「また子のパンツは染み付きパンツー」
「はァ? そんなのついてないもん毎日変えてるもん。しんすけさまァァ、確かめてくださ…!」
「確かめねぇよ。おまえは俺をクビにする気か」
スカートをめくりあげようとする手を制して、高杉は来島の隣にしゃがみこんだ。目の高さを園児たちに合わせながら来島の頭に手を乗せ、視線を来島の前にいる神楽に向けた。
「おまえも、担任がくされ天パで悪影響受けちまうのも分かるが、仮にも女の子が染み付きパンツとか大声で言ってんじゃねぇ。もうちょっと絵本のお姫様らしくしたらどうだ」
「言ってることはもっともだけど、さり気に俺を貶めるおまえも大概ですね」
神楽の横に立ち、その頭に手を乗せながら、銀時はちくりと刺された言葉の棘に平坦な声をあげた。
受け持ちの園児が騒いでいるから駆けつけてみれば、一足先に仲裁に入った高杉に貶められているとは。全くもって納得できない。
にらみ合っている園児に気づいて止めようとすればまた一瞬先に高杉が二人の間に手を差し入れて、ついでに来島の頭の向きを、つま先を自然な動作で変えてみせた。
「ほら、あっちで遊んでろ」
「…はーい」
高杉に言われて、来島は少し不満げにしながらも視線の先にいた河上たちのもとへと駆けていった。
「おら、神楽も。ダチと遊んでこい」
「はーい」
子供二人が他の子供たちの輪のなかに入ったのを見て、他にも問題は起きていないか辺りを見回す。平和な園内に銀時は動かさずに言った。
「人のことをくされ天パとか言うのは教育上、よろしくないと思います。特に天パなど、生まれついた外見上の特徴を取り上げて悪口を付与するのは、子供が真似したら大変だと思います。是正なさってくださぁい」
「飲みすぎて翌日二日酔いの姿やパチンコに入る姿を目撃されているような奴に言われたくありません。特に酔って正体をなくすようなくされ天パはそう言われるだけのことをしているのを自覚し、是正してから文句言えよ口答えすんな白モジャが。黒く染めてグラサンかけて辰馬と区別つかなくしてやろうか」
確かに今日も二日酔いで気分が悪く、正直昨夜はどうやって家に帰ったか覚えてないどころな、家に帰れなかったけれども。昨日の飲みには参加していなかったはずの高杉の家で目覚めたときは首を傾げた。ついでに言えば家主は寝坊の時間に目覚ましをセットしておいて、自分は早々に出勤していて、銀時は今朝、誰もいない高杉の家で目覚め、その時計が指し示そ時間に顔を青くしたのだ。だが今、そんな自分に都合の悪いことはどうでもいい。
「確かに同じモジャだけど俺は黒くなってグラサンかけたくらいじゃかわらねぇ、ってあれもしかして俺固有のアイデンティティ白髪、じゃねぇ銀髪だけ? あれ?」
「そうかもな」
本当は他にも銀時のアイデンティティはあったのに、銀時は高杉の刺々しい態度に気を取られてそれ以上アイデンティティを探すのをやめ、高杉に目を向けた。
子供たちを眺めている高杉の横顔を伺う。右側に立っているのでその表情がよく見えたが。高杉はなんの感情も見せず園庭を見ていた。だが空気がどうにもチクチクしているのだ。
「なに怒ってんだよ」
「……」
高砂は肯定も否定もせず、歩みはじめた。河上が呼んでいる。
否定しないということは肯定だ。否定もほぼ肯定だ。ただ否定しなかったということはつまり、喧嘩する気が起きないほどに高杉が怒っているということに他ならない。
銀時は憮然としてその姿を見つめたが、その原因に思い至る前に別の園児に抱きつかれてそちらに意識を向けた。
園児たちをみんな帰して、明日の創作で使う作品を作る。保育士たちが集まって雑談などを交わしながら、折り紙を使ってネコやイヌを作っていく。
「ヅラぁ、おまえ、それなんの化け物だよ」
「化け物じゃない、エリザベスだ。高杉こそ、」
そんなやりとりを交わしている高杉と桂をちらりと見て、銀時は画用紙に白い犬を作る。幼稚園児でも作れる簡単なものだが、凝るとなかなかに難しい。
覗き見る高杉の様子は面倒くさそうにしながらもいつもと変わらない。目があってすぐに逸らされるのも変わらない。なにかあったっけかなぁと考えたが、やはり心当たりなどない。ないない尽くしでどうしようもない。
作業を終えて、今は二人銀時の家にいるが高杉は黙々と先日桂がうっかり壊してしまった、高杉のクラスの園児たちが作り上げた新聞紙の刀、紅桜を持ちかえり直している。この事件は桂と高杉のクラスの生徒間で激しい諍いを巻き起こしたが、一応話し合いでケリはついたのでわざわざ直すこともないのに、あえて銀時の部屋で直しているというのはなにかしら高杉からのメッセージを含んでいるのだろう。
「…なぁに怒ってんだよ」
「なんで怒ってると思うんだよ」
「態度でそう言ってんじゃねーか。めんどくせぇ。言わないんなら俺ももう気にしねーからな。もう二度と聞かねーからな。最後だからこれ。なぁ、なに怒ってんだよ」
「……」
高杉は手元の新聞紙で作られた摸造刀を見つめたまま、口を閉ざしている。沈黙が部屋に満ちて、銀時が吐いたため息がやけに大きく響いた。それをきっかけにしたのか、高杉が口を開いてぽつりと言った。
「子供は素直で可愛いんだって」
「は?」
「受け持ちでも持ってなくてもガキは素直で可愛くて愛しいけど、その分やっぱり自分のガキがちょっと欲しくなっちゃったりするよなって、昨日べろべろに酔って死んだ魚の目をしたどっかの白髪天パが人が寝てるとこ勝手に合鍵使って入ってきたと思ったら酒臭い息を吐きかけながら人のこと押しつぶしながら言ってた」
「……」
高杉の言葉に、今度は銀時が沈黙した。全く記憶にない。欠片もだ。
酔って理性による抑制が外れていた時の言葉をそんな風に攻め立てるのは卑怯ではないかと言い訳のような反論してみようかと思ったが、そんなことをしたら逆効果でしかないのは目に見えていた。酔っていたからこそ、本音が洩れたのだろうと、わざわざ酔っていた時の言葉を持ち出してきた者は誰だってそう言い返してくるにきまっている。
「作ればいいんじゃねえか? まぁおまえみたいな腐れ天パと結婚してくれる奴がいるかどうかは俺の知ったこっちゃねーけどなァ。あぁでも陰でこっそり人気らしいぜ? おまえ」
「あああああったり前よ。おまえ皆の銀さんは保護者さんたちに大人気なんだからな」
「狙うならシングルマザーにしとけよ。不倫の果てのドロドロ愛憎劇はガキが可哀想だ」
あからさまに動揺してみせても、高杉は敢えてその態度をスルーして淡々と応じてくる。この件に関しては、何処までも争う気がないようだ。
毎日子供たちと接して、子供が欲しいと思う気持ちが起こらないわけではない。それは本音だ。やっぱり、自分の血を分けた子供が欲しいと思う気持ちは多少胸に残る。身寄りがないので余計にそう思ってしまうのかもしれない。けれど。
「…ガキがほしいって気持ちよりも、おまえといたいっていう気持ちの方が大きいんですけどって何言わすんだよ恥ずかしいなコノヤロー」
喧嘩すらしてくれないのなら、酒の力ですらでなかった方の気持ちも晒すしかない。口にする気など全くなかった言葉を音にするのは酷く恥ずかしかったけれど、銀時の言葉に高杉はようやく視線をあげて銀時を見据えた。目が細められて、唇の端が上がる。
「クサすぎて鳥肌たったんですけど」
腕をさするしぐさをされて、カチンと来た銀時はそのまま高杉に飛びかかった。高杉は手にしていた修理されたばかりの紙の刀で応戦する。争いが静まり返った頃、それは高杉の手から離れ、もう折れて使い物にならなくなってしまった状態で二人の横に転がっていた。