なぁ知ってっか?虹の麓には宝があるんだぜ。



銀時の唐突な言葉に高杉はぱっちりと開いた目を銀時に向けた。じっと銀時を見 つめ、それからハッと鼻を鳴らした。
「んなわけねーだろ」
「信じねーのかよ。先生が言ってたんだぜ」
「先生が?」
途端に目を輝かせた高杉に銀時は少しウンザリする。先生の言うことなら信じる のかよと言ってやりたくなったが、その言葉を飲み込んで別の言葉を投げ掛けた 。
「探しにいこうぜ」
「何を?」
不思議そうな目に映り込んだ銀時はニヤリと唇を吊り上げた。



銀時は時折足を止めて後ろを振り返った。
「おーい、大丈夫かァ?」
「大丈夫に、決まってんだろ、止まってんじゃ、ねぇよ、さっさと行けこの天パ 」
「心配してやってんのにその態度はなんだコノヤロー」
「うる、せぇんだよ…」
ぜぇぜぇと息を切らしながら高杉は言う。それでものろのろと足を進めていた。
二人は森の中を歩いている。虹の麓にある宝物を探してだ。
まず虹を求めて毎日空を見上げた。何日も何日も虹が出るのを待って、飽きかけ た頃に虹が出た。虹が消えても大丈夫なようにすぐさま用意してあった地図に丸 を付けて二人は直ぐさまその場に向かう。そのつもりが虹の麓が何処なのか二人 で言い争ってからの出発になった。その頃にはもう虹は消えていた。
歩き始めてもう大分経つ。息を荒げて少しずつ遅れていく高杉を銀時はしばしば 振り返った。そして声を掛けてやるのだがその度高杉は苛立たしげに剣呑な反応 を返す。銀時の余裕さと、返事をするのも大変な自分の余裕のなさの表れだった 。
「んー…」
ほとんど気にしていなかった地図を見て銀時は少し首をかしげた。そろそろ着い てもよさそうなものなのに。おかしい。
そんな銀時の様子に敏感に気付いた高杉が低い声を出した。先刻一度転んだので 着物が少し汚れていた。
「オイ」
「あぁ?」
「てめぇまさか迷ったとか言わねーよなァ?」
「んー、そのまさかくせぇな」
「はァ?!」
先程までの疲れきった様は何処へやら。弾かれたようにピンっと背筋を伸ばした 高杉は銀時の胸倉を掴んで締め上げた。
「てめぇが俺から地図うばったんじゃねぇかこの腐れ天パ…!」
絞まる絞まると銀時が高杉の手をぺちぺちと叩いても高杉はその手を緩めない。
歩き始めた頃は高杉が地図を手にしていた。だが疲労から歩くペースの落ちた高 杉による後ろからの指示を聞くより、自分で地図見て先を歩くと言い出した銀時 が高杉から地図を奪ったのだった。
その結果が、これだ。
ハァと高杉は大きく息を吐いてその場にしゃがみ込んだ。銀時は乱れた襟元を簡 単に直すとその真っ黒な頭を見下ろした。
「オーイ、立ち止まってる暇ァねーぞ。ぐずぐずしてっと、宝誰かにとられちま うかもしんねーだろーが」
「てめぇが迷った時点でもうねーよ馬ー鹿…」
疲弊しきった声が返ってきた。ただでさえ起伏のある道を歩み疲れていたのに、 道に迷ったという事実が精神的なダメージが追い討ちをかけたようだった。
高杉はしゃがみ込んだままもう動こうとしない。銀時はしばらく高杉の頭を見つ めて、それから自分もしゃがみ込んだ。俯いている高杉の顔を覗き込む。
「…んなに疲れた?」
「ったりめーだろ…」
「だっせーなァ」
「………っ!」
明らかに馬鹿にしたような、しょうもねーなといった銀時の声に高杉は眉間にし わを寄せた顔を上げる。
「てめぇが道に迷わなきゃこんな歩き回ることもなかったんじゃねぇか!!」
「あーもう過ぎたことキャンキャンうっせーなァ」
「少しは反省しろ!!だからてめぇは天パなんだ!!頭がパーだから髪までパー なんだっ!!!」
「はァ?んなの関係ねーに決まってんだろォ。じゃあおめーの頭は真っ直ぐなの かよ真っ直ぐ頭ってどんなんだ言ってみろコノヤロー」
「屁理屈こねてんじゃねーよ白髪天パっ!くるくるパー!」
ついに高杉が振り上げた拳を銀時は難なく掴んだ。振りほどこうと暴れるのも気 にせず、手を引いて立ち上がるように促した。
だが高杉は尻を地面につけたまま、立ち上がろうとしない。
「………」
「オイ、いつまでもここに座っててもしょーがねーだろ」
「…うっせぇな。わかってるよ」
そうは言いながらやはり立ち上がろうとしない。
高杉の手を取ったまま銀時はしかめられている気難しい顔をしばらく見下ろして いた。そしてふと思い至る。
「もしかして、立てねぇの?」
「!」
分かりやす過ぎるまでの反応に銀時は小さく溜め息を吐いた。恐らく先程転んだ 時に捻ったかしたのだろう。しゃがみ込んで高杉の足首を覗き見れば赤く腫れ始 めていた。
銀時の溜め息をどう解釈したのか、高杉は悔しそうに唇を噛み銀時の視線から足 を隠した。
「…しゃーねーなァ。ほれ、おぶってやるよ」
銀時は一度立ち上がり伸びをしてからまたしゃがみ込んで高杉に背を向けた。
だが高杉は首を横に振った。
「いい。誰がてめぇに借りなんか作るか」
「でも歩けねぇんだろ」
「…歩ける」
そう言うと地面に手をついて高杉は立ち上がる。ひょこひょこと足を引きずり、 行き先もわからないのに勝手に歩いて行く。
意地っ張りだと内心思いながら銀時は直ぐさま高杉に追いついて彼を引き止めた 。
右手で右手を取り、担ぐように引っ張りあげる。
「いいっつってんだろ!」
「うっせーな。詫びだよ詫び。俺のせいで道に迷ったからその詫び。これでチャ ラにしてもう二度と迷ったことに付いてごちゃごちゃ言うんじゃねーぞ」
「………」
高杉はまだ少し不満そうに唇を尖らせていたがそれなら仕方ねーなと銀時の背に 伸し掛かった。
いくらか高杉の方が小柄とはいえ似たような背格好なのだ。銀時だって高杉と同 じだけの距離を歩いて疲れている。背中に掛かる高杉の重みに少しふらついた。 「頼りねーなァオイ」
耳元で小馬鹿にしたような高杉の声が響く。
落としてやろうかと銀時は一瞬思ったがそれでもしっかりと歩き出した。



どれだけ歩いただろう。銀時の息が上がっている。深い深い森の中、顔を上げて も視界に入るのは一面の深緑ばかりで空の色すら曖昧だ。時間がどの位経ったの かもわからない。
「もうへばったのかァ?」
「…まだ、まだっ…」
先程からちっとも歩いていない高杉はすっかり元気を取り戻し、銀時のうえでゆ らゆらと足を揺らしている。
「てめっ、暴れんじゃねーよ」
高杉の起こす揺らめきに銀時の足がふらつく。それでも二人して地面に倒れ込む ようなことにはならなかった。
「詫び代わりにゃあまだ足りねーな。きびきび歩け」
「くっそ…」
やっぱ情けなんてかけてやるんじゃなかった、あのまま一人置き去りにしてやれ ばよかったと銀時が思い始めた頃、高杉が「あ」と声を上げた。
「あんだァ?てめぇで歩く気になったか?」
「ちげーよ。あっち」
違うのかよ、銀時が顔をしかめ舌打ちするよりも先に高杉はばしばしと銀時の頭 を叩き少し斜め左前を指差した。その指の先に銀時も視線をやる。
「明るい」
高杉の言葉通り、そちらから木々を縫い光が洩れていた。
よっこらと銀時は力をふり絞りそちらに方向転換した。一歩一歩、光が射す方に 向かって行く。
木々を追い越し追い越し進んだ先で、視界一面に青空が広がった。
今まで彷徨い歩いて来た鬱蒼とした森が嘘のように、ぽっかりと其処だけ円形に 拓けている。
その円の縁で、銀時は立ち止まっていた。
「綺麗だ…」
高杉がぽつりと、無意識のように呟く。銀時もうわ言にも似た声でそれに同意し た。
「降りる」
頭上から降ってきた声に銀時はしゃがみ込んで高杉を背中から降ろした。
ふらふらと魅き付けられるように二人で円の真ん中に歩み寄る。視線はずっと上 に向けられている。
ただ空から目が離せなかった。何処まで広がっているのかわからない雲一つない 澄んだ青。風は死んで音がない。
隣りにいるはずの存在すら遠くに感じて、銀時は無意識に左手を高杉に伸ばした 。
だがその指先が何かを捕らえる前に、くんと袖を引かれて銀時は意識と視線をそ ちらに向けた。
高杉の細い指先が申し訳程度に今までの道程で薄汚れた己の袖をに引っ掛かって いるのを認める。
そっと視線を上げ高杉の表情を見てみれば高杉は空を見上げたまま、その目にほ んの少しだけ戸惑いと不安の色を浮かべていた。
此処は美しすぎるのだ。空気も深緑と青空のコントラストも静寂さえも、そして 何もかもが異質すぎる。
不意に、このまま帰れなくなってしまうのではないか。そんな思いが銀時を包み 込む。
その瞬間銀時は己の袖を頼りなく引っ張る高杉の手を掴んだ。
驚いたように高杉が銀時を見た。見開いた目に彼自身を見つけて銀時はまた森に 足を向けた。
「もう行こうぜ。だいぶ休めたろ」
「あ、あぁ…」
手を引きながら、途中高杉がまた空を見上げたのを感じたが、銀時は決して顔を 上げなかった。



また森を彷徨い歩く。
高杉はしばらく自分の足で歩いていたが、またコケて再び銀時の背中にいる。
「なぁ銀時ィ」
「あー?」
応えるのも億劫なので低い声になる。だが高杉はそんな銀時など意にも介さない ようで言葉を続けた。
「あそこが虹の麓だったのかな」
「………んなわけねーだろ」
宝なんてなかっただろと言い放ってやれば、物は目に見えるものが全てじゃない って先生が言ってただろと返される。銀時は黙り込んだ。
あそこが虹の麓の宝の在処?
そうだったかもしれない。自分の中の何かが騒ぎ立てた。此処にいちゃいけない んだと。あれが前に見た宝を守るための仕掛けだったとしたら。
そんなとりとめもないことを考えていた銀時に高杉の楽しげな声が届く。
「また行けっかな」
「はぁ?なんでだよ」
「だって、綺麗だったじゃねーか」
「………」
あんな不安そうな顔してたくせに。
口を閉ざしていたせいでそれは音になり高杉に届くことはなかった。高杉がさら に付け足す。
「また行こうぜ」
高杉の頭に自分だけで行くという考えも、他の奴と行くという考えもないのかと 思うとなんだか少しくすぐったい気がして、直ぐさま返事が出来なかった。
少し間が空いて、銀時の少し緩んだ唇が音を紡ごうとした時、高杉が最後の付け 足しをした。
「先生も一緒に」
先生に見てもらいたいという無邪気な声に今高杉がどんな表情でいるかまで容易 に想像が出来、結局先生かよと顔を一瞬でしかめ、そのまま返事をせず帰路を急 いだ。