彼は何時だって分かりにくいようで分かりやすい。



「今すぐ世界が爆発しろ。もしくはてめぇが爆発しろ。っていうかてめぇが爆発しろ。全ての諸悪の根源はてめぇだ天パァ」
「物騒なこと言ってんじゃねーよ。俺がパーンなったら内臓ぶっしゃーだぞ、グロいぞキモいぞ夢に出ちゃうぞ」
「俺てめぇの内臓なら平気そうな気ィするわ。愛してっから」
「んな愛いらねー。ってか椅子蹴んな」
先程の授業で帰ってきたテストを手に椅子の足を蹴ってくる高杉に言ってやれば高杉は不満そうにしながらもその物騒な足を組んだ。
頬杖をついて不満げに唇を尖らせている高杉を見て、銀時は今さっき返された数学のテストを見た。
前日に張ったヤマが当たった。ただそれだけのことだった。銀時は今までにない高得点を取った。
対して高杉はマイナスを付け忘れたミスが響いて銀時より2点しただった。
凡ミスを犯した自分への苛立ちか、高杉は先程から銀時への八つ当たりを繰り返してくる。
(そんなに俺に点数負けたのが悔しいかい…)
銀時が高杉に点数で勝つはずがないという高杉のなかの思い込みが垣間見える。それは釈然としないものがあるが、不真面目そうに見えて実はそれなりに真面目に勉強をしている高杉としてはやはり寝てばかりいる銀時に負けるのは不愉快だという気持ちが強いのは致し方ないとも思える。
「まぁまだ他の教科もあんだろ」
数学はたまたま銀時の方が高かったが総合点ではきっと高杉が勝っている。
宥めるように言ってやれば高杉は銀八に目を向けた。まだ尖ったままの唇がゆっくりと開く。
「いっちょ前に慰めようとすんじゃねーよ」
「いだっ、おま、ちょっ、やめろっての!」
椅子ではなく銀時の足を蹴りだした高杉に、銀時はその場から立ち上がり逃げ出した。



「ヅラの奴、今年のクリスマスは前に彼氏亡くした奴といい感じらしいぜ。来島が見たっつってた」
「マジかよ。そこまで行くと俺いっそ尊敬しちゃうね、あいつの人妻好き」
「まぁ今回は人妻じゃねーけどな」
あの後、国語と社会のテストが返ってきた。高杉の機嫌はそこそこ回復したが、まだ少しツンツンしている気がする。
(や、こいつがツンツンしてんのはいつものことか)
銀時はそう思い直しながら高杉と他愛ない会話を交わしていた。
「辰馬の野郎も実家のパーティーとやらで空いてねーんだろ」
「あのボンボン、美人のねーちゃんがいっぱいだってドスケベ丸だしで笑ってやがったぜ」
「うわうぜー。今度あいつの毛玉マジ毟るわ俺」
溜め息で視界が曇る。此処にいない友人二人のクリスマスを恨めしく思いながら、二人で肩を並べて歩いていく。
「風紀んとこは男臭い感じなんじゃねーか」
「馬鹿、あそこは沖田のねーちゃんがいるだろうが。ちゃんと華があるっての」
「知らねェよ、あいつらのことなんて」
「あーあーどっかに侘しいクリスマス過ごす奴らはいねーのかァ?」
再び溜め息で視界が曇った。不意に落ちた沈黙は案外重たく、縫われたように口が開けなくなる。
会話の種がないわけではない。ただ言い出しづらい何かがその場を支配していた。しかしそれは銀時と高杉だけの話で、二人の隣ではカップルがキャッキャとはしゃぎながら歩いている。
馬鹿っぽい、それでいて楽しそうな女の声が銀時をいらつかせたがカップルの会話に口を出せないことくらい分かっていた。
黙っていたら聞きたくもない会話を耳に入れつづけなければならないしと、誰相手ということもなく言い訳をして、意を決し銀時は口を開いた。
「…おまえは、どうすんだよ」
尋ねた声は普段より少し低かったかもしれない。
高杉は銀時を見ようともせず、ただただ前方斜め下に視線を落としたままぽつりと言った。
「………来島達に誘われては、いる」
「へぇ…」
高杉の取り巻き数人など考えずとも思い浮かぶ。特に熱心な彼女ならなんとしても高杉とのクリスマスを望むであろうことは想像に難くなかった。
ちらりと銀時に視線を向けた高杉が唇の端を吊り上げる。
「俺んとこにも華があるぜ。羨ましいか?」
「べっつにィ? 俺も宛てはあるからね、是非是非って声かけられてっから全然羨ましくなんかねーけど?」
「どうせあのアルアルチャイナ娘と怪力女だろ」
「それがどうしたよおめぇだって胸キュン要素的には似たようなもんだろぉぉお! ついでにおまえそれ本人の前で言ったらぶっ飛ばされっかんな!もしくは卵焼きという名のダークマター食わされっかんな!」
銀時の言葉に、高杉はニヤニヤとした笑みを深めるばかりで釈然としない思いが銀時の胸にわだかまる。
何かもう一言文句なり反論なりぶつけてやろうかと銀時は口を開いたが、それよりも先に高杉が言葉を紡いだ。
「侘しいクリスマスを過ごす予定のてめぇに同情して、仕方ねェから今年のクリスマスもてめぇに付き合ってやるよ」
「は? 何言ってんの? 付き合ってやんのは俺の方だから。言っとくけど今時の女子は肉食系だかんな、一匹狼気取ってるおまえなんかよりずっと肉食系だから食われちまうよ頭からパクリだよ」
一匹狼の句だり辺りで高杉から抗議の声が上がったが銀時はそれを無視して言葉を続けた。
「仕方ねェから俺が一緒に過ごして保護してやるよ。全く仕方ねェな、この子羊さんはよォ」
「あァ? 何勝手に言ってんだ、付き合っやんのは俺だろ」
「はァ?」
足を止めてガンの飛ばし合う。顔を背けたのは同時で、歩き出したのもまた同時だった。
しばらくお互いに固く口を閉ざして黙々と歩いた。
ほんの少し銀時の足が遅くなって、それにつられるように高杉のスピードも緩やかになる。
「で?」
「あ?」
銀時の突然の疑問符に高杉も疑問形で返す。訝しげな目を銀時に向ける高杉を見ないまま、銀時は完全な疑問文を口にした。
「クリスマス、結局どうすんだよ」
「………」
高杉は即答しなかった。銀時から視線を外し、酷くゆったりとした歩調で先に進む。
実際の時間にしてはきっとたいしたことはなかっただろうが、銀時、高杉共にたっぷりと時間が経ったような気がした。
高杉が答える。
「ケーキはてめぇが用意しろよな」
数学のテストが返された直後のような、ツンツンと刺々しい態度で顔も見ずに言われた言葉の意味を銀時は理解する。
まじまじと高杉を見つめていれば、居心地悪そうに高杉が身をよじり、それから銀時を見た。
目が合う。不愉快そうに尖った唇はマフラーに埋もれて見えなかったけれど、寒さ以外の要因でほんのりと赤く染まった頬を認めて銀時は笑った。



「あいよ。バカデケェホールケーキ注文しとくわ」