「豚マンが食いてぇ」
銀時の家のクッションに顎を乗せて高杉が呟く。
「買いに行けば」
銀時は数学の課題をやる手を止めずそれに応じた。高杉の前にも同じ教科書とノートが開いてあるが、少し前から側にシャーペンが転がされている。
飽きたとかで放り出したのだ。それでも銀時よりも数ページ先に進んでいて、それが銀時はなんとなく気に食わない。
「言われねぇでも行くよ」
「そう。ならついでに俺にアンマン買ってきて」
高杉に目も向けず言ったが高杉が銀時を見ているのは視線で感じる。
高杉が口を開いた。
「…何言ってんだてめぇ」
「何って、ついでなんだからいいだろーが。金くれぇ出すよ。奢れっつったわけじゃねぇっつの」
「ちげぇよ馬鹿」
「あぁ?」
てめぇも行くんだよ。



「夜の空気ってのァなんかいいよな」
銀時のパーカーを着込んで、高杉は数歩前を歩く。
防寒性に優れたそれを取られた銀時は仕方なくマフラーと季節外れの薄い上着を何枚か着込みイヤーマフを装備して首を竦めながらその後をついていく。
「そうか?寒ィだけじゃん。つか俺の上着返して」
「黙れてめぇはそこで他の着膨れってろ。なんか澄んでる気ィすっし、まぁ俺的には夏の夜がいいな」
「別におめーの好みとか聞いてねぇし。着膨れてんのおめーのせいだし。ホントそれ返せよチビ助が調子乗ってんじゃねぇぞ。っつかいくら着込んでも本当マジ寒ィ。マジ俺もう帰ってもいい?」
「だからてめぇは黙ってろこれでも持ってろやもう冷てぇけど」
高杉に投げつけられた使い捨てカイロは確かにもう最高温度を保てなくなりつつあったけれど、凍えている銀時の手にはまだ十分温かく、大事そうに揉み込み指先を温める。
「どしたのコレ」
「昼間、また子が押し付けてきた」
「たかったんじゃねぇの」
「んなことしねぇよ」
まぁしてないだろうなと思い、銀時は会話を打ち切りマフラーに顔を埋めてカイロを握りしめたままの手をポケットに突っ込んだ。
踵は返さない。銀時の視界には高杉が存在したままで、彼の足取りは横断歩道の白いところだけを踏んで歩く子供のように軽い。常にはない上機嫌ぶりだ。
煌めく星空を見上げ、高杉が口を開く。
「なんかこうテンション上がるよな、夜って」
「………」
「…なんか返事しろよシカトかコラ。銀時のくせに生意気だな。てめぇが返事しねぇと俺の独り言みてぇで痛ェだろうが」
「理不尽」
言いながらそれでも銀時は視界に高杉を入れたまま歩いて行く。もう帰るとは言い出さない。
鼻唄でも唄い出しそうな高杉の後ろ姿を眺めながら、銀時はぽつりと呟く。
「テンション高ェな」
それに反応して、高杉は踊るように半回転して振り向いた。
そのまま向き合った状態で、二人は歩く。
人気が全くない時間帯だから、今この道路は二人だけのもので辺りに気を配る必要はないのだ。
「だからさっきから夜はなんかテンション上がるっつってんだろ」
「言ってねぇし。さっきからただ夜が好きだとしか言ってねぇし」
「好きだからテンション上がんだよ」
「じゃあ俺と会うときはなんでテンション上がんねぇの」
「…馬鹿?」
「マジで引くのやめてくんない。言ったこっちが恥ずかしいじゃん。なんかすっげぇ恥ずかしいじゃん。後ろ、電柱気ィ付けろ」
銀時の言葉に、高杉はまた進行方向を向き電柱をするりと避けた。再び銀時の方を振り向くことはなく、夜は静寂を取り戻す。
いつの間にか寒さにも慣れてきた。コンビニまではあともう少しで、銀時は少しだけそれを惜しく思う。
だがもう少しこのまま外をぶらついていたいなどと口にする気は、ない。



コンビニで目的のものと、少々お菓子を買い込む。
高杉が一人手を振って先を歩くので袋の中身がぶつかって音を立てた。
「ちょっ、おま、それ中身砕けてたら怒るからな」
「大丈夫だろ、多分」
「オイオイオイ、勘弁しろよ」
あっけらかんとしたまま、高杉は腕を振り回しつづける。
銀時はそんな高杉を見ながら本当に同級生なんだろうかと思うが、機嫌は悪いよりいいに越したことはないので黙っていた。
夜だから元気になる。とんだ夜行性だ。
そう思い、夜行性の動物を銀時はつらつらと考えた。
猫、ネズミ、タヌキ、狐とあげながら無意識に上にあげていた視線を高杉に戻す。
パーカーのせいで身体のラインが隠れてどこと無く丸っこい。マフラーの上に乗っている黒髪を眺め、無意識に呟いていた。
「…ゴロスケホッホー…」
「は?」
行きと同じく前を行く高杉が振り返る。訝しげな顔をし、銀時を見つめた。
「何言ってんだ」
「ゴロスケホッホー。梟の鳴き声」
「へぇ」
ゴロスケホッホー、そう高杉も真似をして呟いた。
「で?」
「なんか、おめーの頭見てたら、梟っぽかったから」
「なんだそら」
高杉は呆れたような顔をしながら、そのくせその場に留まり歩みを止めなかった銀時と肩を並べてやっと歩き出した。
「ゴロスケホッホー、ゴロスケホッホー?」
「何、んなに気に入ったわけ?」
楽しそうに梟の鳴き声を繰り返す高杉の横顔を見下ろし銀時は尋ねた。
「まぁな」
ニヤニヤと笑う高杉は相変わらず跳ねている。なんだかほんの少し銀時の気分も軽やかになっていく気がした。
「ゴロスケホッホー、ゴロスケホッホー」
「ゴロスケホッホー」
二人の梟の声が夜の街に小さく反響して、月が伸ばす影は音もなく重なっていた。