「…あ?」
信じられない光景に銀時は目を瞬かせます。
銀時の視線の先、起き上がろうとして小さくなった自分の手を見て、何より頭に 耳、お尻に尻尾の感覚がしてることに子キツネ杉は慌てて逃げ出そうとしました が、銀時はハッと我に返ります。
このままこいつを街中走らせたら、なんかいろいろまずそう。
電光石火で駆け寄った銀時は子キツネ杉を捕獲。暴れる子キツネ杉をまた椅子に 座らせて、化け狐の子キツネ杉がどういうつもりで銀時に施しをしていたのかを 改めて聞きました。相手が凶悪な目付きをした男からちっこい子供に変わったの で銀時、心に余裕が生まれています。なんて男だ、坂田銀時。
「………」
ちんまくなっても子キツネ杉は相も変わらず喋れません。説明など出来るわけも ないのです。
沈黙を貫き通す子キツネ杉に銀時はどうしたものかと考えながら俯いている小さ な頭を見下ろします。
そのとき子キツネ杉の胸元から覗く見覚えのあるハンカチに気付きました。何時 だったか罠にかかっている子狐に巻いてやったハンカチです。
「おまえ、もしかして…あのときの…?」
銀時の言葉に子キツネ杉は顔を上げます。じっと銀時を見つめてから、こくりと 頷きました。
「つまり、木の実とかは、あの恩返しっつーことか?」
子キツネ杉は少し唇を尖らせて沈黙してから、また頷きました。本当はひっそり こっそり人知れずやりたかったのです。
銀時もようやく納得がいきます。そして今度は別の疑問が頭を過ぎりました。
「なんでまだ街にいるわけ?」
もういいよと言ったハズなのに。山奥に住んでいるはずのこの子狐は何故未だに 街にいるのでしょう。
聞かれても子キツネ杉には答える術がありません。
また黙り込んで俯いてしまった子キツネ杉に銀時もまた黙り込みました。
子キツネ杉のお耳は何処となく垂れ下がりしょんぼりしているように見えます。
ふわふわの尻尾だって椅子からはみ出して地面の方に垂れてしまっています。
しょんぼり子キツネ杉を前にして銀時は考えます。このままこの子狐を山に返し て、また罠にかかってしまったらどうしよう。天人こそ珍しくありませんが、き っとこの子は在来種です。希少価値がついて捕まったらきっと高い値段で売買さ れてしまいそう、ってことは今俺の前にいるのは小さな宝?こいつ売っ払えば家 賃の心配なんざ…などと逸れそうになる思考をまた無理やり正しい方向に直しま す。欠片でもこんなにも小さい子を売り飛ばそうと思う思考の持ち主、坂田銀時 。全く酷い男です。それはともかく。
「あー…っと…」
銀時は頭を掻くと、一度視線を彷徨わせ、また子キツネ杉を見下ろしていいまし た。
「うちで暮らすか?山もいろいろ物騒みてーだし」
言ってからそんな経済的余裕があるのかと思いましたが後の祭り。言ってしまっ たものはなかったことにはなりません。
顔を上げた子キツネ杉のおめめが一瞬きらめきます。ですがすぐにその表情は曇 りまた俯いてしまいました。
化ける力も未熟な自分が人里でなど暮らせるわけがないと思い直したのです。ち ょっと街に来て銀時と居ただけでこの有様。どうせこうやってボロが出るにきま っている。
ふるふると首を振り、耳を動かし尻尾を振ってその存在をアピールする子キツネ 杉に銀時はしゃがみ込み、視線の高さを合わせて言いました。
山奥にいるおまえは知らないかもしれないけど、今江戸は天人と言われる外来種 が多く住んでいるのだと。
そのまんま豹みたいなのや犬みたいなの、子キツネ杉みたく可愛くはないネコ耳 生やしたオバサンだって普通にこの街で生活しているのです。だから多分、子キ ツネ杉だってちゃんと人間の世界に馴染めば大丈夫。
銀時の言葉に子キツネ杉はまだ少し不安げな顔をしながら銀時を見つめます。少 し尖らせた唇がためらいを示しています。
「大丈夫だって。下手したら山より街のがずっと安全だぜ。心配すんな」
差し伸べられた手に、子キツネ杉はそっと手を伸ばします。不意に昔自分を育て てくれた人間を思い出しました。
こうして子キツネ杉の万事屋居候生活が始まるのです。



恩返し編完。居候編に続く。