「夢を見るんだ」
朝食のとき、高杉がぽつりと呟いた。小さなテーブルにぎっしりと並べられた食器には銀時が作った料理が乗っている。
「夢?」
高杉の言葉を受けて、銀時は食事の手を止めると高杉へ視線を向けた。高杉の手は呟いたそのときから止まっている。
「何かを埋める夢」
高杉の視線は一所に落ち着いているが、銀時にはその目が視線の先にある目玉焼きを映しているようには見えなかった。高杉は言葉を続ける。
「暗い森みてぇなところで、俺ァ何かを埋めてんだ」
「え、やだなにそれ、怖いんですけど実話? ついに殺っちゃった?」
「夢っつってんだろ。てめぇを埋めてやろうか天パァ」
銀時が眉をひそめて首を竦ませてみせれば、高杉は視線を上げて対面にいる銀時を睨みつけた。それに銀時が怯えることはないけれど、素直に目つきが悪いなぁとは、思っている。
「小さな箱を持ってる。俺はそれを埋めるんだ。とても大切にしてるそれをな。苦しくて悲しくて、それでも俺は埋めるんだ」
高杉の視線がゆるゆると下に落ちていく。また先ほどと同じ場所まで戻り、視線を落ち着けると高杉はぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
銀時は口を挟まなかった。高杉を見つめ、区切りのいいところで一口白米を食べる。
「朝から辛気くせぇなァ・・・」
口の中のものを咀嚼しながら、銀時は露骨に眉を寄せてみせた。そして溜め息を吐く。高杉はそれ以上を語ることはなく、室内にはつけっぱなしのテレビが発する朝のニュースだけが響いた。
高杉の手は先ほどから止まったままだ。食事の半分以上が残っている。それを見やりながら、銀時は再び溜め息を吐いた。
「分かった」
銀時の言葉に、高杉の視線が上がる。その真意を問うような視線を感じたが、銀時は目を合わせるでもなく一言だけ高杉に告げた。
「飯食い終わってちょっと休んだら、ちょいと出かけんぞ」
「何処に」
尤もな高杉の問いに、銀時は面倒くさそうに頭を掻きながら、味噌汁に口をつけた。
「そこの川。本当は暗い川に反して明るい海にでも行きてえところだが、遠出するのめんどいし」
「車もねーしな。買えよペーパー」
鼻で笑う高杉に銀時は顔をしかめながら、手にしていたお椀を置いた。白身を食べ尽くした目玉焼きをお茶碗に乗せながら口を尖らせる。
「うっせ。地元にあるもん大切にしろや」
部屋の外では青空が広がっている。夏が日に日に近づいて、日中の日差しはだいぶん強くなっているが、今の時刻ではまだ緩やかだった。
二人が外にでたのは、1時間後、太陽がさらに上った時間だった。
「眩しい…。目が潰れる。眩しい」
日陰から出て太陽の光に晒されている高杉は俯いて目を閉ざしている。それでも歩けているのは、銀時がその手を引いているからだ。以前よりも少し細くなった手首にこみ上げてくるものがあったが、銀時はどうせ高杉は見えていないにも関わらずそれを顔に出さず、普段となにも変わらない口調で言った。
「この引きこもり野郎が。おまえもうこれから毎日散歩すっからな。川までの散歩日課にすっからな」
「イヤだ。めんどくせぇ」
「却下」
ふらりふらりと足下が定まらない高杉を導きながら、銀時は空を見上げた。高杉ほどではないが、確かに眩しい。その青さに、銀時はほんの少しだけ目を細めた。

『暗い森で、何かを埋めてんだ』『大切なものなのに、俺は埋めるんだ』

ぽつりぽつり、一言一句正しく覚えているわけではない言葉が銀時の脳裏に蘇る。無意識に銀時は高杉の手を引く右手に力を込めたけれど、握られている高杉は特別文句を言うこともなかった。
「てめぇが埋めたその大切なモンとやらは、俺が後で掘り起こしておいてやるよ」
「あ? なんか言ったか?」
「なにも」
口の中でだけ呟いた言葉は高杉に届くことはなかったけれど、銀時は元々高杉に聞かせる気もなかったので言い直すこともしなかった。顔を上げた高杉も、前を行く銀時の後頭部を見つめたが聞き直すことをしなかった。
そして、空を見上げた。降り注ぐ日差しにだいぶん慣れてきた目であったが、やはり眩しくて銀時に捕まれていない方の手をかざし、目を細める。
「夏がくるな」
「あぁ、そうだな」
もう一月、二月もすれば蝉時雨がこの町を包むだろう。川の音が近づいてくる。夢の記憶はもう、高杉の頭から消え去っていた。