じっと目の前の木角を見つめる銀時を、高杉は頬杖をついて見つめていた。
銀時の手が不格好な木材に伸びる。くるくると弄んで360°余すところなく木塊を見る銀時の目はここぞとばかりに生気を帯びている。それから何気ない動作で側にあった彫刻刀を手にして迷いなく削り始めた。無愛想な塊が丸みを帯びて意味のある形が浮かび上がってくる。
その過程を自分の手で生み出しながら、どこか他人ごとのように出来上がっていくのを見るのが好きなのだといつか銀時は言った。そして高杉は、その好きなことをしているときの銀時を見ているのが好きだ。そう銀時に告げたことはないけれど、確かに高杉は作品になるまえの、ただのモノでしかないものに命を吹き込んでいく銀時の横顔を見ているのが好きだった。
生業、生きていくための技術を行使しているときのその表情は食欲や性欲、本能に彩られた表情に匹敵するほど、高杉には魅力的に見える。銀時には生きていくためだとか、そんな自覚はないだろうが、高杉にとっては高杉の目に映り、脳が認識する世界が全てだ。他人が、銀時がどういうつもりでいるかなんて、正直どうでもいい。
モノと銀時と高杉、視線は一方通行のまま交わらないけれど、完結したその空間で呼吸をしていられればもうそれ以上なにも望みはしない。



「ほらよ」
銀時から無造作に渡された木片は愛らしいライオンになっていた。顔に似合わないものを作ると笑われたこともあるけれど、もうそんなやりとりも飽きたのだろう。高杉は茶化すような言葉は口にせず、受け取ったそれを弄びながら眺めている。そんな高杉を銀時は眺め、先程までと視線のベクトルが逆になっていた。
うさぎ、リス、ハリネズミ、パンダ、ネコ、いぬ、阿修羅像、銀時は色々なものを高杉に頼まれるままに作ってきた。それらが高杉の部屋に並んでいるかと言えば、そうではない。誰かに渡してしまうらしく、2つ、3つしか彼の手元には残っていない。残っていれば、あぁ気に入ったんだなと思うだけで、腹を立てたりはしない。
「いっつも思うんだけどよ、楽しいか? 人が作業してるの見ててよ」
幾度か既に尋ねたことを、改めて問いかけてみれば高杉の視線がライオンから銀時へと移された。二度、三度まばたきをして、高杉が笑う。
「あぁ、楽しいな」
男の、手入れもされていないような唇が艶やかに笑みを作る。それを魅力的だと思うのは惚れた欲目にすぎないのだろうと思いながらも、銀時はただぼんやりとつり上がった唇を見つめていた。
銀時の視線の先で、高杉の唇がゆっくりと開く。
「なんでそんなことを?」
普段なら銀時の問いに高杉が答え、そこで途切れた会話はそのまま終わるか、他の話題に変わる。あえて続けてきたその真意は読めないまま、銀時は視線を逸らさずに応じた。
「見てるだけでなんもやってねぇだろ。飽きるかと思ってよ」
「んたこたねぇさ」
もったいぶるように笑う高杉の手にはまだライオンが収まっている。手のひらサイズのそれにちらりと目を向けて、銀時は後片付けを始めた。
「出来上がる様を見るのがおまえは好きなんだろ? だったら俺もそうだとは思わねぇのか?」
だっておまえ出来上がる作品じゃなくて俺見てるじゃんかよ。
喉元まででかかった言葉を飲み込んで、銀時は返す言葉を探す。高杉も黙って銀時の言葉を待っている。沈黙が落ちて、片付ける音だけが部屋に響いた。
返事がないことを悟ったのか、高杉が別の問いを投げかけてくる。
「じゃあ、おまえはなんで金にもならない俺の頼みを聞いてくれんだ?」
俺がおまえが作ったものを他人にやっちまってるのも知っているんだろう。高杉は言う。
あぁ知っているさ。心のなかで銀時は即座に返事をした。声には出さない。
何か作れと言われて、仮にも彫刻家の名を拝す本職であるにもかかわらず金も貰わず素直に作品を作るのは、ひとえに作業している高杉の視線を感じるのが好きだからだ。
もちろん作業に集中している。視界の隅にすら高杉の姿は入らない程に。けれど、感じるのだ。普段とは比べものにならないほどの刺すような視線を。
そして作業後、ようやく見れる高杉の姿が、自分の作品を見て微笑する高杉の表情が好きだ。作り笑顔じゃない、棘もない、挑発めいてもいない、少しだけ柔らかさを帯びたその微笑が好きだ。
だから言われるがまま銀時は作品を作る。しかしそんなこと、高杉に言うつもりなどない。
「まぁ、息抜きだな」
なんてうそぶいて、作品に目を向ける。ライオンはまだ、高杉の手のなかにいて、笑う高杉の視線を受けていた。



片付ける銀時を視界の隅に入れながら、出来上がったライオンを高杉は見つめていた。これはどこに置こう。ぼんやりと考える。
高杉が手放した銀時の作品は本当はとても少数で、来島たちが本当に気に入ってしまったものだけだ。あとは家には置いていないが、仕事場に置いてあったり、とにかく自分の場所に点在させている。
返事をろくに返さない銀時を見つめる。後片付けをする銀時には先程までの気配はまるで感じられない。そのギャップもまた高杉には愛おしかった。
自分と、銀時と、これから作品になるものと命を吹き込まれたもの。狭い狭い世界で、増えていく愛おしむべきものに囲まれて生きていければいいのに。それこそ喉を塞ぐくらい。
なんて、くだらない願い。
そっとほくそ笑んだ高杉に気がついた銀時が問いかけてくる。
「なに笑ってんだよ」
訝しむ銀時の目はもうすっかりやる気も生気もない。それに喉だけで笑って高杉は答えた。
「別に」
言いながらそっと手のなかのライオンを親指で撫ぜる。高杉の体温が移ったそれはすっかり生温くなっていた。



交わらない視線は常に一方通行。だけど、そのとき確かに世界は閉じているから。
好き、好き、好き。君には絶対言わないけど。