「おまえ兄貴いる?」
「…いるけど、私銀ちゃんにバカ兄貴のこと言ったアルカ?」
高杉のコイビトとの遭遇からずっと俺の胸ん中でなんか引っかかっいたもやもやは、神楽と会ったときにカチリとハマって消えてなくなった。誰かに似てると思ったって、神楽じゃねーか。身近すぎて逆に穴だったわ大穴だわ。
まじまじと顔を見つめた後に突然切り出したからか、神楽は訝しげに首を傾げている。
「いや、この前コンビニでなんか似てるの見たからよー」
「神威、この街にいるアルカ?!」
「うぉあ?!」
吃驚したように飛びつかれて、俺の方がビビったわ。すぐに我に返ったらしい神楽は誤魔化すように一つ咳払いをすると、改めて俺と向き合って事情を説明しはじめた。
「うちのバカ兄貴、神威はパピーと大喧嘩繰り広げた挙げ句、数年前家を出たアル。それからどこで何してるのか、あ、なにしてるのかは分かるけど、とにかくどこにいるのかは分からなかったネ」
「なにしてんの、おまえの兄貴」
「パピーと一緒アル。カメラマンネ。パピーは元々戦場カメラマンだったけど、私達がいるから戦場行くの止めたヨ。兄貴はそれが気に入らなかったみたいで、家を出たアル。それきりネ」
言いながら神楽の表情が曇っていく。そして俯いていく神楽の頭に声をかけようとして、 口を開いた瞬間にパッと神楽が顔を上げた。
「で、も。ね、銀ちゃん見て見て! これ!! 兄貴の写真が入賞してたヨ!」
鞄から出した雑誌を突きつけられた。近すぎて見えねーそれから顔を離せば、子ども達の満面の笑みが広がっていた。本当に楽しそうに、嬉しそうに笑っている。しかしどの子どもも重たそうな武器を抱えていて、戦場の子ども達だと知れた。このガキどもは今どうしてるだろう。生きているんだろうか。考えて、やめた。
ちらりと写真から目を離してみれば、神楽が誇らしげに笑っているのが見えた。



『おまえの飯が食いたい』
そんなメール一通で呼び出されてホイホイ家に言っちゃう俺もどうかしてるよ全く。そんなことを思いながら俺はちゃちゃっとナポリタンを作ってよそってテーブルに運んだ。
「おら、仕事やめて、飯食え」
「んー」
呼び出したくせに仕事中な高杉は視線をラフから動かさない。書類やらなんやらが散らばっているのを纏めて隅に寄せれば宛名のない封筒から写真がはみ出しているのが見えた。拾い上げて高杉に問いかける。
「なぁ、見ていいか?」
「あぁ」
確認もせずに頷かれる。出して見れば空や花、蝶の写真だった。なんてことない写真なのに、やけに目を奪われる。思わず見入っていると、ようやく一区切りつけたらしい高杉がテーブルについて俺が見ているものに目を向けた。
「それ、今度作る広告デザインの素材。新進気鋭のカメラマンにわざわざ用意してもらってなァ。綺麗だろ?」
「あぁ」
素直に頷けば高杉が口元だけで笑った。そしてナポリタンを食い始める。俺も食おうと写真をしまったら、封筒の中にはネガと、まだもう一つ封筒が入っていることに気が付いた。
「今時ネガかよ」
「あぁ…、そっちはカメラマン様のお遊びよ。見ても構わねぇが、知らねーぞ」
「?」
笑みを消してどうでもよさそうな態度の高杉に俺は首を傾げた。そしてネガを明かりにかざす。高杉の言葉を理解したその瞬間に俺の気分はものっそい下がった。
「なんだこれ」
「だから、カメラマン様のお遊びだよ」
くるくるっとフォークに麺を絡めながら高杉が平然と答える。俺は嫌な予感がしつつ、白色の封筒を開けた。あぁ、嫌な予感はしてたのにな…!
中身は写真だった。今し方見たネガを現像したものだ。ネガの通り、そこに映っていたのは高杉だった。
仕方なさそうに笑いながら、そこに映る高杉は俺が写真を代えれば途中が抜けてるコマ送りで服を脱いでいく。間接照明に照らされている裸体に挑発的な笑み。カメラに伸ばされる手。塞がれるレンズ。一枚天井の写真が混じってた。
明らかにおめぇノリノリじゃねーか。そこから先はアダルティな世界がばっちり映っている。子供は見ちゃだめ、18歳以下お断りな写真達よ。
固まっている俺に、席を立った高杉の手が伸びる。俺の手から写真を取って、ぺらぺらと眺めていた。
「暗くっても案外綺麗に映ってるよなァ。流石プロってか。これ普通に売れるんじゃねぇか?」
ぴらりと見せてきた写真も、とても18歳以下にはお見せできない乱れきったものであるわけで。
まぁ今更な姿であるような気はしつつも、少しは恥じらいとかそういうものをだな、あぁいや違う、おまえはそこいらの奴にもそんな顔を見せてんのかこのクソビッチが、いやなんか違う、あぁもう。あぁもう。
写真を俺の手に戻して平然と食事を再開する高杉を見ながら俺は心のなかの黒いもじゃもじゃを持て余していた。
「…なんで、んな写真…」
「元々は仕事でのやりとりしかなかったんだが、これが酔狂な馬鹿でなァ、俺を撮りたいって言うから、付き合ってやったまでよ」
合意のうえであるし、脅迫だとかそういう目的でもないからご丁寧にネガまで寄越したのだ、別にこんな写真くらい痛くもかゆくもないけれどと高杉はさらっと言った。いや普通にばらまかれたら痛いからね。ハメ撮り写真とかおま、こればらまかれても平気ってどんな神経してんのおまえの面の皮はジャンプですかジャンプですよおまえ。
シラケきった、軽蔑の眼差しを向けたって変態アバズレビッチは平然とそれを受け止めて俺に笑い返してきた。笑うなんて言えば可愛らしいが、こいつのそれは悪魔みたいな底意地の悪さ、性悪さが滲み出てる。欠片も可愛くない。
「飯の礼に、今日はサービスしてやってもいいぜ?」
ケチャップでいつもより少し赤い唇と舌が覗く。口紅代わりにしちゃ色気がない。
返事もせず膨れっ面のまま過ごせば高杉も何も言わなかった。沈黙を保ったまま食事を終えて、風呂に入ってもう今日はこのまま寝てやるよ夢の国に旅立ってやるよと思ってい布団を被ろうとしたら後ろから伸びてきた手が俺の肩を掴んだ。顔も掴まれて無理やり向きを変えられる。唇を塞がれて、開いたままの隙間からすぐに舌が入ってくる。押し倒されたときに、あの天井の写真を思い出した。知らない天井だった。きっとあの笑みをたたえたカメラマン様の家のだろう。
投げ出されていた俺の手に高杉の手が重なった。口付けは深くなる。なんやかんや全部有耶無耶にしてやろうってんだ。こいつの魂胆は読めている。
俺が不機嫌なときのいつもの手だ。謝罪よりご機嫌取りの甘えるような言葉より、行動でなにも無かったことにする。高杉が不機嫌なときに俺がとる手段と同じ。
爛れきってぐだぐだでぐずぐずで、掴みどころもない俺たちの関係をそのまま映したようなこの行為が良くないんだと思いながら、俺は高杉の手を握り返す。唇を離した高杉が笑う。ほらもう何も無かったことになった。本当はそんな訳ねーのに。
しょうもない俺たちの関係を、全部高杉一人のせいにして俺は悪くありませんって言えたらきっと楽なのに、奴は俺に選択の余地を残すから、俺は俺の意思で高杉を受け入れてしまうから、高杉に俺を受け入れさせてしまうから、だから、きっと。
何度も考えていることだ。だが俺はそれ以上思考を先に進めない。とうに出てる結論から目を逸らし至っていないフリをする。
そんな俺を、高杉、おまえは嘲笑えばいいよ。いつものその、可愛くない笑みを唇に乗せて。