目が覚めて最初に思ったことは、なんだここ、ってこと。知ってる気はするけど、自分の部屋じゃねぇ。あれー? と思いながら辺りを見回して、あ、高杉の部屋だわと気づいた。んで、次になんでここにいんだっけって首を傾げて、夜のことを思い出す。
ぶらっと高杉のとこに行って、仕事中だったみてぇだけど入れてくれた。普段どうしようもねーくせに、俺がちょっと弱ってるとなんだかんだ高杉は俺に甘くなる。目が覚めるにつれて鮮明になっていく記憶に、俺はがりがりと頭を掻いた。
で、家主はどこにいったよ。思いながら部屋を出れば高杉はすでに仕事中で、俺に気づいたスタッフの河上とか来島とかが俺のこと思い切り睨んできた。
「起きたのか」
動きを止めた二人の反応から俺に気づいた高杉が、どうでもよさそうに俺に目を向けてくる。支度できたらさっさと帰れ。もしくは昼飯でも作れっていう二択を出されて、まぁ一宿一飯の恩って言葉もあるわけだから、飯くらい作りますよって思ってとりあえず冷蔵庫を覗いて見たりした。まぁろくなもんがないから、買い物に出かけようとまた高杉の部屋に戻って出かける準備をし始めてみたわけだ。
俺が仕事場兼リビングを通り過ぎる間中、ずっと後頭部とか頸椎辺りにちりちりした視線を感じ続けていた。高杉がやってる個人事務所「鬼兵隊」の奴らは高杉に傾倒してるから、俺のことが嫌いなんだろ知ってる知ってる。高杉の部屋で着替えながら、なんとなく室内を見回した。鬼兵隊の奴らは入れない、入れさせない、高杉のプライベートルーム。公私は分けるタイプの高杉が、この家で唯一の「私」のために使っている部屋だ。
そこに前まではなかった、先日現れた壁にかけられたコルクボード。そこに張られているのは鬼兵隊の写真だったり、カメラマン様とオッサンの写真だったり、俺の写真だったりだ。着々と増えている。改めてまじまじと見てみれば、鬼兵隊の奴らとはキャッキャはしゃぎながら撮ってる感があるのに、俺の写真は基本隠し撮りだから、本当、自分の顔ながら、うわぁ…、ってなるわ。本当、もっとマシな感じに撮ってくれよ。銀さんもっと男前だろ、あいつ腕悪いんじゃねーの。そんなこと思いながら、たまに混じってる高杉の自撮り込みの俺の写真を見ていた。
(何をそんなに怯えているの?)
頭の中で昨日聞いた声が響く。昨日聞いた言葉だ。俺に向けられたもんだってわかってるけど、なんだが今はすげー他人事みたく感じる。
(何をそんなに、怯えているの?)
「…怖いモンだらけだよ、世界なんて」
独り呟く。それから俺は部屋を出た。



昼飯を鬼兵隊の奴ら分も作るだけ作って万事屋に帰る。朝帰りならぬ昼帰りとは何事かと神楽がギャーギャー言うかと思いきや、奴はなにも言ってこなかった。なんだ、どしたよ。
そう思って神楽を見てみれば、神楽はベランダでふんふん鼻歌を歌っていた。
「なにしてんだ」
「あ、銀ちゃん。フッフーン」
振り向いた神楽の手には真新しいじょうろがあって水滴がしたたっている。更に奥に目を向けたら、昨日まではなかったはずの水に濡れた新緑があった。
「ちっちゃい頃、家で育てたんだけど、枯れちゃったネ。今日、お花屋さんの前通ったらおんなじ種類のがあったから、買っちゃったヨ」
神楽はこれ以上ねーくらい笑って緑を見てる。なにがそんなに嬉しいのか、よくわかんねーけどまぁ嬉しそうだからよしとしとくか。
なんとなく神楽を見つめてみる。似てるけど、似てねー兄妹だわな。でも二人ともあのハゲ坊主とはあんま似てねーから、きっと母親似なんだろうよ。
「ねぇ銀ちゃん、今日のご飯は何アルカ?」
似たような笑顔なのに、全然違ェ。反応しない俺に不思議そうな顔をする神楽の頭をぐしゃぐしゃにしてやって、俺は玄関に向かった。
「なんか食いに行くか」
「マジでか」
神楽は笑う。無邪気に笑う。そんときの俺がどんな顔してたのか、それは神楽だけが知ることだ。