今をときめく人気俳優、坂田銀時はとても焦っていた。鞄の中身をひっくり返し、一から確認したがやはり無い。無いのだ。売れないときから叱咤激励をして自分を支えてくれた面々から貰った手製のお守りが、何処を探しても見当たらない。不器用な少女が作ってくれたそれは、本当にみすぼらしくて今の銀時には釣り合わないようなものだけれど、銀時にはかけがえのないものなのだ。
寝る暇もない過密スケジュール、一分一秒も自分のために使える時間はない。それでも銀時はテレビ局を走り回っていた。どこかに落としてはいないか、廊下の隅から隅まで見て回る。誰かが捨ててしまってはいないかとゴミ箱だって漁ってみた。今の時間帯、人通りが少ないため銀時の奇行を目にするものはいない。だが。
「なにしてんだ、てめぇ」
淡々と向けられた声に、銀時はゴミ箱を漁る手を止めて、そちらを見た。青い制服を着た、目つきの悪い男がいぶかしげな目をこちらに向けている。肩にモップを担ぎ、横には大きなキャスター付きのゴミ箱が置いてある。どこからどう見ても、清掃員だ。
「お守り探してんだよ。落としちまったみてぇで…。青くてぼろっちい布のこれくらいの小さなもんなんだ。あんた、見てねぇか」
各階回ってゴミを集めている清掃員なら、どこかで見ているかもしれない。銀時はかすかな期待を込めて清掃員にそう尋ねた。慌てふためいている銀時をよそに、清掃員はゆっくりと視線を彷徨わせて記憶をたぐっている。それでも思い当たるものはなかったようで、知らねぇな、と言い捨てられた。それからこうも続けてきた。
「見つけたら教えてやるよ。それより、早く戻った方がいいんじゃねぇかァ? 上の階で笑顔の裏に鬼みてぇな気配を漂わせたマネージャーが、死んだ魚みたいな目をした白髪天パを見てないかって探してたぜ」
その言葉に銀時の脳裏にダークマター使いのマネージャーが浮かんだ。彼女に何も言わずに楽屋を飛び出してきてしまったことを今更ながら思いだし、事情くらい説明してくれば良かったと後悔する。青ざめた銀時の様子などまるで意に掛けない様子で清掃員は言った。
「分かったらさっさとそのゴミ箱から手を離せよ。こちとら仕事中なんでなァ」



その場から追い出されてるようにしてマネージャーの下に戻った銀時は、事情を説明して事なきを得た。昔からのつきあいであるマネージャーはそのお守りのことも知っていて、それでもスケジュールに穴を開けるわけにはいかないからと銀時を撮影に送り出した。
仕事は仕事、プライベートに振り回されるわけにはいかない。きっちりと撮影を終えて、次の撮影までのわずかな時間に銀時はまたテレビ局中を走り回った。先ほどの清掃員がゴミを回収していたように、テレビ局内のゴミ箱はキレイに空っぽになっている。
清掃担当の部署にそれらが何処に集められるのか問い合わせれば、地下のゴミ集積場に一度すべてのゴミが集まるという。そこに駆け込んだ銀時は、飛び込んできた光景に目を丸くした。
山だ。ゴミの山だ。だがそれよりも銀時が目を疑ったのは、そのゴミの山に、ぽつんと先ほどみた青い制服が立っていたからだった。
制服が振り向く。銀時の存在に気づいたその顔は、先ほど銀時が会った清掃員のものだった。見るからに柄が悪くて、見つけたら教えてくれるとは言ったけれど、正直そんなのは口だけだと思っていた。
ゴミ袋の口を縛り直し無造作に投げ捨て、男は山から下りてきた。
「ほらよ」
銀時に無造作に小さななにかを投げつけてきた。手の中に収まったそれは銀時が探していたそれで、銀時は目を瞬かせて男とお守りを交互に見やった。それじゃねーのかと問われて、銀時はこれだと何度も何度もうなずいた。
「探して、くれてたんか…」
「大切なもんなんだろ。放置すんのも気分悪ィし。ったく、サービス残業もいいところだぜ」
終わった終わったと帰ろうとする男の手をつかんで、銀時は彼を引き留めた。男は足を止め、捕まれた腕を、それから銀時を見た。
「まだなんかあんのか? 俺ァもう知らねーよ、あとは自分で探すんだな」
「ちがくて。お礼、お礼に飯でもおごる」
だから、連絡先教えてくれ。
なんてチープすぎる誘い文句を投げたのはいいけれど、よく考えなくても銀時にそんな暇などない。それ以前に、銀時の誘いは一笑に付されて終わった。そんな大したことしてねーよ、と。
それでも銀時はめげずに誘い続けていた。そのテレビ局に行くたびに彼の姿を探してみたし、別の清掃員に目つきの悪い清掃員はなんて言うのかと尋ねてみたりした。
問われた清掃員は高杉がなにか失礼なことをしたのかと顔色を変えたが、そうじゃないと事情を説明すれば明らかにほっとした様子だった。人気俳優に粗相をして、怒らせたりしたら大変だと思っているのだろう。それは銀時が難癖をつけるような俳優だと思われているからか、他の俳優となにか問題でもあって面倒なことになったことでもあるからなのか。銀時としては後者であることを期待したい。
「なぁ高杉」
横に銀時がいるのにもかまわず廊下の掃除をしている高杉に、名前で呼びかけてみる。高杉は掃除の手をとめて、訝しげな目を銀時に向けた。
「なんで俺の名前知ってんだよ」
「他のおばちゃんが教えてくれた。っつーか、名札隠してるとか怒られんじゃね? 怒られてんじゃね?」
銀時の言葉に高杉は忌々しそうに舌打ちをして、また掃除を再開した。
「あ、俺は坂田銀時。俳優やってんだけどそういや名乗ってなかったわな。っていうか飯食いに行くくらいいいじゃねーか。お互い名前も知り合ったしよー」
「知り合ったって、てめぇが勝手に調べやがったんじゃねーか。しつけーな。別に気にすんなっつったろうが」
「でも2時間も俺のお守り探してくれたんだろ。なんかお礼したいじゃん。人としてなんかお礼すべきとこじゃん。素直にありがとうっておごられたらいいところじゃん」
「素直にありがとうっつってお守りなくさないようにすりゃいいところだろうがよ。もういい加減しつけーんだよ」
心底面倒くさそうにしている高杉に、銀時は頬を膨らませるが高杉はそれを見ていない。黙々と掃除を続ける高杉を見つめながら、銀時はぼんやりと考えていた。
自分でもどうしてこんなに高杉にこだわっているのかよく分からない。知名度が上がってから、自分にすり寄ってくる人間が増えたのにこんなにも自分になびかない彼が物珍しいのだろうか。けれど、名も無き俳優だった頃なんて、路傍の石のように扱われたことだって少なくない。素っ気ない態度を取られるのなんて、慣れきっている。
どうして、彼にはこんなにも振り向いて貰いたいのか。
出ない答えを自問しながら、今日も銀時は高杉に声を掛ける。
「今度の火曜日、ひっさびさのオフなんだよ。だからよー」



飯、食いに行こうぜ。