エンゲル係数を跳ね上げる大飯食らいの小娘と犬を抱えながら、ほそぼそとやってきた万事屋稼業。家賃を滞納してなんとかやっていたハズのそれが思いがけず世の中のニーズに乗ってしまって、銀時は己のスケジュールを把握しきれない程に多忙な毎日を送ることになっていた。
そこで今回雇ったのが秘書だ。ふわりと腰まで届くブロンズのウェーブ、美人のムチムチバディでタレ目、泣きぼくろなんてあったらなお最高で、淫らないけないお姉さんがいいと注文をつけておいたハズだった。それなのに、何故か目の前にいるのはツリ目のキツいつるぺたショートカットで、というかそもそも男だった。
「兄貴になんか良いヒトいないか聞いたら紹介してもらったヨ」
「おまえそれ一番聞いちゃいけねぇ奴に聞いたよ」
彼を連れてきた、自称第一秘書の神楽は胸を張る。彼女の兄貴の笑みを思い出して銀時はイラッと顔が引きつる感覚を覚えたが、銀時と神楽のやりとりなどどうでもよさそうに新しくやってきた秘書候補は雇用契約書を眺めている。
猫の手も借りたい現状で、使えるのならば外見の注文に欠片もそぐわずともとりあえず文句はない。
「あー、じゃあ、給料とか待遇とか、そこの紙にある通りだから、了承してくれんなら判子押してくれる?」
そう言えば、彼はちらりと銀時を見て、それから黙って書類に高杉晋助とサインをして判を押した。
それから3ヶ月経った。名ばかりの第一秘書は仕事を入れるだけ入れてスケジュール管理などしてくれない。先輩の入れたスケジュールを高杉がきっちり管理している。
世間知らずのボンボンだと後から聞かされたので、仕事なんてできるのかと訝しがったものだが、なかなかに優秀で感心している。だが。
「銀時ィ、このあと13時20分から屋根の修理、13時59分からは犬の散歩、15時34分から河原のゴミ拾いで、17時16分から…」
「ちょい待ち、ちょっ、待った」
ぱたぱた風ではためく手帳を見ながらスラスラと午後の予定を告げてくる有能な秘書に銀時は原チャリを運転しながら静止の声をかけた。
「なんで分刻みスケジュール?!」
「センパイがありがたくも次から次へと依頼を貰ってきてくれるからなァ。優先順位つけて並べて組み込んだらこうなる」
「あのガキャァァァア」
みんなの銀さんは1人しかいないと言うのに。加減を考えたらどうだと文句もつけたいが、彼女は今ここにいない。別の依頼を受けてそちらに向かっている。もうひとりの従業員、新八もそうだ。給料もろくに払ってやれなかった時のことを思えば、忙しくともちゃんと支払ってやれる今は恵まれていると言えるが、だからってもうちょっと、もうちょっと暇が欲しい。
銀時は赤信号で止まったのを期に、ちらりと後ろの高杉を見た。手帳をしまった高杉と目が合う。
「なんだ?」
態度と目つきが悪いのは百歩譲ってよしとしよう。だが。
「おまえも少し現場出てくれてもいいんですけど?」
スケジュールをきっちり管理して、仕事中は四六時中銀時のそばにいる。が、現場の高杉は見ているだけだ。もしくは神楽や新八が新たに持ってきた仕事を調整している。汗をかかない、優雅なご身分だ。
銀時の言葉に高杉はしばらく銀時を見つめたが、鼻で笑って応じてみせた。
「冗談。俺の仕事はてめぇのスケジュール管理だ。生憎契約書に万事屋稼業に参加することは入ってないんでね」
俺が手伝う義理はないんだよと吐き捨てられて前を向くよう促される。信号が変わった。アクセルを回して原チャリを発信させる。
「…あぁそうかい。公私混同しない立派な秘書さん持って俺は幸せですよォ」
気のない声で返事をすれば会話が途切れる。後ろを振り向かないから、背後で高杉が何を見て、どんな顔をしているかなど銀時の知るところではない。
だがメールの着信を告げる音がする。神楽からだろう。バラバラで仕事をすることが増えたので携帯電話を持たせたら、どうでもいいことで頻繁にメールしてくるので頭を抱えていたところだ。
高杉が面倒くさそうにしながらも律儀に返事をしてやっているようなので、返事をろくに返さない銀時に愛想をつかして最近はもっぱら高杉にメールをしているようだ。
そんなのは契約内容に入っていないけれど、相手してくれるのはありがたい。だから、とりあえずは態度の悪さと依頼内容を手伝わないことに関しては目を瞑ることにしよう。
ハードなスケジュールを終えて、あとは万事屋に戻るばかりとなった。肉体労働ばかりで疲れ果てている。重労働中心に組まれた仕事は、比較的軽いものを神楽や新八に回した結果だろう。女子供にこんなことを押しつける気にならないのは理解できるが、新八だってもう16だし、神楽はあの怪力なのだから今の仕事の1割2割、いや4割くらい彼らに振り分けてもいいではないか。
一度そう口にしたらゴミを見るような目で見られたので一度きり、それ以降口にしていない。
あぁ今日も疲れた。早く帰って寝よう。そう思っていた銀時に後ろから声を掛けられた。
「秘書の条件、腰まで届くブロンズ美人のナイスバディでタレ目で泣きぼくろの淫らでいけないお姉さん、だっけか?」
「ん? あぁそんなこと言ったかもな。それが?」
結果的に何一つ当てはまらない野郎がやってきたが、最初からあまり期待していなかったのでどうでもいいといえばどうでもいい。
なんでそんなことを急に言い出すのかと訝しがれば、後ろからそっと伸びた腕が銀時の腹部に回された。肩口、耳に人の気配を色濃く感じる。
なにかがおかしい。
多少混乱している銀時の動揺を嘲笑うように、風を切る音に囁きが混じった。
「淫らでいけないこと、秘書が社長にしてやろうか」
その後二人の乗る原チャリが真っ直ぐ万事屋に帰ったのかは、乗っていた二人だけが知ることである。