子キツネ杉の贈り物は木の実や果実から川で取れる生魚まで多岐に及びました。 今まで独りで生きてきたので採集や狩は得意なのです。 そんなある日、大人に化けた子キツネ杉はいつものように籠を玄関先に置いて帰 ろうとしました。 「何してんだ?んなところで」 「!」 前に聞いたことのある声がして、子キツネ杉はびくりと体を震わせゆっくりと振 り向きます。 「………」 予想に違わぬ白髪が其処にはいました。 「………」 「?…あ、そのカゴ、…おまえだったの?」 「………」 子キツネ杉の足下に置かれたカゴに気付いた銀時はカゴから目を逸らすと改めて 子キツネ杉を見ます。 子キツネ杉は逃げ出そうか迷いました。それがいけなかった。その一瞬の迷いで 逃げるタイミングを完全に失い、なんと銀時に家に招かれてしまったのでした。 「木の実とか果物とかさ、いろいろ有り難かったけど、なんで、うちの前に置い てってた、わけ?」 「………」 ローテーブルを挟んで二人(一人と一匹)は対面で座っています。 俯いたまま黙り込んで一言も喋らない子キツネ杉に銀時もおっかなびっくり話し かけました。 そんなことを聞かれても、子キツネ杉答えに困ります。 昔話のように自分はあのとき助けていただいたキツネです、恩返しに参りました 、なんて言えません。子キツネ杉は人間に育てられたため人間の言葉はだいたい 理解出来ますが、喋れはしないのです。 どうしよう、子キツネ杉は俯いたまま半ばパニックになりながら考えます。 おまけに未熟な未熟な子キツネ杉、あまり長時間化けてはいられないのです。い つ変化が解けてしまうかハラハラしているため頭の中はもういっぱいいっぱい、 頭パーンの一歩手前です。 そんな子キツネ杉の胸中など知らず、銀時も銀時で目の前の男の真意を読めず困 っていました。 早1月近く届けられていた謎の贈り物の送り主、と言うこと以外何も知らないの ですから。おまけに銀時はこの男と面識はありません。 さらに言えばこの男、ちょっと、いえだいぶ目付きが悪いです。むっつり怒って るようにも見える子キツネ杉に銀時も思わず難しい顔です。 「あ、もしかして、神楽、への贈り物だった、とか?もしくは定春、と、か…」 「………?」 万事屋の同居人の存在を思い出した銀時はとりあえずそう聞いてみます。 もしかしたらこの男はポリゴンだかロリコンだかその類いの男で、道で見掛けた 神楽に気があるのかもしれない、銀時はそう考えたのです。 対して子キツネ杉は神楽の存在なんて知りません。少し顔を上げて訝しげな目を 銀時に向け、首を振りました。 「あ、そっすか。そっすよね、まさかそんなことないですよね、アハハ、アハハ ハハ」 「?」 子キツネ杉の視線が銀時には睨まれたように感じられて銀時はすっかり怯んでし まいました。男らしさの欠片もありません。 銀時のわざとらしい態度に高杉はますます不思議そうな目を向けるだけですが、 銀時の目は現実を歪めさらに怒らせていると思い込んでいました。 とにかく現状を打破しなければ。そう思った銀時はゴホンと咳払いを一つすると 姿勢を正し改まって子キツネ杉と向き直りました。子キツネ杉も思わず真似して 姿勢を正します。 「えー、っと、今までいろいろありがとうございました。今月マジ厳しかったか らすっげー助かった」 ぺこりと頭を下げられて、子キツネ杉、役に立っていたことがちょっと嬉しい。 耳があったら反応していたことでしょう。 「でも」 「?」 続く言葉に子キツネ杉は目を瞬かせます。 でも、もういいから、こっちがあんなのもらう理由なんざ見当も付かないし、そ ちらさんも大変だろ。本当、今までありがとう。 そう言われ子キツネ杉は帰されました。とぼとぼと山に帰りました。 山奥にいる時はキツネの耳と尻尾の生えた子供の姿です。それが子キツネ杉の標 準的な姿で、時と場合によりケモの姿になったり人に化けたりします。 山奥の泉に映る満月を見つめながら子キツネ杉は次なる恩返しの手段を考え始め たのでした。もういいと言われはしましたが、子キツネ杉はまだ何かしたいので す。 贈り物はもういらないと言われたから他のことをしようと考えますが何も思い付 かずむぅと頭を捻ります。 とりあえず街にいれば何か思い付くかもしれないと考えた子キツネ杉は山を降り 、また人に化けて万事屋周辺をうろうろしていました。 銀時はいるのかな、と思いながらこっそりと万事屋を眺めていると背後から声が しました。 「あ」 「!」 振り向いた子キツネ杉、今の今考えていた人と目が合ってしまい固まってしまい ます。すぐに我に返りましたがもう遅い。同じ過ちを繰り返したのです。こうし てまた逃げるタイミングを失ってしまいました。 一方銀時も銀時で、再会してしまった得体の知れない男にうんざりしたような気 持ちを抱きます。 だって名乗りもせず贈り物をして、家に招いても一言も喋らないうえに人のこと 睨んできて、挙句またこんなところからうちの方見てるし。 けれど幾度も彼に施しを受けたという事実は変わりません。 「あのよ」 「…!」 話しかけられてビクリと子キツネ杉が震えます。思わず銀時もびっくりです。 「あの…」 「………」 何を言われるのかと身構える子キツネ杉に、銀時も恐る恐る話しかけます。 「今仕事入ってちょっと金あるからよ、いろいろもらったお礼に甘味屋でなんか 奢らせてくんねぇ?」 それで完全に終わりにしよう、そういう意図が銀時にはありました。 子キツネ杉、甘味屋と言われてもわかりません。わからないまま連れて行かれて 傘の下二人座ります。 出されたお茶も団子も昔々見たことはあるような気はしても、子キツネ杉には食 べたことがないものです。 どうしたらいいのかと子キツネ杉はチラチラと銀時を見てとりあえず真似して湯 飲みを持ってみます。口を付けてみようとして熱くて断念します。湯飲みを手に したまま、また黙り込んでしまいました。 銀時も連れ込んだものの黙り込んでしまいます。お茶は手にしても団子は食べて いないし、嫌いだったのかな、などと考えます。 互いに沈黙したまま時間だけが経過していきます。 俯いたままの子キツネ杉、息苦しい沈黙による心労も相俟って化け姿を維持する ことにだいぶ疲れてきました。 子キツネ杉のなかで警報が鳴り響きます。やばい。もう戻らなければ。 そう思ったときには時既に遅し。 「!…オイ…」 急に湯飲みを置いて立った男に銀時も思わず腰をあげ、信じられないものを目に したのです。 数m進んで力尽きた子キツネ杉を小さな爆音と共に煙が包みます。 目を丸くする銀時の前で煙が晴れていきます。薄れていく煙のなかから現れたの は、先ほどの男と同じ柄の服を着た、キツネの耳と尻尾をつけた子どもだったの でした。 |