高杉から電話があった。
『ポップコーンとかなんかそんな、映画館の雰囲気が出るようなモン適当に買ってこい』
言われて俺は首を傾げた。今日は俺ん家来て、飯作らされて、適当にだらだらして夜はちょっと子供は見ちゃダメな世界でいやんあはんの予定だったろ? なんで俺が高杉の家に行くことになってるうえに映画館?
ぐるっと考えを巡らせる俺の目に飛び込んできた新聞のテレビ欄、そこに見えた地上波最速のロードショーの名前に俺は見覚えがあった。高杉と見に行く約束をして、当日にあいつがドタキャンかましてきて観れなかったやつだ。
ああ、あいつも一応覚えてたんだなってことをぼんやり思うと同時に、映画館で待ちぼうけくらわされた時の沸々とした怒り的ななにかも湧き上がってきて、俺の口調は非常に面倒くさそうなものになった。
「映画館っぽい雰囲気っつったって所詮ロードショーじゃん。CM入るしシーンとかガンガンカットされてっし、無理だろ。ポップコーンとかそんなもんじゃ俺騙されねーから」
『あぁ? めんどくせー野郎だな。てめぇがあの後も散々ごねてたんじゃねーか』
「別にごねたりとかしてませんしィ。ドタキャンかまされた苦情とかは申し上げたかもしれませんけどォ」
『…うぜェ…。分かった、CM入ったりしなくてノーカットがいいんだろ。準備しといてやらァ』
捨て台詞を最後に単調な音しか発しなくなった携帯電話の電源ボタンを押して通話を終了する。結局俺は高杉ん家行って映画見るのか。
今日は家にいるつもりだったから外に出る気になんねーなぁ。とか思いながら夕飯の材料もなにも買ってねーからどうせ外に出なきゃなんなかったわけだけど、一方的に来いって言われるとめんどくささが増すわ。まぁ行くんですけど。
ポップコーンとペットボトルのジュース買って高杉の家に着けば、いつも以上に仏頂面した奴が俺を出迎えた。そんな顔されても、そもそも俺が悪いんですか? なんて口にすれば喧嘩になるのは目に見えていたので俺は口を閉ざす。変に喧嘩して他の男のところ行かれたりしてもまた気分悪いし。もしかしたら俺が追い出されて他の男呼ばれるかもしれねーし。
「ほら、これにポップコーン移しとけよ」
そう言って渡されたのはバカでかい紙コップ。聞けば今しがた業務用スーパーで買ってきたと。…それならおまえがポップコーンとかも全部用意すればよかったんじゃねぇの?
ジュースも全部紙コップに移して、画面の前のローテーブルに運んでいく。見れば、今日やるロードショーのレンタルDVDが置いてある。
「今借りてきた」
今日ロードショーでやるもんをわざわざロードショー前に借りるやつってどんくらいいるんだろう。こいつも大概意地っ張りで負けん気が強い。
「ブランケットいるか?」
「映画館でもつかわねーだろ」
そんな他愛ないやりとりをしながら準備を完了して、部屋を暗くしてソファに落ち着いた。テレビはうちのより何倍も大きいけど映画館よりは当然小さく、座席だって映画館の座席よりも柔らかいけれど、さすがにそこまではいじれない。
正直、お互いにこんな映画どうだってよくなってるけど意地の張り合いでDVD観賞会は始められた。二人の真ん中にどでかい紙コップのポップコーンを置いて、だらだらと食べながら映画を眺めている。ちらりと高杉を見れば高杉も特別面白くもなさそうに画面を眺めていた。
会えばすぐ喧嘩して、言葉を交わせばすぐ言い合いになって、互いに意地張って引き返せなくて、それでたまに痛い目みたりして。なにやってんだろう、冷静になればそんなことばかり考えちまう。なんで俺今こんなとこでこんなの見てんだろうな。
映画の話なんてそっちのけで賢者タイム突入中の俺の手に、不意に触れるものがあってそちらに目をやった。
高杉の手が俺の手に触れている。視線を手から高杉に移せば、高杉は画面を真っ直ぐに見詰めたまま、俺になんて目もくれない。俺はまた手を見やる。なんでもないように自然に触れてくる手に手を絡めて、握り締めた。
高杉はよく俺に手を伸ばしてくる。二人きりのときだけじゃない、街を歩いてる時だって人目なんて気にしないで、なんでもないことのようにニヤニヤと笑いながら指先を絡めてくる。なんのつもりなのか、問いかけたことはない。他の男にも同じことをしているのかとか、そんな余計なことまで聞いてしまいそうで、本当は吐き出したい言葉をいくつも飲み込んで溜め込んで。
今度は肩に重みを感じて見れば、高杉が俺によりかかって寝ていた。画面を見れば今がクライマックスであろう迫力のあるシーンが飛び出さんばかりに広がっている。まぁ俺も興味なんてまるで無くしてるから、話の流れが全然頭に入ってない。後で感想とか聞かれたらめんどくせーなぁとかそんなことを思いながら、少し身体をずらして高杉の額にキスなんかしてみる。
なんの反応もない。今度は唇にしてみる。やっぱ反応はない。まぁなくていいんだけど。これで起きたら高杉は眠り姫で俺は王子様か。そんなの冗談じゃねぇ。
(こんなアバズレな姫様の物語なんて、とても子供に聞かせられない)