高杉から電話がきた。呼び出しの電話だ。電話口のあいつは明らかに酔っていた。
高杉の酔い方には二種類ある。ちょっとほろ酔い程度で周りの奴らと楽しく酔う酔い方と、俺にすっげぇ迷惑をかける酔い方。俺知ってる。今日がどっちかってのはもう分かってる。俺を呼び出したってことは、まぁそういうことだ。だってあいつ自分が楽しんでるときは俺のことなんて綺麗さっぱり忘れちまって、こっちが連絡したって捕まりゃしない。
あーぁ、めんどくせーなー。行きたくねーなー。寒いし、眠いし、夜だし。あいつどうせいつもと違うシャンプーの匂いしてるだろうし。俺が無視ったってどうせ他の奴がどうにかするだろうし。なんて思ってたらまた携帯が鳴る。うっせーな、今準備してやってんだろうがマジでシカトしてやろうかコノヤロー。
なんてことをだらだら考えながら電話に出て、家も出る。小うるさい高杉の催促を適当に流しながら見上げた空は遠く、星なんて見えなかった。



指定された場所には高杉が独りでいた。聞けば一緒にいた奴はもう追い返したらしい。
ニヤニヤと笑って俺にしなだれかかってくる。息が酒臭い。自分も酔ってりゃあんま気になんねーけど、素面にはキツい匂いだ。酒の匂いに紛れてシャンプーのにおいがする。髪だって乾ききってない。あーヤダヤダ。
だが、こんなのはまだ序章に過ぎない。これからだ、俺に迷惑がかかる酔い方のときの、高杉の攻撃は。
「遅ェよバカ。冷えちまっただろうが」
「知るかボケ。だったらタクシーでもなんでも捕まえて帰りゃいいだろ」
「俺ァおまえと帰りたかったんだよ」
そんなこと素面じゃ言わねーくせに。言ったって明らか嘘ですぅ、みたいな顔して笑いながらのくせに。少しどころかかなり甘えたな感じになるこの酔い方が、俺はどうにも慣れなくてすげーこいつと付き合いたくない。いや別に普段の辛辣さがいいとか思ってねーけど。俺MよりS寄りなんで。虐められるより責め立てたいわけよ。まぁそれは置いといて。
「おら、立てよ。帰るぞ」
ガードレールに腰掛けていた高杉の手を引けば高杉は僅かに抵抗を示した。
「あっち向け」
「はァ?」
背後を指さされて、俺は訝しがりながらも酔っ払いの戯言を聞き入れてやる。腕を引かれた。次いでのしりと背中にのし掛かられた。
「おまえが遅いから冷えた。どっかで暖まろうぜ」
あそことか、と高杉が指差す先にあるのは休憩と宿泊の料金プランが乗ってるホテルだ。バカですか。イヤですよ。
「帰って寝てろ酔っ払い」
「んだよ。金なら出してやるよ」
「そういう問題じゃねーんだよ」
聞き入れていいワガママと無視していいワガママがあるからね。このままラブホなんざ言ったって途中で寝るかもしんねーし、っつか野郎と寝たばかりの奴の相手とか風呂入っててもイヤだね。
不満げな高杉を引きずって帰る。なんか適当に喋ってる高杉の言葉なんざ適当に聞き流した。だってロクなもんじゃない。耳に入ってきて頭が拾っちまったもんは、コスプレの何処がいいのか分からない、野郎のセーラー服も体操服も、笑えたがあれは萎えるわとか、そんなんだからね。知るかよそんなアブノーマルプレイ。んなこと言わなくたって俺ァ着ねーよ。
高杉ん家連れ帰ってベッドに投げ捨ててやった。反応が薄い俺に高杉の口数も段々少なくなって、今も大人しく投げられてドでキャンキャン文句を言うでもなかった。
「じゃあな。風邪ひくなよ」
「待てよ」
服の裾を掴まれて止められる。振り向けば高杉が俺を見上げていた。ベッドに座り込んだまま、じっと俺を見上げている。
「なに怒ってんだよ」
「…別に怒ってねーよ」
「怒ってんだろうが」
別に怒ってねーし。そりゃイラッとは来てるよあぁ来てるよ。だって夜中呼び出されて酔っ払いの迎えに行かされてだらだらと知らねー野郎との話聞かされてムカつかないワケネーダロ、思わず片言ですよ色々諦めとか抱えてるけど、そこまで諦めて割り切ってってできたら苦労しねーんだよ。割り切れてたら悩まねーか別れてるよチクショー。
「俺が他の奴と遊んでるから?」
高杉が口にした言葉に、俺の心が冷える。
「あぁそうだな」
胸中に留めておこうと思った言葉がこぼれ落ちてた。高杉の視線が揺れる。俺の服を掴んでた手が離れて、あぁしわになってるよ全く、とか思ってたらその手は更に上の部分にまで伸ばされて俺の胸の辺りの服を握りしめた。
「おまえが嫌なら、もうしない。他の奴となんか寝ない。だからそんな怒んなよ」
悪かったもうしないと謝りながら俺にすがりつく高杉を俺はただ見下ろしていた。なんか感情が乖離してる気がする。俺のことを見てる俺がいるっつーの? なんか妙に冷静な気分だ。
俺の服を引っ張って引き寄せて近くなった唇に唇を重ねて、俺をベッドに引き倒して乗り上げて高杉はまた俺にキスをする。
もうしないからと繰り返す高杉に嘘つくんじゃねぇよこのアバズレビッチがと吐き捨てて突き放すのは簡単だ。だってもうしないなんて嘘だものよ。今までに何回口にしたよその言葉。
高杉が俺に迷惑かける酔い方をするのは今に始まったことじゃない。こんな風に酔うたび、高杉はその言葉を口にして、俺にすがりつく。俺を引き留めようとする。俺がゴネるとじゃあ別れるかという唇が、俺と離れたくないのだと言い放つ。
酔っているときに出るのが本音で本性だなんて、別に思っちゃいない。こいつの本質はどうしようもない淫売だ。知ってんだよ分かってんだよ。でも人間多面性があるもんだろ。行動に一貫性がありつづけるなんてそうないから。ブレたりすんのが人間だろ。だから多分、別れたくないと泣くこいつも、こいつの一部の嘘偽りない気持ちなのだと、俺は解釈してしまうんだ。バカだな。
「好きだ」
離れた唇が言葉を紡ぐ。織り上げられたそれが赤でも黒でも、もう何色でもいい。
だからこいつのこの酔い方はヤなんだよ。俺は溜め息を吐いた。
「これが最後だからな。今回は」
許してやるよ。
そうして俺は、いつもこいつの全てを許容してしまう。後頭部捕まえて引き寄せて口づけて舌を絡めてそんでそんで―――。
本当、バカ。