「だーからァ、洗ったら返してやるっつってんだろォォオ!手ェ離せェェエ!! 」 そう言いながら銀時はあるものをしんすけから奪おうと必死でした。 しんすけもしんすけで銀時の言葉になど聞く耳を持たず、それを奪われまいと小 さく唸りながら懸命に掴んでいます。 二人が引っ張りあっているそれは、二人が出会った日に銀時がしんすけに巻いて やったハンカチでした。 さっきまでしんすけはソファですよすよと昼寝をしていました。無防備にも手足 を投げ出して仰向けに寝ています。 銀時は対面のソファでジャンプを読んでいたのです。そしてふと正面に視線を向 け、しんすけの胸元から覗く謎のものを見つけたのでした。 「?」 何かと思った銀時はジャンプをソファに置くとしんすけに近付き、しゃがみ込ん でしんすけの懐を覗き込みました。何か布のようですがよくわかりません。 「んん?」 銀時は寝ているしんすけの懐からそれを取り出し、それがあの日高杉に巻いてや ったハンカチだと認識しました。 あぁそういえば子供の形になったしんすけを初めて見たときも持っていたっけと 思い出します。そうだ、これのおかげでしんすけをいつかのキツネだと認識出来 たのだった。 その時はちらりとしか見えなかったし、ハンカチよりもしんすけに注意を向けて いたので気にもしませんでしたが、そのハンカチは怪我をしていたしんすけに巻 いてやったもの。 よく見なくてもしんすけの血に汚れ、全体として汚らしい感じは拭えません。 洗うか。銀時がそんなことを考えていると銀時の気配にしんすけが目を覚ましま した。 瞬きを繰り返して銀時を見、それから銀時の手にあるハンカチに目が釘付けにな ります。そして次の瞬間銀時の手からハンカチを奪い取りました。 「あっ!」 銀時がそのことに気付いた時にはしんすけはソファから跳ね降りハンカチを大事 そうに抱締め、銀時に対し警戒の色を滲ませて少し距離をとったところから銀時 を睨んでいました。 威嚇されている。しんすけの小さな唸り声に銀時は出会った日に散々噛み付かれ たことを思い出しました。あれは痛かった。肉食であるキツネの牙は鋭いのです 。 銀時も警戒態勢でしんすけを見つめます。張り詰めた空気のなか、二人は摺り足 で少しずつ移動しながらその間合いを保ちました。 風が万事屋の窓を揺らします。外で空き缶が転がる音が部屋に舞い込んで来まし た。 その瞬間しんすけは銀時に背を向け逃走を計り、銀時はその小さな背に手を伸ば しました。 しんすけがどんくさいのか、それとも銀時の野性的瞬発力が単に勝っているのか 。しんすけは簡単に取り押さえられました。 背中から押さえ付けたためにしんすけは前のめりになり、床にぺちっと顔面を打 ち付けました。 「あ」 ふるふると震えてうずくまるしんすけに銀時は思わず手を離し、しゃがみ込んで 恐る恐る様子を伺います。 「ワリィ。大丈夫か?」 「………」 しんすけは俯いて顔を押さえています。顔を押さえるその手にはぎゅっとハンカ チが握られたままです。小さく震えている肩が泣いているのではないかと銀時に 思わせます。 「何してるんですか?」 新八が二人を見て不思議そうな顔をします。その声にしんすけは直ぐさま顔を上 げ新八の後ろに駆けて行きました。 そして新八を挟んでまた銀時を睨み付けます。ぎゅっと結ばれた口はへの字で、 打ち付けた額は赤くなっていて目も少しウルッとしています。 自分に隠れているしんすけを見下ろして、新八はじとっと軽蔑したような目を銀 時に向けました。 「ちょっと銀さーん、しんすけに何したんですか。すっごい警戒されてますよ」 「何もしてねーよ。ただその小汚ねぇハンカチを洗ってやろうと思っただけだっ つの」 「ハンカチ?」 言われて新八はしんすけの手の中のハンカチに気付きました。 新八の視線を受けて、ハッとしたしんすけは新八からもじりじりと後退りします 。 此処に安息などない。 そう感じ取ったしんすけはこの部屋から逃げ出そうとしましたが、しんすけが新 八に意識を向けた隙に銀時は忍び寄っていました。 「取ったァァア!!!」 銀時が高らかにあげた手の中にはハンカチがありました。 しかし銀時が取り上げたのはそれだけでなく、ぶらりとしんすけも吊り上げられ ていたのでした。 「………」 「………」 「…オーィ」 「………」 宙吊りにされたまましんすけは銀時を睨付けます。 いい加減にしろよ。そんな気持ちを込めて銀時はしんすけを見つめますがしんす けは一歩も引きません。 「手ェ離せ」 「………」 「しーんーすーけー」 「………」 宙ぶらりんにしておいても仕方ないのでとりあえず下ろしてやります。 まだ二人ともハンカチは掴んだままです。 「洗ったらちゃんと返してやる。だからちょおっと手ェ離せ。な?」 「………」 ふるふるふる。しんすけは首を振ります。 意固地なしんすけに銀時の苛立ちが募ります。元々あまり寛大な方ではありませ ん。 そして冒頭のやり取りへと繋がるのでした。 力ずくでやれば銀時は恐らくしんすけからハンカチを奪い取れるでしょう。です が引っ張りすぎてハンカチが破れてしまっても困るし、しんすけに泣かれても困 ります。 まぁもっとも此所に来てしんすけが泣きわめいたことなどないのですが。 しんすけが泣く時はいつも部屋の隅の方です。人に背中を向けて涙を零していま す。理由は銀時にいじめられたとかそんなんです。 銀時はいじめてるつもりはないのですが、気がつくとしんすけが潤んだ瞳で銀時 を見ていて、ふいと顔を背け部屋の隅に行ったと思うと座り込んで泣いているの です。おかげで銀時が神楽と新八に怒られるのです。 銀時は今だにしんすけの涙の蛇口の加減がわからないでいました。 うー、と唸るしんすけに銀時が言います。 「おまえはすぐに唸るんじゃねーよ、ったく。いい加減にしねーと怒んぞ」 そう言われてもしんすけはハンカチから手を離しません。唸って威嚇するのもや めません。 てめぇが離せやこの天パが。 しんすけがそう思っているかは定かではありませんが、銀時がいい加減痺れをき らします。 ハンカチを引っ張っていた手の片方を離し、振り上げました。 「もういい加減に…」 「銀ちゃん何スルカ?!」 神楽の悲鳴染みた声が響くのと同時に銀時は横から張った押されていました。 「ぶふっ!」 「おーよしよし、しんすけ怖かったアルナ。もう大丈夫アル。銀ちゃん!しんす けに何しようとしてたアル!」 突如現れた神楽は派手に倒れた銀時には目もくれずしんすけを抱き上げてよしよ しとその頭に頬を押し寄せます。 神楽のその感触がくすぐったいのか、しんすけの耳がぴくぴくと震えました。 「てめぇぇえ!何すん…!いって!マジ痛ェ!」 「こんな小さな子に暴力振るおうとする方が悪いネ」 「そうですよ銀さん。しんすけをいじめないで下さい」 「は?!何言ってんの?これ確実に俺がいじめられてるだろ。おまえらに俺がい じめられてるだろ」 「銀ちゃんはいいアル。だってしんすけのが可愛いヨ」 「この…!」 神楽の腕の中でハンカチを懐にしまい直すしんすけがフッと黒いオーラを纏って 銀時に笑いかけたのを、銀時は確かにその目で見たのでした。 後日。 しんすけはまたソファで寝ていました。半分落ちかけた状態で器用に寝ています 。どちらかに寝返りをうとうものならバランスを崩し床に落ちるでしょう。 銀時はそれを見ています。気配を殺し近付いてもしんすけは目覚める気配があり ません。そーっと手を伸ばしてハンカチをかすめ取ります。 そして抜き足差し足のまま部屋を出て洗面所の方に向かいました。ぱたんとドア を閉めて銀時は溜め息を吐きます。 取った…!取ってやったぜ…! やっと取り上げたハンカチを開いて銀時はその汚さに眉を寄せます。そして水洗 いです。生憎今日はもう洗濯を済ませているのでハンカチ一枚のために洗濯機は 回せません。 ごしごし洗えば血も汚れも綺麗に落ちて元のハンカチに戻りました。後は干して おけばいいだけです。 ハンガーにかけて洗濯バサミで止めます。そして風当たりのいいところにかけて おきました。 風に揺らめくハンカチを見て奪われていたことに気付いたしんすけは銀時に取っ てくれるようせがみますがまだ乾いていないので銀時は無視します。 じっと自分を見てハンカチを指差すしんすけを見下ろしながら、干されてんの見 るまでないことに気付かないなんて案外大事にしてねーなこいつ、と銀時は思っ たりしていました。 銀時が取る気が無いと分かるとしんすけは一人奮闘していましたが、立った銀時 の頭の位置にあるハンカチになど手が届くわけもありませんでした。 大人に化ければ届くと思うのですがしんすけの頭にその考えは浮かばないようで す。 残念ながら神楽も新八も家におらず頼れる人がいません。しんすけは一人ちょこ まかといろいろ頑張っていたのでした。 夕方になり疲れてハンカチの下で壁にもたれ寝ているしんすけの横に銀時は行き ます。 そしてひょいと乾いたハンカチを手に取り机に置きました。油性ペンを取り出し てそこに「万事屋 しんすけ」と書きます。迷子札代わりです。 起きたしんすけは真上にハンカチがないことに気付くと銀時にしがみついて訴え ます。 「ハイハイ、ほら、ちゃんと返すっつったろ」 言いながら銀時はハンカチをしんすけに返してやります。 しんすけはほっとしたのも束の間、油性ペン臭いハンカチに顔をしかめて銀時を 見上げました。 「んな顔すんなよ。ちゃんと返してやったろーが」 「………」 しらっとしている銀時にしんすけはしばらく眉間にシワを寄せて唇を閉ざしてい ましたがやがてせっせとハンカチを畳むと懐にしまいました。 その様子を銀時は横目で見ています。よし、これでしんすけが迷子になっても大 丈夫。 今までいろいろな形で迷子札を持たせようとしたのですが、しんすけはことごと くそっぽ向いて持ってくれなかったのです。 何も知らないしんすけが窓の外を眺めているのを見ながら、銀時は内心ニヤリと 笑ったのでした。 |