「俺だけ見ろよ」
そう言いたくて、言えなくて。でもやっぱり言いたくって夢想する。
もし俺がその腕を掴んで振り向かせて肩を掴んで逃がさなくって、俺の胸の中にモヤモヤと黒くわだかまった気持ちをおまえにぶつけたら、おまえはどうするかな。
強引な俺にちょっとはときめいてくれるだろうか。自分のしてることがいかに残酷であるか、情け容赦なく俺の心を引き裂いているかに気が付いて詫びてでもくれるだろうか。
…それはねーな。あいつは全部分かってる。分かっててやってるんだ。だから性質が悪い。だからどうしようもない。だから、俺の気持ちを全部さらけ出して赤裸々に言葉にしたって、あいつはきっとなんでもないような顔をして、それからゆるりと笑ってみせるんだ。
分かってる。全部全部分かってるよ。おまえの考えてることなんてさ。だけど。
そんなおまえでも、俺はどうしようもなくおまえのことが好きなんだよ。
俺は万事屋なんていう、何でも屋をやってる。名前は坂田銀時。身よりのないガキの頃、運良く良いヒトに出会って、それなりに恵まれた子供時代を過ごせたと思う。
まぁそんな俺のことはおいといて。俺の、恋人の話をしようと思う。大して面白いことも話せないから、まぁ暇つぶしにでも聞いてくれ。
俺の恋人は在宅勤務のデザイナー。名前は高杉晋介。幼なじみのボンボンで、俺の恩師の塾に来ててそこで出会った。
一言でいえばろくでなし、誘われれば誰とでも寝る尻軽なとんだ淫乱アバズレで貞操観念とやらは欠如どころか貞操観念の周りにあるであろうモラルとかまでえぐり取られてんじゃねーかってくらいない。
そんなあいつの態度に貞操観念もモラルも持ち合わせている俺は一度マジでぶちぎれて、ガチンコの殴り合いをかましたこともあるけれど、やっぱ暴力はいけねぇ、あぁいけねぇ。
翌日の腫れたあいつの顔を見たら俺の良心は罪悪感に苛まれて後悔の嵐だったわけよ。さっきも言ったけど、俺には貞操観念も、モラルも、良心もあるわけだからね。最後、特に大切。テストに出るからな。
ちなみに同じく腫れてる俺の顔見てあいつは爆笑してましたけどね。涙浮かべるほどにね。
「ひでぇツラ。男前すぎて泣けてくらァ」
てめぇもな。鏡見てから言えよコノヤロウ。ってかそれ、そんだけ爆笑したら腫れてる頬も俺の拳の入った腹筋も痛ェだろ笑ってんじゃねーよと思ったけど、俺のガラスのハートが後悔と罪悪感で割れる前に考えないことにした。
「つまらねぇことにこだわるなら別れるか」
高杉はさらりとそう言った。あのとき俺が頷いていたら、きっと、いや間違いなく俺達の関係は終わっていただろう。友達にすら戻れず、途切れていた。自信がある。あいつとの長い付き合いが俺の考えを支えていた。
恋人っつったって、おまえ何人もいるじゃん、俺が顔も知らない恋人がよ。俺なんて沢山のなかの一人じゃん俺知ってるんだからな。だからこそのガチバトルだったじゃん。なんでそこで俺一人を選ぶっていう選択肢が出ねぇの。なんで選択者がおまえから俺に変わってんの。なんで俺が顔も知らないおまえの恋人認めるか認めずに別れるかの二択になってんの、意味わかんないんですけど。
と、言いたいことはとめどなく泉のように湧いて出たけど、口からこぼれたのはたった一つだけだった。
「別れない」
名ばかりの関係でも、肩書きに意味なんてなくても、それでも恋人って響きに救いを求めて縋る俺を愚かだと、間違っているという声がする。
自分の声に耳を塞いで、俺は今日も、高杉の恋人のままでいる。