それからというもの、高杉の写真が増える増える。何故それを俺が知っているかと言うと、高杉がいちいち俺に見せてくるからだ。
頭に来たから一回全部焼いてやった。高杉はニヤニヤと笑いながら俺を止めることもなく写真やネガが灰になるのを眺めてた。
またある時はもう人様に素肌なんて晒せないように、縛って殴って爪を立てて噛みついて、跡を残して滅茶苦茶にしてやった。どうでもいいが、殴った時には蹴り返されて俺の顔にも青痣ができた。あいつマジ容赦ねぇ。まぁ俺も容赦してねーけど。
が、そのかい虚しくカメラマン様はそれさえも綺麗だとお気に召したらしくいつもより目が輝いていたそうな。マジキチだ。ドン引きだわ。ないわー。俺にはそんなアブノーマルな思考ないわー。…ねぇよ。
最近の高杉とのやりとりを思い出して俺は現実からちょっと目を逸らす。いや、な、世の中の人間を綺麗にSかMかで区切ったら俺ってSじゃん? どうせ金払うならどぎついプレイに耐えられる子がいいし、乗られるより乗りたいし後ろからガンガンいきたいじゃん?
でもさ、そこはホラ、金を払うなら、って話だったりするわけで、普段できないアブノーマルなプレイを楽しみたいとかさ、そういうのがあるわけだから普段からそんなんやりたいとかないから、ってあれ? 金払うならやりたいのってほんとうは普段からやりたいこと? あれあれっ?
…いや、そんなことはないってことにしておこう。しておく。んで高杉とのことは単にあいつがドエムの変態ってことにしておく。俺ならやられたら泣いちゃうねってことをされてもあいつ薄ら笑い浮かべてるし俺のこと煽るしバカじゃん変態じゃん俺悪くねーな、うん。
…はぁ、溜め息だな。
まぁそんな風に溜め息ばかり吐いている俺に、野郎はうつぶせでベッドに寝転がったまま、思い出したように言った。
「あぁ、そういや野郎が、おまえにも会ってみたいって」
「はぁ?」
なんか飯、と動き出していた俺は突然の言葉に目を剥いて振り返った。ニヤーっと唇を釣り上げて目を細めた高杉がこちらを見上げている。
野郎って、カメラマン様だろ神楽の兄貴だろ。神威、だっけか。
「俺の体をこんなにも好き勝手弄ぶなんてとんだヘンタ、…とても興味深いってよ」
「なんか今変態に変態って言われたような気ィすんだけど」
「あ? 気のせいだろ」
どうする? と、問われても、なんて反応したらいいのか。沈黙を返すしかない俺に高杉は笑みを消さないまま身体を起こして近寄ってきた。オイ、パンツくらい穿けよ。ってかおまえさっき動けないとか言って水取ってこさせたよなぁ嘘っぱちか。
俺が突っ込む前に俺に辿り着いた高杉が後ろから俺の肩に顎を乗せて、耳元で囁いてくる。
「結構面白い野郎だぜ? まぁおまえが気に入るかは分からねーがな」
考えておけよと頬に戯れのキスをされて高杉はふらりと浴室に向かっていく。残された俺は眉を寄せて苦虫でも噛み潰したような顔をしてその姿を見送ったけれど、奴は振り向きもしないから俺のその表情を見るものはいない。
取り残された俺はとりあえず飯の準備を始めた。



再会は心の準備もできないまま、思いがけずに早く訪れた。
「あ、白夜叉さんだ」
昔懐かしい呼び名で呼ばれて、何気なく振り向いた俺にそいつはいつか見た笑みを向けていた。
「やぁ。元気?」
「このすっとこどっこい。初めて会ったんだ。奴さんも困るだろうよ」
気さくに話しかけてくる奴の後ろの男が呆れたように言ってる。こいつの連れか? 関係性が読めねーな。
「えー、いつかコンビニで会ったよね。すごい目で見てくるから何かと思ったら、タカスギさんの知り合いだったんだ。あ、俺、聞いてると思うけど神威って言って、タカスギさんの仕事仲間? カメラマンやってるんだけど、あ、名刺いる? 阿伏兎、俺の名刺どこやった?」
「ったく。それくらい自分で管理しろってんだ」
ちゃちゃっと自分のペースを作る神威に、阿伏兎ってのが名刺を渡している。見るに、あれはアシスタントかなにかか?
考えてる俺に、神威は小さく写真の入った名刺を差し出してくる。それを受け取って、俺も名刺を差し出した。
「万事屋さんかぁ。へーぇ」
何を考えているのかわからない笑みのまま、神威は交換した名刺を阿伏兎ってのに渡してズバッと言ってきた。
「貴方を撮りたいんだ」
変わらない笑顔のまま言われて、俺はそれを受け止める。視線を逸らさないまま、神威は尚も続けてきた。
「あの日俺に向けられた目。その奥にある狂気じみた感情をさらけ出して、ぶちまけて俺に切り取らせて欲しいんだ」
そういうこいつの目がギラギラと光り出している。あぁきっとこういうところを高杉の奴は気に入って好きなようにさせちまうんだろうな。あれはあれで、気に入った奴に甘いところがある。なにをしでかすか、楽しんでる節もあるしな。
お願いお願いと俺ににじりよりながら、目の前のガキはさらっとエグいことを言う。
「なんならタカスギさんと一発ヤってるところを俺に撮らせてくれたらなお良…」
「こーら、その辺にしとけよこのすっとこどっこい。奴さん、ドン引きしてんじゃねーか」
流石にストップがかかる。オッサンはオッサンだけあって空気は読めるようだ。窘められて神威は唇を尖らせて見せたが、すぐにけろりと振り返った。
「まぁいいや。その気になったら俺にでもタカスギさんにでも言ってよ。いつでも開けとくから」
「仕事しろィ。このすっとこどっこい」
「気が向くわけねーだろ。エロいの撮りたいならあの変態の仲間に頼むんだな」
じゃあなとその場から離れようとしたらてくてくとついて来た。
「えー。あなたもお仲間でしょ?」
「ちげーよ。一緒にすんな」
「じゃあ万事屋さんに依頼しようかな。俺に写真を撮らせてください。お金なんかでいいのなら幾らでも出しますから、って」
何気なく言われた言葉に俺は足を止めて可愛い顔してエグいガキを見た。目の色が変わってる。けれどそれは一瞬で消えて、また人懐っこいような排他的なような笑みを浮かべる。
「じゃあ、また」
ニコリと笑って野郎たちは去っていく。その背中と、手元に残された名刺を見た。カメラマンの肩書きと、マークのように小さくアクセントとして配置された青空の写真。
ちっぽけなそれすら確かな才能の欠片を確かに放っていて、俺はその場に立ち止まったまま空を見上げる。写真と同じくらい、綺麗な綺麗な青空が広がっていた。