「どうだった? 神威と会ってみて」
ニヤニヤと楽しそうな笑みを向けて来やがるから、俺は「俺とは合わねー」と吐き捨ててやった。そうしたらまた愉快そうに野郎は笑うので、そんな高杉に俺は素朴な疑問をぶつけてやった。
「つか、なんであいつが俺のこと知ってんだよ」
「そりゃ俺が教えたからだろうよ」
なんてことないように返された言葉に納得がいかない。どういうことだと問いつめる前に、高杉の方からペラペラと喋り始めた。
「おまえが好き勝手俺に無体を働いてくれた後、野郎に会ったときにな。誰にやられたのか聞かれたから、説明すんのめんどくって写メ送ったやらぁって約束したんだよ。で、約束通り、寝腐ったおまえのアホヅラを奴に送ったやったわけだ」
送ったのはコレ、と俺の携帯にメールが届く。添付ファイルを開けば素肌の肩晒して口開けて寝てる俺、鼻を摘まれながら気付かず寝てる俺とそんな俺に乗っかって同じく上半身裸のままカメラ目線で自分撮りしてる高杉とかが写ってた。
「肖像権の侵害で訴えてやんよ」
「は? んなもんてめぇにあるわけねーだろ」
「いーやあるね。訴えたら俺確実に勝てるからコレ」
「ほぉ、じゃあ聞くが、恋人が恋人の写真撮って何が悪い?」
都合のいいときだけ恋人気取るんじゃねーよクソが。とは言えなくて、俺はそこで黙り込んだ。
澄まし顔で涼しげな笑みを湛えてる高杉は俺に一瞥をくれて「嘘だよ」と言った。
「神威に見せたのは、こっち」
とデジカメを投げつけてくる。受け取ったそれは電源がまだ入っていなくて、スイッチを探して付けている間にそばに来た高杉が後ろから俺の肩に顎を乗せてデジカメを俺の手から自然な動作で掠めとり、画像を見るモードに変えた。
高杉ん家で飯作ってる俺が映ってる。戻れば何枚か俺がいた。…いつ撮ったんだコレ。
「最近のデジカメは盗撮し放題だなァ」
そう笑いながら、これお気に入り、と高杉が指した画像はチャーハン炒めるのにフライパンを振ってるところで、何がいいのかさっぱりだ。
「おっと」
俺の写真が終わって、仕事仲間たちの写真に切り替わる。それに気が付いた高杉は俺から離れてデジカメをしまった。
一瞬見えた写真はみんなピースなんてしちゃって楽しそうだ。あいつらなんか仲いいよな。なんだかんだ、俺もあいつも違う世界を持っているのを感じる。
「それ、どうしたんだよ」
カメラなんて趣味、こいつにはなかったはずだ。聞けば高杉はまたニヤーっと笑って流し目で俺を見てカメラも俺に見せてきた。
「神威の奴がなんでもいいから撮ってみたらどうかって、わざわざカメラまで寄越してな」
奴曰わくおもちゃらしいがプレゼントされたと高杉は言う。そら一眼レフとか使っちゃうプロにはおもちゃでしょうが、それ一般人はおもちゃって言わないから普通にそれがデジカメだから。
で、それでおまえは言われるがまま素直に受け取って写真撮ってるってわけかい。どうせ俺はそんなことしたことありませんよプレゼントもろくに出来ない甲斐性なしでごめんなさいね!
互いに趣味みたいなもん共有して楽しんでる。なんだか高杉と神威の方がよっぽど恋人同士みたいだと思ったらなんかヘコんだ。
「あぁそうだ。神威と一緒にオッサンがいたろう。脱力系の。あれはあの天才カメラマン様のマネージャー兼お目付役兼尻拭い係なんだけどな?」
「それがどしたよ。なに? 普段はオッサン交えて3人で楽しくやってるって? あぁそう、でもそんなん俺には関係ねーから。俺は3人でやんのも、見られながらやんのも趣味ジャネェカラ」
勝手に卑屈になってイライラしてる俺はつっけんどんな反応をした。が、高杉は気を悪くするでもなく馬鹿にしたような見下したような蔑んだような目をしてそんな俺を鼻で笑って「そんなこたぁ言ってねーしやってねーよ。なに考えてんだ変態」と言い放ちやがった。変態に変態って言われちまったよなんてこったい。
「でもまぁ言いたいことは後者の方だ。神威がこないだ金出すからって言ったらしいな。が、保護者様からそんなんに使わせる金はねぇってストップがかかったらしい。だからお代はケーキでいい? ってよ」
「いいわけねーだろ。どんだけ安上がりなんだよ。っつかいくら積まれても俺ァ誰かに見られながら、しかも撮られるとか嫌だからんなに変態じゃねーからおまえら変態と一緒にすんな」
「いやおまえは十分変態だろう?」
なんったる…!
まさかこの変態に変態認定されていようとはお天道様も思うまいよ。異議あり、納得がいかない。
だが高杉はふてくされた俺を気にするでもなく人のことを見透かしたような目をして笑って言葉を続けた。
「まぁ俺もいつでも相手してやるから、気が向いたら言えよ」
「永遠に気なんて向かねー」
このクソビッチ、とまでは言わなかったけど高杉にはきっと俺の心の声は聞こえてた。だけど特になにも言わず、くつくつと笑いながら上着を手に取った。
夕飯を食いに行く。今日は外で食べたい気分らしい。あっさりとしたものが食べたいと高杉は言った。
「野郎、大層な大飯食らいで見てるこっちが胸焼けすらァ」
余計なことは言わなくていいんだよ。他の男の話をするのはマナー違反だって習わなかったか、それこそ他の男によ。
イライラして無反応でいたら袖を引かれた。ポケットに突っ込んでいた左手が引きずり出される。そして高杉の右手に捕まえられた。
「うどんにすっか。それとも蕎麦か? 割烹行けば両方あるよなぁ」
指に指を絡めながら、高杉はまるでそんなことしていないみたいに平然と言葉を並べてる。
だから俺も、なんでもないようにそのまま二人分の手をポケットに入れて答えてやった。
「こないだヅラがどっか薦めてた。どこだっけか。今思い出すから」
「早く。っつかヅラに電話した方が早いんじゃねーか?」
「なにをぅ。俺の記憶力なめんなよ」
ぴったりと腕と腕を寄り添わせてる俺たちは端から見たら多分に距離感を間違えている。もしかしたら、って思われるだろう。まぁその考えは間違ってないんですけど。
この手を繋ぐのはいつから始まったんだったか。多分ずっとガキの頃からで、昔っからこいつは可愛くなかったけど今よりはまだ可愛気があった。その頃を、手を繋いでると思い出す。
ぎゅ、と手に力を込めればそれに気がついた高杉が俺を見上げてきた。
「どうした?」
「…別に」
誤魔化すでもなく無愛想に無回答を貫けば高杉が笑った。俺は、笑えなかった。店に着いたら高杉はためらいなくこの手を離してしまう。服越しに伝わってくる温もりが心地良くて、俺はほんの少し、歩く速度を落としてみた。
高杉はそのことについてなにも言わなかった。ただつらつらと他のことを話している。俺も何も言わなかった。店までは、あともう少し。