*アニメ150話、嘘最終回その後



「銀ちゃん、今日の依頼は三丁目の山田さん家の犬の散歩と、二丁目の鈴木さん家の引っ越しのお手伝いネ。散歩は新八、引っ越しは私行ってくるアル。なにかあったら連絡するネ」
「おうよ。家具壊さねぇように気をつけろよ」
「大丈夫アル」
朝食を食べながら1日の予定を確認する。高杉と繰り広げた死闘が嘘のように、万事屋はすっかり日常に戻っていた。けれど銀時に残る傷が、あの日の出来事が嘘ではないのだと教えてくれる。まだ癒えきっていないそれのために、最近の依頼はもっぱら新八と神楽がこなせるものはこなしていた。
食べ終わった食器を台所に置いて、銀時は神楽を見送った。出掛ける直前、台所に残されたもう一人分の食器を神楽はちらりと見たけれど、すぐに笑顔で外に出たので銀時はその目の動きに気付かなかったフリをした。
華奢な背中が小さくなって、銀時はため息を吐いて室内に戻った。台所の食器に白米をよそう。今日は神楽が担当だったのでメニューは白米に卵と、味付けの醤油だ。それらをお盆に乗せて、銀時は和室の襖を開けた。
開け放たれた窓から一筋の風が銀時を撫でる。窓辺に佇む人を眺めて、それから努めて変わらない調子で言う。
「飯、食えよ」
銀時の言葉に、外に目を向けていたその人、高杉は銀時を一瞥しただけで表情を変えるでもなくまた元の位置に視線を戻した。そんな反応にも、銀時の感情が逆立つことはない。それはおよそ予想通りのものであったので、銀時は部屋に踏み込むと面倒くさそうにその場に座り込んでお盆を床においた。
「なにおまえ、卵かけご飯なんて食べられませんセレブだからとか態度で示してるつもりなの? 残念だけどうちは神楽が食事当番のときは卵かけご飯かふりかけご飯しか出ませんから。だったら食べないからいいもんとか言うんだったら俺が食べちまうからな。あとでお腹空いたとか言っても知らないんだからな。本当に俺が食べちまうんだから、食べるなら今のうちだぞホラ」
つらつらと並べ立てて高杉の反応を待つ。まるで聞く耳を持たぬとでも言わんばかりにそっぽを向いたままの高杉を、銀時はただ見つめていた。風が吹く。高杉の髪が、袖が揺れた。それを見て、銀時は目を少し細めると溜め息と共に視線を少し落とした。
「食わねぇのか? 飯」
銀時のものではない声が響く。それに応じるように銀時が視線を上げれば、いつの間にか振り向いていた高杉が口元に笑みを浮かべながら銀時を見ていた。
見覚えのある微笑だ。自分の方が背が低いくせに、人を見下ろして挑発するようなそんな目をして浮かべる微笑を、以前どこで見たのか思いだそうとして、やめた。思い出すことは、思い出そうとすることは、とても不毛な行為のような気がしてならなかった。
「食わねーよ。俺ァもう食ったんだ」
「だろうよ。一家団欒ごっこの声が、こっちまで聞こえてらァ」
「仲間に入りたいんなら素直に言えば入れてやらねぇこともねーよ」
あからさまな挑発に乗らずに淡々と返せば、高杉は鼻で笑って首をすくめた。
「冗談。くだらねぇおままごとに付き合う気はねぇんだよ。それとも何か? 生かしておいてやったんだから、俺に従えとか言ってみるか。完膚無きまでに蹂躙されて隷属させられる。それが敗者の定めだもんなァ…。嫌なら死ねはまだマシで、生かさず殺さず、じわじわとなぶるも勝者は自由だ。おまえは後者派か? 銀時」
「……」
挑発に沈黙で返せば高杉は笑顔を消してまた窓の外を眺め始めた。流れるように言葉を紡ぐという行為はまだ深い傷を残す身体にはキツいものがあったらしく、ほんの少し高杉の呼吸が乱れていることに銀時は気づいた。けれどそれに気づかないフリをして、敢えてそれを指摘するようなことはしなかった。
刃を向けあい切り結んで、瀬戸際のところで銀時の方が長く意識を保っていた。高杉を死なせないでほしいと万事屋の二人に頼んで、銀時も倒れ込んだ。
目覚めたのも銀時の方が先で、なかなか意識が戻らず生死の境をさまよっていた高杉が目を覚ましたのは昨日の話だ。
刀は取り上げてある。左目のみならずあの血戦で左腕も失った高杉は、舌を噛み切って死ぬことも、暴れてこちらを殺しにかかることもなかったが、繋いでいた点滴は無理やり引き抜いていた。
何日も食事を抜けば、どうせ力尽きる。そうなったら縛り付けてでも点滴をして栄養を補給させてやろう。そう考えて、その考えが高杉の言う勝者の生かさず殺さずに近しいことにふと気が付いた。
そうじゃない。銀時が望むことはそんなことではないのだ。だから、銀時は口を開いた。
「俺もさ、ちょっとテンション上がったんだか下がったんだか、調子乗ったんだか素だったんだか、思い出せねーけどおまえにぶった斬るとか言っちゃったことあっけどさ、おまえには生きていて欲しいんだよ。仲間でもなんでもねぇとか言ったけど、仲間じゃなくたって腐れ縁だし、切っても切れねぇもんじゃねーか。っつかおまえなんかガチで俺のこと殺しにかかってきたじゃねーか。あの化け物みてーな刀に襲われたとき俺もヅラもマジ死ぬ三歩手前くらいだったから。そのあと天人に囲まれたときは死ぬ一歩手前だったから。あれ下手したら死んでたから。だからよ、なんかもうお互いのそういうの全部チャラにして、ガキの頃みてぇな、いけ好かないムカつく奴、みたいな関係から、やり直そうぜ」
高杉の方は見ていない。だから高杉が今まだ窓の外を見ているのか、それとも銀時に目を向けているのか、銀時には分からなかった。しばしの沈黙のあと、反応があった。
「紅桜は俺がけしかけたわけじゃねーが、部下の不始末は頭の不始末だ。俺がその責任を取ってやらぁ。どうする? 打ち首にでもして河原に晒すか」
「だから…!」
そうじゃない。そうではないのだ。銀時の望みはそんなことではないのに、どうしてそれが分からないのだ。苛立ちに眉を寄せ高杉に目を向ければ、高杉も銀時を見つめていて目があった。高杉は銀時に目を向けているけれど、どこか遠くを眺めている、そんな目をしていた。
「俺ァ全部チャラになんかしねぇ。何があろうと、生きてる限り鬼兵隊の名を捨てることなんざありはしねぇ。俺は鬼兵隊の名を捨てねぇし、そもそもあの人が欠けてる以上、ガキの頃には戻れねぇんだよ」
吐き捨てるように放たれた言葉は感情が色濃くにじみ出ていた。口を閉ざし高杉を見つめる銀時に、高杉はゆるりと笑った。
「なぁ知ってるか、銀時。攘夷戦争があったから、天人はこの星をより侵略することになたんだとよ。俺達が刀振り回して暴れてたから、防衛のためという大義名分を奴らに与えて武力強化させちまってたんだって。笑えるだろう? 命懸けて、命落としてやってたことは全部裏目に出てんだ。おまえの強さが長引かせた戦争が、天人がこの星に大砲持ち込む理由にされてた。まるで道化じゃねぇか。どうせ侵略されちまうなら、最初から戦わなければよかったのか? なら先生の死も、あの戦で散った奴らの死も、俺が戦に連れてって、幕府に首切られた鬼兵隊の奴らの死も、全部、一体なんだったんだ?」
高杉の微笑に、嘲笑が混じる。その嘲りは、恐らく高杉自身を含むすべてのものに向けられているのだろう。
高杉の問いかけに、銀時は答える術を持たなかった。何故ならそんなのは銀時だって知りたい。あれはなんだったのか。大切なものを奪われて踏みにじられて、負け犬の自分だけが残った。どうしてそんなことになったのか。いや、何も知りたくないのかもしれない。もうこれ以上深入りして、傷つきたくない。心のどこかにあるそんな気持ちを、背負い込んだ思いと共に否定できない。
黙り込んだ銀時に、高杉はまばたきを一つするとゆるりと首を傾かせて尚も笑った。
「銀時、おまえは相変わらずバカだな。俺に殺られてりゃあ、見果てぬ長いおまえの悪夢も、綺麗さっぱり終わったのに」
「代わりにてめぇが悪夢の中にいるんだろ」
寝覚めが悪すぎて、そんな助かり方ならしない方がいい。言い切れば高杉は呆れたように首をすくめて、溜め息を吐いた。そこには疲労が滲んでいる。目覚めたばかりでこれだけのやりとりをすれば、疲れもするだろう。
銀時は立ち上がると押し入れから布団を下ろした。銀時が目覚めたとき、高杉は既に窓辺に座り込んでいたので布団は片付けてしまっていた。夜は銀時が眠るときも起きているし、高杉がいつ寝ているのか銀時は知らない。
「悪夢の話しといてなんだけどよ、疲れたろさっさと寝ちまえ。そこがお気に入りなら窓際に布団敷いてやっから」
「……」
先ほどまでの会話が嘘のように、また口を閉ざす高杉に銀時は溜め息を吐いて掛け布団だけ掴んで高杉へと放り投げた。頭から被ったそれを煩わしそうに高杉が剥いで、ついでに窓から捨てようとする。それを掴んで引き留めながら、銀時は高杉の肩を掴んで床に押し倒した。掴んだ身体はまだ傷が熱を持っているのか平素より熱い気がする。だが平素の高杉を銀時は知らないので、きっと熱いと銀時は思い込んだ。
傷を開かないように配慮したつもりだったけれど、痛みに高杉の顔が引きつる。特別抵抗もなかったため呆気なく倒れ込んだ身体を押さえながら見下ろして、高杉の右目に映り込んだ自分をぼんやりと見つめながら、銀時は口を開いた。
「難しいこたぁ今はどうでもいいんだよ。今は、てめぇが生きて此処にいりゃあそれだけでいい」
表情も変えずにそういえば、高杉はほんの少しだけ唇をつり上げた。
「そうやって『今』だけ逃げても、余計泥沼にハマるだけだぜ?」
哀れむように頬に触れてきた手を取って、銀時は二人の唇の距離をゼロにした。



(どうせ答えの出ない問いならば、過去も未来も蓋をしてついでに口も閉ざしましょう)