「適当に見繕って5000円位で花束作ってくれ」
目つきの悪いホスト風な男の客にそう言われて、銀時は一瞬目を瞬かせながらも首を縦に振りながら返事を返して花を選び始めた。
ボリュームを選ぶか値段の高いのを見繕うかを尋ねたら任せると言われて、釈然としないまま花束を一つこしらえる。5000円以内に収めたそれを差し出せば札が一枚手渡された。釣りはいらないと言って男は去っていった。
それを見送って、銀時はぽつりと呟いた。
「スーツ似あわねぇ奴だな」
社会人の着こなしではない。ホストだとして、今あつらえた花束は客に送る花だろうか。店員に全て任せてしまうなんて本当に形式だけなのだなぁと銀時は客の手に渡った花束と、それを貰う女性に同情した。せめて受け取った女性位は、あの花達を綺麗だと、嬉しいと笑ってくれたらいい。
そう願いながら銀時は接客で中断した作業を再開した。
そんなに来客が少ない店ではない。だから、客の一人一人の顔を覚えているということはないのだが、やけに印象に残ったその男がひと月後再び訪れたとき、銀時は直ぐに5000円の花束の男だと思い出した。
「5000円位で適当に花束を作ってくれ」
その後も男は月に一回現れては似たような注文を繰り返した。銀時は知らない。この花束がなにに使われているのかを。だから推測する。もしかしたら、恋人が記念日にこだわるタイプだとか。付き合って何ヶ月、だとかそういう面倒くさいことに付き合わされて仕方なく花束を用意している。
そう考えて男が来る日を確認したら案外バラバラだということが分かり、その可能性は却下した。
ホスト、というのもなしだ。かぶき町のそういった店に勤める知り合いに尋ねてもヒットしなかった。
話しかけてもつれない返事ばかりでロクに自分のことを話してくれない。精々名前が高杉ということと、自営業だということくらいだ。
一体なんなんだろうなぁと思っていると、最初の来店から10ヶ月で初めての月に二度目の来店で、初めて別の注文を受けた。
「10月の、季節の花を使った花束が欲しい。値段は問わねぇ」
一瞬、なにを言われたのか分からなくて、目を瞬かせていたら訝しげな目を向けられたので銀時は直ぐに花へと向き直った。
一応今までも季節の花を束ねて居たのだけど、野暮なことは言わない。いつもなら銀時の作業になどまるで興味が言わんとばかりに携帯電話をいじっている高杉が自分の作業を注視しているから、余計にこの花束は特別なのだと感じられた。
「自分で選んだ方が、貰う方も嬉しいんじゃねぇの」
前にも言ったことがある。そのときは黙殺されたけれど、今回は返事があった。
「…センスが悪いんだよ」
「でも一生懸命選んでくれたってことが、相手は嬉しいと思うけどな」
銀時の言葉に高杉は難しそうな顔をして花々に目を向けた。視線が彷徨う。ふと止まったのを見て目で追えば、色とりどりのバラが花開いていた。
「バラ?」
真紅ではない。オレンジを初めとした暖色系のパステルカラーで仄かに色づいた慎ましやかなバラが高杉の視線の先にあった。真紅のバラの花束だと少々気障ったらしい感も出るが、柔らかな色彩のこのバラはふわりと丸いイメージがある。
「これを軸になにか添えるか、それともバラ一択にする?」
「それだけでいい」
「はいよ」
量を聞きながら束ねあげる。リボンを巻いて、財布を出した高杉に差し出した。お代はいいと言えば札入れから諭吉を出そうとしていた高杉は目を瞬かせた。
「定期的に買ってくれるお得意さんだから、今回はサービスすんよ」
高杉以上のお得意様はいる。かぶき町のホストなどは此処で花束を買っていくのだ。けれど彼らに対してこんな風に花束を丸ごとひとつサービスしたことなどなかった。バレたら彼らもたかってくるかなぁなどと心の隅で思いながらも、銀時には前言撤回する気はない。
しばし互いに沈黙して、真意の探り合いのような視線の交錯があったが、不意に高杉が唇の端を吊り上げた。
「ありがとよ」
そう言いながら花束を受け取って、店を出て行く。いつもとは少し違うその背中を見送って、今日もまた高杉が誰にあの花束を渡すのか思いを馳せる。
「銀ちゃーん、ハイ、花束のお金」
「は? なんの花束だよ」
宅配から帰ってきた神楽が諭吉を二枚差し出してくる。今日神楽が運んだのは大型の観葉植物などで、花束はなかったはずだし、そもそも前払いだ。神楽がお金を受け取ってくる理由がない。
覚えのないお札に眉を寄せる銀時に神楽は新たに届いた花を並べながら答えた。
「銀ちゃんのお気に入りと店の前ですれ違ったとき、銀ちゃんに渡してくれって」
「野郎…」
やけに素直に受け取ると思ったら。難しい顔をして机の上のお札を見つめていると、神楽が隣にやってきてお札と銀時を見比べて言った。
「銀ちゃんがお金受け取らなかったら私と新八で分けてもいいって。ね、これで酢コンブ買ってきていいアルカ?」
「ダメに決まってんだろ、バカ言ってんじゃねーよ」
不満げな神楽に構わず金をキャッシャーにしまう。仕事をしろと犬を追い払うように追いやって、銀時はため息を吐いた。
花束を受け取ったときの高杉の笑みを思い出す。普段もニヤリと笑うことはあったけれど、それよりもずっと柔らかな笑みだった。
「……」
いつも高杉が花束を贈る相手の妄想ばかり繰り広げていたけれど、たとえば自分が、高杉に花を贈ったらどうだろう。どんな顔をするのだろうか。
「…アホくせ」
男が男に花束を贈ったって寒いだけだ。一生懸命相手を思って花束を作る気持ちが、貰う方も嬉しいのだと高杉に言ったものの、彼が喜ぶとは思えない。
「……」
そっとキャッシャーを開ける。入れたばかりのお札を取り出してぼんやりと眺めてみる。
花束は薄ら寒いけれど、観葉植物や多肉植物ならどうだろう。高杉がどんな生活をしているのか、相変わらず予想も付かないけれど、あまり手の掛からない植物なら育てやすい。
「やるだけ、やってみっか」
そして次に高杉が訪れたとき、小さな観葉植物を贈ってみることにした。
人生なにがあるか分からないもので、それをきっかけに紆余曲折を経て二人が一つ屋根の下で暮らすことになることを、このときの銀時はまだ知らない。