どうしてこうなった。俺は考える。目の前には空になった皿が山になりつつある。
「本当、日本のご飯は美味しいね。すいませーん、オムライスとファミリーピザ追加でー」
ここはファミレス。注文を受けた店員が目を疑いながら積まれた皿を片付けていく。俺は俺で、こいつ本当美味そうに食うなぁとか思いながら、いつか高杉が言っていた「見ているだけで胸焼けする」の意味を知る。
仕事が終わって、パチンコでもちょっとやって帰ろうかと思っていたらコイツに捕まった。
「ねぇ、写真撮らせてよ」
開口一番放たれた言葉に露骨に嫌そうな顔してシカトしてやったのに、野郎ものともしないで俺にちょこまかと纏わりついてきた。
「悪いようにはしないから。ね、なんなら1枚位はものすごくイケメンに撮ってあげるから」
「元からイケメンだから結構ですぅ」
じゃあなって切り上げようとしたのに、野郎は俺の腕を掴んで笑顔で話を飛躍させた。
「あ、ねぇねぇ、俺お腹空いてるんだ。ちょっとそこのファミレス入ろうよ」
なんなの、ねぇなんなのこいつ。ちょっと自分軸に生き過ぎじゃない?
パフェおごるから、ケーキ食べて良いから、経費で落とすから。そんな言葉を並べて俺をファミレスに引きずり込んで俺の前にスペシャルマウンテンパフェを置かせて今に至る。俺の血糖値知っての所行かこのやろう。食べますけど。
「はぁー、とりあえずこんなもんでいいや」
何人前かも分からない量を独りで食べ尽くして満足そうにしながら、もうアイスが溶けきったクリームソーダを飲む神威の姿は年相応、下手したら幼く見える。今のこの姿だけ見て、世の中の誰もこいつが戦場を駆け巡るカメラマンで、趣味で野郎同士が絡み合ってるところを撮ってる変態だなんて思わないだろうよ。どうせ世の中見た目が9割ですしね。馬鹿だよ、カワイイ顔してる奴ほどエグいもんだよどこぞやのドS王子とか。
そんなことをつらつら考えてたら奴は今さっき言ったばかりの言葉を忘れたのか、今俺の前にあるのと同じものを頼んでいた。なんなのこいつ、この兄あっての妹すぎるんですけど。あの大食い娘も止めなきゃこうなるのか空恐ろしくてもうあいつと外食できないわ席外せないわなに頼まれるかわかんねぇ。
なんて思考を飛ばしてたら対面の神威が笑顔で姿勢を少し正した。
「さて、本題なんだけどね。ねぇ、どうしても写真撮らせてくれない気?」
「撮らせねぇよ、写真嫌いなんだよ」
「もしかして魂取られるとか思ってる? 大丈夫だよ、そんなことないから。あ、でもタカスギさんには撮らせてるからそういうわけでもないか」
さらりとこいつが出してくる名前に心がチリチリする。落ち着けよ俺。努めて平静を装うように自分に言い聞かせれば、目の前の男はたのしそうに笑った。
「いいね、その目。撮りたい」
笑ってるその目がいつかのギラつきを宿してる。親指と人差し指で枠を作って俺をそこに収めながら、神威はこうも付け足した。
「別に俺はアナタとタカスギさんがヤッてるところが撮りたいわけじゃないんだ。形だけのポーズなら興ざめだし。ただ本能と欲望が入り混じる美しい姿を見せてくれるのがそれかなって思っただけで、今この瞬間だってあなたが許可してくれれば今すぐにでも撮りたい。いや、許可なんて要らないくらいだ」
前言撤回。今のこいつはどこの誰が見ても頭イってる戦場カメラマン様だ。悲惨な現実を伝えたいだとか、そんな崇高な目的を持っているわけじゃない、ただ自分が撮りたいものがそこにあるから撮りに行く。身の危険など省みない、欲望のままに戦場を渡り歩くキチガイだ。
場違いな電子音が響く。ろうそくの火がふっと消えるようにもとに戻った神威は携帯を取り出して、その着信相手を確認すると失礼と前置きしてから横を向いて電話に出た。
状況説明をしている様子と漏れ聞こえる声から、あの苦労してそうなオッサンだと分かる。釈明している様子から、勝手にふらついて俺を捕まえたらしい。おまけにこんな食って、俺知ーらね。
「…なんて言われようと、俺はおまえに撮られる気はねーの。もうしつこくしてくんなよ」
財布からなけなしの札を置いて席を立つ。電話はまだ終わっていないようだったが、俺が待っててやる義理もねーし。
「あ、待ってよ。じゃあ一つだけ聞かせて」
まだ声のする電話から耳を離して、神威は俺を真っ直ぐに見上げてきた。透き通る青い瞳に俺を映して問いかけてくる。
「アナタは一体、何をそんなに怯えてるの?」
「……」
俺はそれに答えず、その場を後にした。追いすがる声はしなかった。
パチンコとかそんな気分でももうねーし、だからと言って家に帰る気分でもない。どうすっかなぁ。思いながら目的もなく足を動かしてたら見慣れた扉の前にいた。合い鍵あるけど呼び鈴を押す。どちら様とか聞かれる前に扉が開いた。
「んだよ、なんの用…」
文句聞くより先に少し低い肩に額を乗せる。体重をかけて寄りかかっても、高杉はちょっと片足を引き重心をとって俺を支えた。
「……」
俺は何も言わなかった。高杉もなにも言わなかった。なにも言わずにただそっと、俺のことを抱きしめた。