「やりすぎだよバカ」
玉座に座り、呆れ顔の銀時は溜め息まじりにそう吐き捨てた。
銀時の視線の下、脱いだ帽子を指先で弄びながら、仮にも一国の王に叱責されているとは思えぬ態度で高杉はうそぶいた。
「こっちはちゃんと警告したぜ? その境界線を踏み越えたら容赦はしねぇってな」
「その結果が敵さんの一大師団殲滅か? 捕虜もいねぇとかなんなの、また俺の名が上がっちゃうんだけど。悪い方に。なんでこうなんの? 投降してきた奴も容赦なしなの?」
「いいじゃねぇか。その名を恐れて歯向かう奴なんざいなくなるかもしれねぇぜ? ちなみに、投降する暇なんて与えずに叩き潰してやっただけだ」
さらりと恐ろしいことを口にする自国の第四中隊の長に銀時は苦虫を噛み殺したような苦々しい顔をしてみせた。
「逆に徒党を組んで攻められたらどうすんだよ。悪い王をやっつけろ。民衆の開放だっつって」
「そんときは、俺達軍部が鎮圧してやるさ」
「また俺の悪名が高くなっちゃうからやめてくれる」
何を言っても素知らぬ顔でしれっとしている高杉に頭を抱えながら、銀時は溜息をついた。それを受けて、諸悪の根源である高杉は薄笑いを浮かべたまま言う。
「溜息なんざつくと、幸せが逃げるぜ?」
「じゃあ俺から逃げた幸せ、おまえが捕まえてこいよ」
無理難題を押し付けてやれば高杉は笑う。仰せのとおりに、と恭しく一礼して高杉は銀時の座る玉座へと続く階段を上がり、視線の高さが逆転した状態でまた笑みを深くした。
「失礼」
そう言って唇の距離をゼロにする。触れるだけのそれはほんの僅かの間で、至近距離で高杉は笑うと、わざとらしく跪いた。それを受けて、銀時は特別動じる様子もなく
表情ひとつ変えないままに高杉に問いかけた。
「…で? 幸せ捕まえるのと今の行為と、なんの関係があんだよ」
「捕まえるのはめんどくせーから、俺が貯めこんでる幸せを王様に分けてさし上げようかと」
「なにおまえ貯めこんでんの」
「この国のために、王のためにお仕えできることそれ自体が至上の幸福ですから」
「よくゆうわ」
白々しいと言い捨てても、高杉は微笑を浮かべるだけだ。不敬極まりない態度に、その首が飛んでもおかしくないが、今この場にその処置を求める者は誰もいない。仮にも一国の王がその座にいるのだから、護衛なり何なりが側に侍っているのが普通であろうが、高杉相手ではそんなものなど存在しないのである。その対応に、銀時と高杉の付き合いの長さ、信頼関係が現れている。
これ以上何を言ってもどうせ聞く耳持たないだろう。そう判断した銀時は溜息を吐いて犬でも追い払うように手を振った。
「もういいわ。次からは気を付けろよ」
「あぁ。次は俺のすることに文句もつけらんねー地位についてからするわ」
「よくゆうわ、昇進したくない、この隊の隊長から離れたくないって駄々こねてるくせに」
知ってんだよと言ってやれば高杉がここにきて初めて笑みを消す。高杉にとって、高杉が頭を務める隊が特別なことを銀時は知っている。昇進すれば、その隊を他の者に引き継がせて自分は更に大きな隊の頭にならねばならなくなる。だから、高杉は准将という地位に留まってそれ以上の地位になることを拒んでいるのだと、銀時の耳にも入ってきていた。
だが、敢えて触れては欲しくないところだったようだ。
今までの笑みが嘘のように消えて、高杉は冷たささえも感じさせる目で銀時を一瞥し、部屋を後にしようとした。そんな高杉を、銀時は呼び止める。
「高杉ィ」
「…なんだよ」
「後でいつもんとこな」
場所は敢えて言わない。それでもお互いにそれが何処を指しているのか直ぐ様理解する。それを受けて、高杉は表情を変えないまま銀時に問いかける。
「拒否権は?」
「一応認めねぇってことにしとくわ」
「パワハラかよ」
高杉は小さく鼻で笑い、了解の有無を答えることなく部屋を後にした。重い扉が閉まる音を聞いて、銀時は今回高杉がしでかしたことの後始末をどうすべきか考え、再び溜息を吐いた。



人気のない通りの奥にひっそりと存在する宿の廊下を、高杉は一人歩いていた。薄い扉を一枚開ければぼんやりと白い影が浮かぶ。それを認めてニヤリと口元に浮かべながら、高杉はその影に近づいた。後ろからそっと抱きしめて、ふわふわとした髪に頬を寄せながらささやく。
「ご命令通り、忠実な下僕はやってきましたが?」
「…何言っちゃってんだか」
呆れたような声をあげて、白い影の銀時は自分を包む腕を絡みとる。そのまま床に柔らかく押し倒して闇に溶ける輪郭をその目に捉えた。自分を見下ろす銀時を見上げ、高杉はただ笑っている。
「王様が護衛も付けずにこんなところでしがない軍人としけ込んでるなんて知れたら、きっとクーデターを狙う輩がゴマンと押しかけてくんだろうなぁ」
「かーもなぁ。そうなったら次の王様は誰だろうな」
「さぁ?」
明かりは付けないまま、少しずつ闇に慣れていく視界と指先、耳に届く息遣いと声で互いの存在を認識しながら、息を潜めるようにして他愛ない話をする。銀時の頬に触れて、高杉が笑った。
「まぁ、てめぇは死なせねぇよ。例え軍部が裏切ったとしても、俺はおまえの矛であり盾であり続けてやる」
滑る指先が銀時の唇に触れる。それが震えて音をだそうとするのを静止するように、高杉は人差し指でその唇を塞いだ。そして、自分が言葉を紡ぐ。
「やり過ぎだろうがなんだろうが、この国を、おまえを、誰にも侵させない。それが俺の、軍人としての矜持なん」
「もう黙っとけよ」
唇に触れている手を取って、銀時は音を紡ぐ唇を自分のそれで塞いだ。
此処には二人以外誰も居ないのに、銀時は此処では玉座になど座っていないのに、高杉も軍服など着ていないのに、高杉にとって銀時は何処までも守るべき王様で、高杉は何処までも軍人だった。敬意など少しも感じ取れない言葉の数々だが、彼の根底は揺らがない。
銀時にはそれが酷く、悲しかった。
どこから違ってしまったのだろう。何も知らない子供の頃は、同じ世界でただただ無邪気に遊べたのに。



(そう思っていたのは自分だけで、本当は最初から一瞬足りとも同じ場所になどいなかった?)
(知るのが怖い。だから今はただ、このままで)