銀時の夏は忙しい。俗にいう花火師なんて仕事をしているため、夏祭りに引っ張りだこで、高杉の誕生日を祝うどころではない。
お互いに大人であるから、高杉もその辺りは理解していて不平不満をもらしたことはない。祭りに出掛け、銀時が携わる花火を他の仲間達と見上げるのも悪くはなかったのだ。
だが今、高杉はいまだかつてないほどの失望の眼差しを銀時に向けていた。心の底から落胆に近い感情を抱いていた。
そして、そんな高杉を見て銀時も眉を寄せる。
「何その顔、なにが不満なんですかァ」
「…別に」
「目が全てを物語ってんだよ」
「じゃあ読み取れよ。こっちも大人だから遠慮してんだよ。みなまで言わせんな」
そんな二人の間には、銀時手製の贈り物が鎮座している。今、この場の空気を作り出したものだ。
二人がちくちくと、端から見ればくだらない駆け引きを繰り広げているその渦中に、大人しく慎ましく、線香花火はいた。
高杉がちらりと線香花火に目を落とす。そして深いため息をついた。
「おまえの仕事はなんだ? 銀時ィ…」
「花火作ったり、打ち上げたりすることだよ」
「そう、おまえは夜空に大輪の花を咲かせるのが生業だ。そんなおまえに、『おまえのために作った』って言われたら、派手な打ち上げ花火でもやってくれんのかと思うじゃねぇか。それがこれか? 世が世なら斬り殺してんぜ。俺の期待を返せその命をもってなァ」
「おまえは馬鹿ですか。個人でそんな花火打ち上げたらご近所さんから苦情くるでしょうが」
何を言っているのかと呆れ顔の銀時に高杉のイライラが募る。今にも拳が出そうになりながら、腕を組むことでそれを抑えた。
喧々囂々、普段から募っている不満もついでにぶちまけて、どちらが優位ということもない状況に、銀時は勢いに任せて吐き出した。
「だーっ、もう、結局てめぇはこの線香花火はいらねーんですかやんねーんですかァ。別にてめぇがやらねーってんなら他にも花火に飢えてるガキがいるからそいつらとやってくらァ」
まだ子供と言っても構わない年頃の少年少女が銀時の周りにはいる。きっと彼ら彼女らも線香花火だけでは文句を並べてくるだろうから、市販の花火でも買い足してひと夏の思い出を作ったっていいのだ。
売り言葉に買い言葉。高杉も感情に任せて言い返そうとして、開いた口から言葉は出てこなかった。仕切り直しのように口を閉ざしてからまた口を開く。
それでもやはり何の言葉もこぼれ落ちず、高杉は舌打ちをするとぽつりと小さく返事をした。
「やる」



「なんで花火師がいんのに市販の花火なんざ…」
「まーだ文句言いますか。綺麗じゃねーかホラ」
付属の小さな蝋燭は先程から何度も消えている。そのたびに何度もライターで火をつけながら二人は花火をやっていた。
人気のない河辺は街灯もなく、色とりどりの花火の光に二人の顔が染まる。振り回せば舞う火の粉に年甲斐もなく心が踊った。
「てめぇの線香花火はいつやるんだよ」
「線香花火って最後じゃねぇの?」
「湿っぽくなって終いかよ。定番だがどうにかなんねぇもんかなァ」
終わった花火をバケツに突っ込めば最期の音を立てて完全に沈黙する。少なくなる花火に比例してバケツのなかの残骸は増えた。
「また夏が終わるんだなァ」
銀時が独りごちる。感傷的な言葉に高杉は反応することもなく、消えた蝋燭の火を灯した。市販の花火をやり尽くして、銀時の線香花火に火をともす。パチパチとはじけた後に丸まって本格的に弾ける花火を、二人は言葉もなく見つめた。
「線香花火ってのぁ、火薬が少ないとすぐ終わっちまうし、多すぎるとダマが大きすぎて結局落ちるし、均等に入れねぇと綺麗な丸になんねぇし、結構難しいんだぜ」
「だからこいつァこんないびつなダマなのか」
「解説した先から俺の技術ディスってんじゃねーよ」
鼻で笑う高杉に銀時が噛みつけば線香花火は頼りなく揺れた。その様子に舌打ちをした銀時をせせら笑って、高杉はパチパチと細い枝を広げ光る線香花火を見つめていた。
淡い色彩に照らされる高杉の表情を盗み見て、銀時もまた線香花火に視線を落とした。
あっという間に全てが終わり、丸めていた背筋を伸ばした高杉はバケツを持った。辺りに片づけそこなったものはないかと確認して、不審な動きをしている銀時に気が付いた。
「なにしてんだ、てめぇ」
「この夏の締めくくりだよ」
其処にいろよと言われて高杉は足を止めて暗闇にぼんやりと浮かぶ銀時を見つめた。しゃがみ込む銀時の背中しか見えない。暫く見つめていると、立ち上がった銀時がこちらに駆け寄ってきた。
「てめぇ、何して…」
高杉の言葉は最後まで紡がれず、何かが発射する音に高杉は身を強ばらせてそちらを見た。細い明かりが空へあがっていく。華やかな花が藍色の空に弾けて咲いた。
目を見張る高杉の横顔が花の色で染まる。それを見て銀時はそっと笑った。
空に煙、虫の音に紛れる余韻を残して花は跡形もなく消えていった。驚きに瞬いていた高杉が我に返ったその瞬間に、銀時は高杉の肩を掴んで振り向かせた。
「怒られるときはてめぇも一緒だからな」
高杉が答えるよりも早く、開いた唇を唇で塞ぐ。闇に溶けたその姿は誰の目にも触れることはなかった。