空が不機嫌そうに唸り始めました。それを聞いた銀時は窓の外に目をやりました 。 まだネズミ色の雲は遠く、雨が降るまではもう少し時間がありそうです。 「…もうちっと干しててもイケるか…?」 午前中に干した洗濯物を意識しながら銀時は呟いたのでした。 ソファーでは尻尾が邪魔なのか、しんすけが俯せで寝ています。なんてことのな い日常の風景です。 銀時があることに気づいたのは、低い雷の音が断続的に響きネズミ色の雲が空に 立ち込めはじめた時でした。 明かりを付けていない室内が暗くなり、そろそろ洗濯物を入れなければと銀時は 重い腰をあげました。ベランダに向かおうとして後ろをついて来る存在に気づき ます。 「ん…?」 視界の端でもぞりと動いたそれを見遣れば動きを止めたしんすけがじっと銀時を 見上げていました。 「………」 「…なんだよ」 尋ねてみますがしんすけは口をへの字にして黙り込んだまま黙して語りません。 特に何かを訴えている様子もないし、まぁいいかと銀時はしんすけに構わず洗濯 物を取り込みにかかりました。 バスタオルやらなにやらを取り込んで床に投げ出せばしんすけがその山にダイブ してごろごろと戯れ始めます。柔軟剤など使っていないので何処かバリバリとし た乾き方をしていますが洗い立てというのは気持ちがいいものです。しんすけは タオルを頭から被ったり頬を擦り付けたりじたばたと暴れています。 銀時はそれを見てこれで遊びたかったのかな、などと思いながら他の洗濯物を畳 んでいき、最後にしんすけがくしゃくしゃにして戯れているタオルを取り上げま した。 そうして畳み終わったものを所定の位置に戻します。全部抱えて立ち上がり歩き 出してまた後ろについて来る存在に気付きました。 しんすけです。 銀時を見上げてついて来ています。銀時が足を止めれば止まり、また動き出せば 動く。普段なんてついて来いと言っても来ないくせに。 なんのつもりだろうと思いながらも構わず銀時は神楽の洗濯物を押し入れに入れ 、タオルを洗面所に持って行きました。 雨が窓を叩き始めました。 「あー…、やっぱ降ってきやがったか」 窓に額を寄せ、外を見上げる銀時の真似をするようにしんすけも窓に張り付いて 空を見上げます。 ピカッと空が光り、直後腹の底を揺るがす轟音が響きました。 「うぉ、落ちたな。やっべーだろコレ。懐中電灯何処やっ…ん?」 しんすけがいません。 「んー…?」 今さっき真横にいたハズなのに。机の向こうに目をやってもいません。何処に行 ってしまったのかと首を傾げて見つけました。 しんすけご自慢のふわふわ尻尾が、銀時の机の下から覗いています。 「しんすけー?何してんだ?」 かくれんぼですかとしゃがみ込んで覗き込めばいつになく耳が垂れてるしんすけ と目が合いました。しんすけはにじにじと机の下から出てきて、ぴとりと銀時に 寄り添います。 銀時はそれを黙って見下ろしていました。 「おやァ?…おやおやおやァ?」 そしてニヤリといじわるく笑います。これはもしかしてもしかすると、しんすけ は雷が。 「怖ェのか?」 「!」 楽しんでいると直ぐにわかる声色にしんすけがキッと銀時を睨み付けました。で すが銀時はニヤニヤと人の悪い笑みを隠そうとしません。 不愉快そうに悔しそうに銀時を睨みつけてくるしんすけから目を離すとすくっと 立ち上がりました。 「さ、なんか飲むかな」 言いながら銀時は台所に向かいます。その後ろをしんすけはついて回ります。 なんだかそれが面白くて銀時は無意味に部屋中を歩いて回りました。 何処までも何処までもしんすけはついて来ます。 純粋にトイレに行きたくなって向かえば中までついてこようとしてさすがにそこ は追い出しましたが。用を足してこっそりドアを開ければトイレの横、しんすけ が体育座りで銀時を待っていました。 (やべぇ、楽しい…) 銀時、完全に遊んでいます。 ですがいい加減飽きてきたのでソファーに向かい、ごろりと寝そべりました。し んすけは寝そべっている銀時の腹の上にちょこんと座り込みます。 「ちょっ、暑ィからうぜぇから離れろって」 邪魔、と下ろせばしんすけは不満そうに眉を寄せましたが大人しく銀時から離れ 、目の前のローテーブルの下に潜り込みました。尻尾だけがはみ出ています。 お尻を向けられているためよくわかりませんが、耳はしょんぼりとして、尻尾も 何処か元気がありません。 本気で雷にびびってるなと思いながら銀時は考えます。 野生で生きていたときは独りだったろうに、一体どうやって雷の日を過ごしてい たのでしょう。独りでただふるふると雷が遠ざかるのを待っていたのでしょうか 。 「………」 また大きな雷が鳴り響きました。家を震わせる轟音はしばらく続き、しんすけが さらに丸くなります。 ちょっと可哀相かな、と銀時はしんすけを呼びました。 「しんすけ」 「………」 そろり、しんすけが顔を上げます。銀時は黙って手招きしてやりました。しんす けがそろそろと机の下から出てきました。小さな手が差し出された銀時の手に伸 びます。 「ただいまヨー。銀ちゃーん、外雨凄いネ、窓ちゃんと閉めたアルか?」 玄関から響いた神楽の声に即座にしんすけが反応しました。そして直ぐさまそち らに駆けていきます。 「わっ、しんすけどしたネ?あ、わかった、しんすけ雷が怖いアルか。よしよし 、いい子いい子、可愛いアル」 「………」 声が近づいて、しんすけを抱っこした神楽が現れました。 「ただいまヨ」 「…あぁ、お帰り」 「雷怖いアルなー。大丈夫アル、私が側にいるヨ」 「………」 あんなに後ろくっついてきたのに。神楽が帰ってきた瞬間からしんすけはもう銀 時の方など見向きもしません。 しんすけを抱きしめる神楽がしんすけに可愛い可愛いと言うのを銀時はぼんやり と眺めて呟きました。 「…可愛くねー…」 しんすけの中の優先順位が見えたような気がした雷雨の日のことでした。 |