梅雨時の天気より変わりやすい奴のただの気紛れ。俺はそれに付き合ってやって る。ただそれだけの話。 銀時を床に座らせ、高杉はその膝に凭れた。頭を銀時の腿に乗せ胎児のように緩 く丸くなって、何処と言うこともなく視線を落ち着かせる。無防備にその身を預 けていた。 対して銀時も何も言わず膝を貸している。気紛れに散らばる黒髪を指先で撫でた りしていた。 「銀時ィ…」 何処となく眠たそうな声で名を呼ばれ銀時は手を止める。 「何」 「嘘吐いてみろよ」 高杉の発言が唐突なのはいつものことで、銀時は訝しがることもなくまた髪をす いて応じた。 「嘘ォ?どんな?」 「どんなんでも構やしねぇよ。そうさな…。俺が寝るまでずっとだ」 「んなこと急に言われてもなァ…」 「てめぇなら嘘くらいいくらでも吐けんだろォ」 口達者なんだからよ、とくすくすとおかしそうに笑う高杉の瞳は今にも閉じてし まいそうでこのまま何も言わず放っておけば寝てしまうのではないかと銀時は思 ったが、高杉がそれを許さない。早くしろと急かしてきた。 「嘘なァ…」 適当な言葉を並べようと銀時が頭を巡らせた時、高杉が柔らかく笑んだまま言っ た。 「愛してるって言ってみろよ」 「嘘で?」 「嘘で」 銀時が映る弓形の瞳に白い手が入り込み銀時の頬を撫でた。輪郭を辿るように滑 り落ちていくその手を銀時は包み込んだ。 頬と手に挟まれた手にじわりと温もりが染み込んで、高杉が声もなく笑う。 「早く言えよ銀時ィ。俺のこと、愛してるって言ってみろ」 「………」 銀時が口を閉ざしたままただじっと高杉をその目に映しているから、するりと銀 時の手から手を引いた高杉もそのうち笑みを消して銀時を見つめた。 高杉の視線の先で、ゆっくりと、銀時の唇が音を紡ぐ。 「愛してるよ」 愛してる。そう繰り返せばしばらく表情を変えず無感動に銀時を映していた瞳が 細められた。細い三日月のような形の口が開く。 「俺も、てめぇを愛してる」 そう言って銀時の腰に腕を回して腹に頬をすり寄せて来る。 愛してるというその言葉も平素にはない甘えるようなその仕種も、全ては高杉の ただの気紛れだ。眠りに落ちる前、夢と現の境目を漂う彼の気紛れ。それは夢よ りも儚い。 わかっていながら虚構に満ちた時にしか思いの丈を言葉にしない自分たちを、互 いに哀しくなんかないとは思わないのだけれど。 きっと高杉はこれから夢の国を彷徨って、そして目覚めた頃には全て忘れている のだろう。 銀時だけが全て覚えている。覚えていて、何もなかったフリをただ一人続けるの だ。 どうせ消え失せる現実ならば。銀時はごろごろと己の膝の上で甘えてくる高杉の 髪を撫でて言った。 「なぁ高杉」 「あ?」 降り注いだ銀時の声に高杉が銀時を見る。高杉の目に映る自分の姿を銀時は見た 。 笑っていた。何処か他人のような気がするのは、今が夢でも現実でもないからだ ろうか。 そんなことを思いながら銀時は髪を梳いていた手を滑らせて白い頬に手を添えた 。 始めてみようか、俺たち。 過去も未来も今さえも捨てて、俺達という関係を、繋がりを、始めてみようか。 そんなことを口に出せるのはこの瞬間だけだった。 高杉の黒い瞳は銀時を映している。先程までの笑みは消えて、感情の読めない表 情で高杉は銀時を見つめている。銀時も高杉を見つめる。 不意に頬に伸びてきた手が頬を撫でてきた。高杉の唇がゆっくりとつり上がる。 「構わねぇよ」 俺とおまえがいるのなら、世界さえなくたって構わねぇんだ。 そう呟いて瞳を閉じる。銀時の頬に添えていた指先が離れ落ちた。 銀時は静かに高杉を見下ろして、伏せられた瞼に触れる。高杉は何の反応も返さ ない。 「………」 それから放り出されている手をとった。剣を握るために女のような細さもしなやか さもなくとても綺麗とは言えないその手を見つめ、銀時は唇でそっと触れた。 その一瞬のなかに 永遠を見つけた気がした。 |