるのか。
そう問えば高杉は上体を起こして肩越しに振り返った。じっと銀時を見上げる。緑がかったその瞳からなにを思っているのか、銀時に察することはできない。
様子を伺っていると高杉が目を逸らして首のタオルに手をかけた。ばさりと頭に被せてガシガシと乱暴に拭いている。頭皮は大切に、と銀時が思っていると、タオルで顔が隠れている高杉が口を開いた。
「終わりには花束が付き物だろう? せめてもの餞だ」
それだけ言い捨てると高杉は腰をあげ、洗面所へ向かう。銀時がそれを目で追えば、戻ってきた高杉の頭からはタオルが消えていた。そしてそのまま寝室へ行ってしまった。
残された銀時は、放り投げられた言葉をぐるぐると頭のなかで回し回して、こてりと首を傾げて呟いた。
「葬儀屋?」
にしては花が少なすぎる。別れさせ屋とか、だろうか。分かんねーなぁと呟きながら、銀時も寝支度を整え始めた。