銀時が連れて帰った子キツネ杉は他の万事屋メンバーにもすぐに受け入れられ、 「しんすけ」と名付けられました。 大家であるお登勢達のところにしんすけを連れて行けば、しんすけはキャサリン の猫耳に興味を引かれたようです。 やはり人間の世界で自分だけが違うという意識があったのでしょう。キャサリン に仲間意識を抱いてしまいました。 ですがキャサリンのあんまりな性格に、しんすけは家に戻る頃にはしょんぼりと してしまったのでした。 そんなこともありながら、しんすけは万事屋で何ごともなく穏やかに暮らしてい ました。見るものすべてが新しく新鮮な毎日です。 最初のうちこそビクビクとしていたしんすけも、今ではすっかり慣れて一人で勝 手にうろうろしています。 「オーィ、一人で先行くなー」 ちょこちょこ駆け回るしんすけに銀時は後ろから声を掛けます。 銀時の声にしんすけは立ち止まって振り返り、早く来いと言わんばかりに手招き します。 それからまたすぐに走っていってしまいました。 「あ、…ったく」 ただでさえ小さい姿が遠ざかってさらに小さく見えます。 銀時は眉をしかめてその後を追いました。 人通りが多い道に来て、その余りの人の数にしんすけのはしゃぎっぷりはなりを 潜め、しんすけは少し不安そうに銀時の側に寄り添いました。きゅっと銀時の着 物の裾を掴んでいます。 これでしんすけを見失わなくて済むと銀時は一安心です。定春の散歩もいろいろ と気を使いますが、ちょこまかと動き回るしんすけと外に出るのはまた違った意 味で疲れるのです。 首輪を付けてリードで繋いでやろうかとも思いましたが、キツネの耳としっぽが 生えていようとパッと見は小さな子供。下手したら銀時が幼児虐待と通報されて しまいそうです。 しんすけが自分から側でおとなしくしていてくれるなら安心だ。銀時はそう思い ました。 その油断が全ていけなかったのです。 「銀さんじゃねーか」 「ん、おう、長谷川さん」 銀時は長谷川に声を掛けられ挨拶を返しました。 長谷川は銀時の足にくっついているしんすけにに気付き、銀時に問い掛けます。 万事屋の新しい同居人だと聞いて、上機嫌で抱えていた袋から大きなペロペロキ ャンディーをしんすけに手渡しました。 「何、今日当たったの?」 「まぁな〜」 ふふふと喜びを隠さない長谷川は銀時にもチョコレートを手渡します。 それを礼を言って受け取った銀時は袋が被さったままガリガリとキャンディーを 食べようとするしんすけからキャンディーを取り上げ、袋を外してまた返してや ります。 かみ砕こうとするしんすけにこれは舐めるものだと教えてやり、おとなしく舐め てるしんすけの姿を確認し、それから長谷川とパチンコ談義を始めたのでした。 一方おとなしく飴を舐めていたしんすけはひらひらと現れたモンキチョウに視線 を奪われていました。 ひらひら〜、ひらひらひら〜。しんすけはキャンディーをくわえたまま、それに 合わせて視線と頭を揺らします。 モンキチョウの高さが少し下がりました。銀時に掴まっていた手を伸ばします。 ひらり。モンキチョウはそれをかわして遠ざかっていきます。 しんすけの目はもうモンキチョウしか移していません。ふらふらーっとしんすけ は銀時から離れモンキチョウを追って行きました。 銀時はそれに気付くことなく長谷川とパチンコ批評を繰り広げていたのでした。 上を見て歩いていたため、しんすけは前につんのめってべちょっとコケてしまい ました。あいたたた。 小さな子供が派手にコケたものだから周囲の人が見守っています。 コケたくらいでしんすけは泣き叫ぶこともなく、むくりと体を起こせば舐めてべ ちょべちょだったキャンディーが砂だらけです。 しんすけはそんなキャンディーを見つめます。 「………」 大丈夫、食べられる。野生の子キツネであるしんすけに「落としたからもう食べ られない」という意識はありません。 座り込んだままハッとして空を見上げれば、モンキチョウはその姿を消していま した。 ガクリと肩を落とすと、握り締めていたキャンディーを舐めようとしました。 「何してんだコラ」 いきなりキャンディーを取り上げられて、しんすけはびっくりしながらキャンデ ィーを目で追いました。 「落としたもんなんざ食おうとすんじゃねーよ。意地汚ねぇな」 「………」 現れたその人は真っ黒に服に身を包み、見下ろしてくる目付きはキツくてしんす けは思わず睨み返します。染み付いている煙草の匂いが不快で顔をしかめました 。 「何してんですかィ土方さん」 もう一人増えました。しんすけはそっちも睨みます。 「総悟か。目の前ですっ転ばれたうえに、こんなもん食おうとされたら止めるだ ろうがよ」 土方は沖田に砂まみれのキャンディーを見せます。しんすけはそのキャンディー を目で追いました。 「大丈夫でさァ。3秒ルールで土方さんならいけまさァ」 「よーし、口開けー。てめぇの口にねじ込んでやる」 二人のやり取りなどしんすけに興味はありません。取られたキャンディーを取り 返そうと何度も手を伸ばしますが、土方が高く掲げてしまっているためまるで届 きません。 しんすけの小さな手は幾度となく空を切りました。 ピクピクと動くしんすけの耳を見下ろして沖田は言います。 「っつかこいつ天人ですぜ。砂付いたくらい平気なんじゃないですかィ?」 「天人だろうがてめぇはガキが砂まみれの飴目の前で食ってんの見て何とも思わ ねーのか」 「何いい人ぶってんでィ。誰への好感度アップだコノヤロー」 二人の言い争いは低く唸り声をあげたしんすけに中断されます。 土方と沖田はしんすけを見下ろし、二人で顔を合わせました。 しんすけがいない。先にそう気付いたのは長谷川でした。 「あれ?銀さん、あの子…あれ、しんすけっつったっけ?どした?」 「あ?」 指摘されて銀時は自分の足下を見ます。いると思っていた存在は影も形もありま せん。其処に落ちてる砂利に変身してる、わけもありません。 「うぉ?!いねぇし!」 銀時が慌てふためきます。 しんすけがその場を離れてからだいぶ時が経っていました。 その頃、しんすけは新しい飴を買ってもらい、土方と沖田とも別れ一人で街をう ろうろとしていました。 モンキチョウを追いかけていた時はそれに夢中でなんとも思いませんでしたが、 独りぼっちになって心細さが込み上げてきます。飴の棒を握り締めてしんすけは その場に佇んだのでした。 銀時は懸命に聞き込みをして回ります。キツネの耳としっぽを生やした目付きの 悪い黒髪の子供を見なかったか。 目撃情報を寄せ集めて、しんすけの辿った道を銀時も進みます。 「旦那じゃねーですかィ」 「げ…万事屋」 沖田の声に振り返れば土方と一緒にパトカーからこちらを見ていました。その手 には似つかわしくない飴があります。 土方がくわえているのもいつもの煙草ではなく飴です。しんすけの飴を買った駄 菓子屋で買わされたものでした。 「おぅ、…あ、悪いんだけどさ、無線でも何でも使ってちょっと人探ししてくれ よ」 「私的にんなもん使えるか。てめぇで探せアホが」 ばっさりと切って捨てた土方に銀時が詰め寄ります。 「何言っちゃってんの?おめー、うちのしんすけがどっかのバイヤーに売り飛ば されたらどうしてくれんだよ。あれきっと高く売れるぜ?あいつぁ歩く国宝なんだよ」 まだしんすけの価値を頭に入れていた銀時です。いつかバイヤーではなく金に困 った銀時が高く売り飛ばしやしないか心配です。 「てめぇがんなもん持ってるわけねーだろうが」 「ちなみにどんな奴ですかぃ、そのしんすけって奴は」 銀時は土方を無視して無線を片手に持っている沖田にしんすけの人相を伝えます 。 「キツネの耳としっぽを生やした…」 「…目付きの悪い黒髪の子供?」 直ぐさま頭に浮かんだその姿に土方と沖田の動きが止まります。口の中の飴の味 が濃くなったような気さえしました。 「え、何?おまえら見たの?しんすけ見たの?ちょっ、何処にいたァァア?!」 あっちと指差された方向に銀時は急ぎます。 『てめぇんとこのガキなら、ちゃんと躾とけ。落ちたもん食うようじゃな』 土方の説教を頭にとどめながら、銀時は二人の目撃情報付近まで来ると辺りを見 回します。見当たりません。 「しんすけ!しんすけェェエ!!」 叫びます。道端を歩く人が不思議そうな顔をして銀時を見ます。 道に面している店にしんすけを見ていないか尋ねます。あっちに歩いていったと 指差され、銀時はそちらにしんすけを呼びながら走っていきます。 走り回って叫びあげて、銀時も疲れました。しんすけは見当たりません。目撃情 報も途切れてしまいました。 「どーこ行っちまったんだよ…」 座り込んでうなだれた銀時は家に帰り定春の力を借りようと思いました。きっと 神楽や新八になんでしんすけから目を離したと怒られることでしょう。しかしそ れが嫌だなんて言っていられる状況ではありません。 どっこいしょ、銀時は立ち上がります。そして今来た道を戻ろうとして目を丸く しました。 銀時の視線の先、しんすけが肩で息をしながら立っていたのです。 真相はこうでした。 人が怖くなって路地裏の奥に隠れていたしんすけは銀時の声に道に出てきました 。が、表に出て来たときには銀時はもう通り過ぎてしまっていて、しんすけはそ の後を懸命に追いかけましたが小さな子供の短い足では追いつくことが出来ず、 傍から見たら滑稽な追いかけっこが続いていたのです。 おまけに銀時を追いかけるのに必死で何度か転んだしんすけは砂まみれ。可哀相 な姿になっていました。 「しんすけ…」 銀時の声にしんすけは最後の力をふり絞って銀時にしがみつきます。 見つかった。安堵から銀時もしゃがみ込んでしんすけを抱きしめてやります。良 かった。 着物の汚れを払ってやり、二人で一緒に帰ります。もう日はだいぶ傾いて世界が 赤く染まっている時間です。 それを見ながら銀時は呟きます。 「夕焼けが綺麗だなぁーっと。…しんすけ?」 ふと足下に視線を向ければまたそこにはなにもいません。あれ? 立ち止まり、その場でちょっと辺りを見回せばしんすけは少し先で光始めたネオ ンに心を奪われていました。ちょっと目を離しただけでこの有様。 迷子札が必要だ。 目を輝かせているしんすけを見ながら銀時はそう思ったのでした。 |