人里近くのある山奥に、独りぼっちの子キツネ杉が生きていました。 生まれてすぐ親に育児放棄をされてしまい、雨に打たれて凍えていたところを人 間に拾われました。 子キツネ杉はその人間の元で「晋助」と名付けられ、すくすくと育ちましたが、 元々は野生の動物。一人で生きていける力がついたのなら、と、その人間の配慮 である日野生に返されることになったのです。 名残惜しい子キツネ杉は何度もその人間の方を振り返りましたが、その人は寂し そうに微笑みながら見送ってくれるだけ。子キツネ杉はとぼとぼと山に帰ってい きました。 その日以降、子キツネ杉は誰とも関わりあうことなく独りぼっちで生きています 。 お友達は空と風と木々。いろいろと教えてはくれるけど、遊んではくれません。 構ってもくれません。 子キツネ杉は山の奥で木の実を食べながら自由気ままに平和に生活していました が、最近は開発の波でどんどん動物達の生活の場が失われています。 おまけに人が山に入りこみ、狩りをしては動物達を脅かしていました。 子キツネ杉は自分を拾い救ってくれたのは人間ですから、人間に対する恐怖心は 森の中で一番薄い子でした。 しかし風の噂で人間の極悪非道な行いを耳にするにつれて、段々と人間=恐ろし いもの、捕まったら殺されて、剥製にされてしまったり、敷き物にされたり、襟 巻きにされてしまうのだと認識するようになりました。だから、絶対に人に見つ かってはいけないよと厳重に森に言い聞かせられました。子キツネ杉は素直に頷 きます。 そんなある日、子キツネ杉が人間の罠に掛かりました。足をがっちりと捕まえら れてしまっていて、もがいてももがいても罠は足に食い込むばかり。血が出てと ても痛ましい状態です。 もがき疲れた子キツネ杉は、あぁこのまま人間に捕まってしまうのかと己の短い 人生に終わりが近付いてきたことを悟りました。 罠から抜け出すことを諦めかけたそのとき、子キツネ杉の耳が足音を捕らえます 。その音を聞いた途端、子キツネ杉のなかで何かが芽生えました。やっぱり諦め たくないのです。 バタバタきーきーがむしゃらに暴れますが、やっぱり無理。足音はどんどん近付 いてきて、子キツネ杉の焦りは増します。 そして死神はついにすぐそこまで来てしまいました。 「あちゃー、痛そうだなオイ」 声がしました。 嫌だ。捕まりたくなんかない。もっともっともがきます。 「あーこら暴れんなって。こういうのは暴れっと食い込むんだから」 すぐ近くに気配を感じて、必死に逃げようとしていた子キツネ杉はとりあえず威 嚇を始めます。 そこにいたのはふわふわとした白髪の人間でした。 遠くからでも動物を殺せるという“銃”というものも、間近まできてその息の根 をとめるのに使われるという“ナイフ”というものも持っていないようですが、 油断は禁物です。 そもそも子キツネ杉は銃もナイフも見たことはありません。だから何が銃で何が ナイフか知りません。 必死で牙を向き、それ以上近付くなやコラと威嚇を続けます。 「んな威嚇すんなよ。それ外してやろうってんだから…噛むなよ、俺のこと噛む なよ」 子キツネ杉の威嚇が功を奏してか、人間もなんだか警戒しているようです。 このままいなくなれと子キツネ杉は思いましたが、人間は恐る恐る手を伸ばして 来たので子キツネ杉はさらに威嚇します。 噛むなと言われましたが何度か噛み付いてやったりしました。 「いてっ、噛むなっつってんだろ。オイ!こらっ!」 子キツネ杉は威嚇も噛むのもやめません。けれどそいつは罠を外してくれました 。 「………」 すぐ逃げ出せばよかったものを、子キツネ杉、ちょっとおとなしくなります。 森や風になにを言われようと、やっぱり人間に対する警戒心が薄いのです。 「あー、ひでぇなこれ。そのままおとなしくしてろよ。マジほんともう噛まない でな。もうほんと痛ぇから。銀さんボロボロだから」 人間は何処か逃げ腰で、それでも足に簡単な処置を施してくれました。 「………」 「よしっ、おっけ。新八が持たせてくれたハンカチがこんなとこで役立つとはな …。もう捕まんなよ」 子キツネ杉がつけた傷だらけの腕で帰っていく人間の後ろ姿を、子キツネ杉はし ばらく見つめていました。 それからというもの、寝ても覚めてもその人間のことばかり。 時折その人間が巻いてくれた足の布を眺めてはぶらぶらと足を揺らします。 本当は、ずっと独りぼっちが寂しかったのです。久しぶりに誰かと交流したのが 自覚なしで嬉しかったのです。 そうだ、お礼をしよう。 子キツネ杉は思い付きました。恩返しです。 思い立ったら吉日。子キツネ杉はさっそく人間の姿に化けて山を下りようと決意 しました。 けれど、人間という生き物をあまり知らない子キツネ杉。まずはうまく人間に化 ける練習をします。 唯一知っている人間、昔自分を世話してくれた人間を思い描きながらも非力な子 キツネ杉は全く別物になってしまいました。池の水鏡で確認して、首を傾げます 。おかしいな。 けれどとりあえず耳と尻尾はなかったということはわかっているので、ちゃんと なくなっているか確認しました。大丈夫そうです。 山を下りた子キツネ杉。町に行き、聞き込みを開始です。白いふわふわした髪の 男を知らないかと尋ねて周ったらすぐにその人間が坂田銀時という名前で、万事 屋を営んでいることを知ります。案外有名な男のようです。 最初は山で取ってきた果実や木の実やらを玄関先に置いておきました。自分は姿 を見せません。ちょっと離れたところからじっと万事屋の様子をうかがいます。 「あ?なんだこれ…」 玄関に置かれていたカゴに怪しんでた銀時ですが、中に持って入りました。 とりあえず銀時の手に渡ったのを見届けた子キツネ杉はよし、と成功を確信しま した。 一方、銀時はカゴの中身と対峙していました。 美味しそうな果実や木の実です。 「銀さん、やめましょうよ。誰かが預かってほしいと思って置いてったのかもし れないし」 新八が言います。 「いいや違うね。きっと俺の前に姿も出せないシャイな子が俺に贈り物したかっ たんだね。そうに違いねぇ」 「なんで贈り物に木の実アルか。どんな女アル」 「うっせぇな。いいんだよ細かいことは。どんなにアレな感じでもその子のチョ イスには口出しちゃいけねぇんだよ」 「けど、危ないですよ。お腹壊したりしたらどうするんですか」 「そしたらあれだ。一種の果実置き去りという新手のテロを未然に防いだ英雄だ な俺は」 「何処がテロアルか。ただの食い意地のはった男の末路ネ」 「あ?じゃあてめー食うなよー。絶対ェてめー食うなよー」 「嫌アル!私も食べたいヨ!」 「神楽ちゃんまで…」 本当に食べられるのか半信半疑だったので、まず銀時が果実を食べます。美味で す。これは神の恵みだと結論付けて3人でおいしくいただきました。 そして子キツネ杉はしばらく山と町を行き来して銀時に贈り物をし続けたのでし た。 |