それは唐突な言葉だった。 「賭けしねぇか」 そう言われて、銀時は高杉に目をやった。 「なんだァいきなり」 「たまにゃいいだろォ。すんのか?しねぇのか?」 煙管を弄びながら言い放つ高杉の態度に、銀時はまた奴の気紛れに付き合わされ るのだなと思った。高杉の思い付きのような暇潰しは今に始まったことではない 。 自分も今暇を持て余しているし、付き合ってやってもいいかなと思い至った銀時 は高杉に尋ねた。 「どんな賭けだよ」 「なァに、大したもんじゃねぇよ」 そう言って高杉は悪戯に笑った。 そして細くたなびいていた紫煙を追っていた目を銀時に向ける。 「キスしてみろよ」 挑発的な目をして、それだけ言った。 「なにそれおねだり?別にそれ以上もしてやるよ?」 「死ねよクソ天パ。賭けっつってんだろ」 銀時の軽口に少し機嫌を損ねたらしい高杉が不愉快そうに眉間にシワを寄せ銀時 を踵で蹴った。 脇腹を蹴られた銀時は顔をしかめてさらなる追撃を足を掴んで止めた。 「だーら、どんな賭けだよ。なにキスしろって。意ー味わかんねェ」 足を掴まれ白い太股を晒していた高杉は鼻をならすと銀時の手から足を逃れさせ ようと足を振り上げる。銀時が素直に手を離せばまたニヤリと笑った。 「てめぇがキスした場所が、俺が、てめぇにキスされてもいいと思うところだっ たらてめぇの勝ちだ。けど違うところだったら…」 そこで一度言葉を途切れさせ、銀時を見つめる。銀時も真っ直ぐにその視線を受 け止めた。 「俺らのこの関係も此所まで。お終いだ」 「ふーん…」 銀時はめんどくさそうに気のない返事を返す。 「やんのかやんねぇのかはっきりしろよ」 「んー…。何?俺が勝つとなんかあんの?」 「………」 考えていなかったのか高杉は少し視線を彷徨わせた。 「…甘味屋でなんかおごってやるよ」 「関係清算と甘味屋が同等ォ?」 「うっせーな。じゃあ何がいいんだよ」 不満気な銀時の声に高杉が眉を寄せる。 その眉間にキスしたいなと銀時は思ったが、今下手にキスして賭けが成立したと 思われては堪らない。 「んーじゃあ勝ってから考えるわ」 「いい加減だな、てめぇは」 「俺が勝った時のことを考えてなかったおまえに言われたくありませんー」 「………」 子供の口喧嘩のように言ってやれば高杉が睨むようにしながら口を閉ざす。 しばらくしておもむろにヘの字にしていた唇を開く。 「で、どうすんだよ」 「あー、じゃあ乗ってやってもいいぜ」 そう言ってやれば高杉の目が愉快そうに細められる。楽しんでるなと銀時は思っ た。 「そうこなくっちゃなァ。…チャンスは一度きりだぜ」 「んー…」 ニヤニヤと笑いながら銀時を見つめる高杉を、銀時は頭の天辺から指の先まで目 でなぞっていく。 艶やかな黒髪、きめ細かい白い肌、真っ黒な瞳、少し薄い唇に寄せられている少 し骨っぽい指先、順に視線を移して全体としての高杉を見やる。 そうしながら高杉の意図を銀時はつらつらと考えていた。 だが大方銀時を試したいのだろう。時折こうして戯れのようなことを言い出す。 お終いとまで言い出したのは初めてだが。 「どうしたァ?これが最後のキスになるかもしれねぇぜ?」 「そうだなァ。そーいやわざと外して終わりにすんのもありだな」 「………」 意地悪くそう返してやれば途端に高杉の表情が不満そうなものに変わる。 そんな顔するくらいなら最初から終わりにするなんて言わなきゃいいのに、そう 思いながら銀時は何処に口付けるかを決めた。 「うっし。決ーめた」 「そこでいいのかァ?わざとじゃなくても外すかもしんねぇぜ?」 先ほどの銀時の発言を根に持っているのか高杉は言う。 「やるからには勝たなきゃだろ」 「ふん」 「てめぇもわざと合ってんのに違うとか言うんじゃねーぞ」 「言わねぇよ」 「終わりたくないからって外してるのに当たりにすんのは構わねーけど?」 「もっと有り得ねぇ」 きっぱりとそう言い切られて銀時は首をすくめた。 そして高杉に向き直る。 「目は閉じなくてもいいのかァ?」 「ん。別にいい」 言いながら銀時は指先で高杉の輪郭を辿り、顎に指を添え少し上を向かせる。 目と目を合わせれば互いの瞳に互いの顔が映りこんだ。 顔を近付ければ癖のように高杉の目が閉じられる。 そんな高杉に気付かれぬように小さく笑むとさらに距離を縮めた。 唇まであと数センチのところでちょいとずらして、滑らかな白い頬に口付ける。 途端に高杉の目が驚いたようにぱっちりと開いた。 「…なんで…」 高杉は信じられないと言った顔で銀時を見つめる。 驚いてる驚いてると思いながら銀時は高杉を見下ろし、独り言のような疑問に答 えてやる。 「そういや、頬にはキスしたことねーなァと思って」 「………」 髪も額も唇も首筋も指先もそこら中に口付けていたけれど唯一唇で触れたことの なかったその場所を、これが最後になるかもしれないのならと選んだだけだ。 ただそれだけのことでなんでもないことのように言ってやれば高杉が言葉を探す かのように唇をわななかせたが、結局何も言わずに舌打ちして銀時から顔を背け た。 「俺の勝ち?」 「…てめぇの負けじゃねぇ」 「あっそ」 「………」 居心地悪そうに俯きがちにしながら唇を噛んでいる高杉を見、銀時は小さく息を 吐いた。 「…なー、俺が勝ったらの話だけどよ」 「………何が望みだ」 「おまえが、俺にキスしたいところにキスしてみろよ」 「はぁ?!」 勢いよく高杉が顔をあげ、先程とは違う驚愕の色を浮かべた目を銀時に向けた。 「勝ってから決めるっつったろーが」 「だからってなんで俺がんなことしなきゃなんねぇんだよ」 「俺が勝ったから」 「………」 そう言われてしまったら高杉は言い返しようもない。なにしろ賭けを持ち掛けた のは自分で、銀時の勝利時はどうするかを後で決めることを容認したのも自分だ 。 悔しそうに唇をかみ締めながら握り締めた拳を震わせる高杉を銀時は面白そうに 笑い見下ろす。 不意に顔をあげた高杉に「おっ」と思う間もなく高杉は銀時の胸倉を掴み引き寄 せた。 キスされるのかと思いきや、そのままその場に座らされる。 普段と視点の高さが逆になって、頭を思い切り掴まれた。 何事かと今度は銀時が目を瞬かせた。 「なんだよ」 「キスすりゃあいいんだろ」 「は?」 そう言って近付いて来た唇が触れた場所は、額だった。 「これでいいだろ」 「ここに、したかったわけ?」 思わず口付けられた額を押さえながらそう問い掛ける。 「別に」 「ふーん」 視線を合わせようとしない高杉に銀時は人の悪そうな笑みを浮かべ高杉に手を伸 ばした。 思わず高杉が銀時に目をやれば弓なりになった銀時の視線に引きつけられる。 「………」 「んじゃ今度は俺がしたいところにさせてもらうわ」 「あ?」 動き出した銀時を高杉が目で追うよりも前に距離を詰めた銀時の唇が高杉の唇を 塞いだ。 すぐさま距離をとって目を覗き込む銀時を高杉は見つめた。銀時はニィと笑う。 「キスはやっぱ唇だろ」 |