正直、どうやって学校から出てきたのか高杉の記憶は曖昧だ。ふらふらと足の向くまま見慣れたネオンの照らす道を歩いていた気がする。誰かに声をかけられた気がする。抱きしめられた、気がする。
ただぼんやりとした頭の中では、保健室での出来事が何度も何度も再生されては高杉の心を締めつけて揺さぶりつづけていた。
どうしてあんなことをしてしまったのだろうと自分でも思う。別にいやらしいことをしたいだとか、そんな願望があった訳でも気持ちになった訳ではない。ただ何か、得体のしれない恐怖心に突き動かされていたように思う。
ずっと怖くてたまらなかった。銀八の優しさがだ。学校での彼は普段通り、高杉を特別扱いすることもなく淡々と接してくる。けれど数日おきにちゃんと約束の電話は掛かってきて、くだらない話をして、自分の話も聞いてくれる。銀八の真意が見えない。電話が鳴るのが怖くさえなりつつあった。
きっと、理由を聞ければよかったのだろう。もうやめてくれと言えればよかったのだろう。そうすればこんなことにはならなかった。
けれどそんなことを尋ねる勇気もなく、電話を待っている浅ましい自分の存在にも気付いていた。どうにも救いようのない自分に優しくしてもらえるほどの価値があるとは思えず、ますます銀八の気持ちが分からなくなる堂々巡りの成れの果てがこの有り様だ。
『世の中のオジサン皆が皆おまえに引っ掛かると思ってんの?』
銀八の声が頭に響く。思っていない。そんなこと思ったことはない。いつだって心は
銀八の突き放すような冷たい瞳を思い出して膝を抱え、自分を抱き締めるようにしていた腕に力がこもる。
怒らせた。あの銀八を。飄々として掴み所がなくて、短気だけれど、何が合っても柳に風で受け流すようなあの男を。
―――嫌われた。完璧に。
言い様もない重たいものが胸の中にわだかまり、いろんな感情と縺れ合って大きくなっていく。胸を塞いでしまいそうだ。いや、いっそのこと塞がって、息も出来ずに死ねればいいのだ。
全く、愚かしくて笑えてくる。彼の優しさに縋って、何も出来ないままただ怯えていたのに、よりによってこんなどうしようもない方法で全てをぶち壊してしまった。馬鹿みたいだ。いや、馬鹿だ。
そんなことを思いながら、高杉は窓の外を眺めていた。キラキラと星空よりも光り輝く街並みはとても美しかったけれどそれをなんの感慨もなく見つめながら、ただ隔たりの向こうから響くシャワーの生ぬるい水温をただただ聞き流していた。
それから最近はずっと朝から通っていた学校を遅刻するようになった。それでも行くだけ偉いと自分で自分を褒めてみる。他の誰も褒めてくれないのだから、自分で褒めるしかない。
一度距離の縮まった友人たちは昼頃何食わぬ顔で現れる高杉にも気さくに話しかけてきてくれ、桂は口うるさい小言を並べる。それを聞き流したり、他愛ない話をして過ごす学校生活は何も変わらない。
ただひとつ高杉にとって決定的に違うのは、一度も銀八を視界に入れなくなったことくらいだ。
そして銀八も何も言って来なくなった。高杉個人に声をかけてくるときは授業や学校生活にまつわる必要最低限の伝達事項を告げるだけ。以前の不登校を考えればと思っているのか、最近の遅刻を咎めることもなかった。
放課後は万斉たちと遊んだり話したりして過ごして、みんなと別れた後は街に向かう。行く宛てもないのに、目的もないのに、それでも夜な夜な違う相手と出会い、寝る場所を確保する。
家には帰りたくなかった。
もしかしたら、まだ留守電に銀八が以前のように『帰ったら電話するように』とメッセージを残しているかもしれない。けれどもしかしたら、もう銀八は高杉の家になど電話を掛けていなくて、なにも入っていないかもしれない。
確かめたくない。真実など知りたくもない。
だから逃げるように街を彷徨い、その日限りの寝床を探す。何やら話しかけて来る男の言葉を右から左に聞き流し、唇を重ねてその口を塞ぐ。目を見つめたまま笑いかけてやれば後はもう、高杉はなにもしなくていい。
全くもって、男なんて馬鹿な生き物だ。
自分も同じ生き物だとは重々承知の上で内心ほくそ笑みながらも、毎回何故か銀八の顔を思い出す。思いだしては、全てが凍りつくような心地がして高まった熱も引いていく。
彼の幻影を頭から振り払うため、声を上げて気を紛らわそうとすれば勘違いした男がさらに激しく深く腰を押し付けてきた。見つめていた天井が歪む。不意に涙が頬を伝った。
今がこんなにも苦しいのは何故。誰か教えて欲しい。誰かのせいにしたい。何かのせいにしたい。
こんなときに思い出すのは、いつも昔優しくしてくれた人だった。
先生、先生助けてくれ。俺はどうしたらいい。
高杉の問いかけに、記憶の中の人の声が答えてくれたような気がする。けれど、それはいつだって自分の声に紛れてしまって高杉には届かなかった。
その日、高杉は学校に向かわずまったく別方向の道を歩いていた。
学校がある時間帯にも関わらず制服でいるため、擦れ違う人が訝しげな視線を向けてくる。そんなものは全て平然と無視してみせた。奇異なものを見るような目で見られることにはもう慣れている。
目的地に着く前に花屋に寄って花を買う。其処の花屋の店員とは顔見知りだ。今から向かっているところに行く時は、いつも其処で花を買って行くためだ。店員も当然学校はどうしたのかと尋ねて来たが、曖昧に微笑み答えない高杉に対して根掘り葉掘り問い質して来ることはなく、素直に菊の花束を渡した。
そうして花を片手に高杉はまた目的地までの歩を進める。歩く彼の表情にはなんの感情もなかった。やっと着いた目的地、墓地の入口で桶に水を入れると水を張った桶に花束を入れて目的の墓に向かう。ひっそりと立っている墓石の前に来ると、高杉は目を細め学校の誰にも見せないような表情を浮かべ、ゆっくりと口を開き彼の人の名前を呼んだ。
「…松陽先生」
今日が松陽の命日というわけではない。ただ松陽が恋しかった。会いたかった。声が聞きたかった。今の自分を叱り付けて欲しかった。抱き締めて、欲しかった。それが甘えだとしてもだ。
いくら墓を眺めたところで、松陽の声など聞こえないし姿も見えない。何一つ叶わないと分かっていながらも、此処に来ずにはいられなかった。
「…先生……」
ぽつりと呼んでみたところで、もちろん返事など返ってくるわけもない。
高杉はそれ以上言葉を紡ぐこともなく黙々と墓の周りを掃除して花を供え、しばらくその前で何をするでもなくぼんやりと冷たく濡れた墓石を眺めると、その場所を後にした。
其処に訪れることで高杉の中の何かが変わるわけでもない。だが無心で物言わぬ存在の前にいると、何も考えずに済むような気がして、事実何も考えることなくいられることが今の高杉にとっては何よりの救いだった。
墓参りをした足で学校に向かう。学校についたときはもう昼休みだった。高杉はお弁当やパンの匂いが充満している教室に音もなく入る。
昼休みで騒がしい教室内は誰が出入りしようが気にするものなどいない。そんなクラスの無関心さに対してなんの関心も持たないまま高杉は席に着くとぼんやりと外を眺めていた。空の色が綺麗だと思う。教室内の雑音は耳に入っていたが耳障りだとも思わなかった。松陽の墓の前にいるような、この世とは乖離した感覚でただただ雲の流れを見つめ続ける。
「あれ、いつの間に来たんだ? 今日はもう休みかと思ったぜ」
もう次の授業が始まるからと生徒達が片付けを始めた頃、高杉に気付いた土方が高杉に声を掛けた。明確な意思を持って自分に向けられた言葉に反応し、高杉はそちらに目を向けた。
「さっきな」
「気付かなかった。次音楽だぞ。準備しねぇのか」
「サボるからいい」
「オイ」
「俺構ってる暇あったら音楽室行ったらどうだ。もう授業始まるぜ?」
高杉がそう言うや否や予鈴が鳴り響く。3年Z組の教室から音楽室まで、決して近い距離ではない。
「ちょっ…高杉君、鍵締めちゃうよ!」
施錠係の女生徒の声がする。自分の遅刻を恐れて、酷く焦っている調子だった。
「俺が居っから締めなくていいだろーがよ」
「んもう!」
バタバタと慌ただしく級友の足音が遠ざかっていくのを、高杉は自分の席に座ったまま何となしに聞いていた。土方に宣言したとおり、自分は急ぐつもりは愚か、次の授業がある音楽室に向かう気も無い。
誰もいなくなった教室でまた雲一つない青空をぼんやりと目に写す。
(…腹、痛ェ…)
先程から痛みを訴える場所に無意識に手をやった。みぞおちの少し下あただり。さすってみたところで痛みが和らぐわけもない。最近毎日のように主張し続けるこの腹痛の原因を、痛みに思考を邪魔されながらも考えてみる。
(昨日、はゴムつけてたから違ェよな。っていうか…ここだと、胃か? ………痛ェ)
見つめていた青空がちらちらと白けていく。その白は外から中心にかけて集まっていき、視界のすべてが透明感のある白に覆われて、高杉の記憶は其処で途切れた。
気付いたら真っ暗だった。真っ白な世界にいたはずなのにいつの間に反転したのだろう。瞼に力を込めたとき、高杉は自分が目を閉じているのだと気付いた。
「―――………」
うっすらと閉じていた目を開けた。瞬きを繰り返して徐々に目を開けていく。
此処は何処だ、などと考えるまでもなかった。目に映るカーテン。頬に感じるシーツの感触。よく知っているものだ。此処は保健室の自分の愛用のベッドの上である。高杉はそう認識した。
けれど何故此処にいるのだろう。思いを巡らすその前に、後ろでカーテンが開く音がした。誰かが高杉が横たわっているベッドの一角に入ってきたのが分かった。
陸奥だ。高杉はそう思い寝たフリを続けることにした。養護教員である彼女は保健室に入り浸りベッドを独占する高杉に対して特別何も言ってこない。このまま寝たふりを続けていればタヌキ寝入りだと悟られようが起こされることはないだろう。
しかしまたカーテンが閉まる音がしたのに、なかなか気配が遠ざからない。
「………?」
違和感を覚え、高杉は体を捩って振り向いた。其処に居た予想外の人物に高杉は目を見張った。
「おー、目ぇ覚めたか」
「………」
顔を覗きこまれ、死んだ魚のような目と、目が合う。会いたかった。会いたくなかった。相反する感情を抱いている相手を目の前にして高杉が驚いているのにも関わらず、銀八は平然と椅子を引き寄せてベッドサイドに座った。そして聞いてもいないことを勝手に語りだす。
「驚いた〜。教室行ったらおまえ一人ぶっ倒れてんだもん。いくら呼んでも反応しないしさァ」
焦った〜と、まるで焦りを感じられない口調で銀八が言うのを聞きながら、高杉は何があったか思い出そうとしたが無駄だった。何がどうなってこんなことになっているのか全く見当もつかない。驚きで頭が働いていないこともあり、高杉は言葉一つ紡げないまま銀八を凝視し続けていた。
銀八はそんな高杉の様子を気にかけるでもなく、自分の調子で高杉に言葉を投げかけ続ける。
「保健の先生曰く睡眠不足と貧血だってよ。クマ出来てら。ちゃんと飯食ってんのかァ?」
顔に向かい伸ばされた手に高杉は思わず体を竦ませた。頬に触れ、目の下を撫でる銀八の指先の感覚に息を詰める。
「………」
数日前のことなど、すっかり忘れ去り頭にないような銀八の態度に高杉は訝しげな目を向けた。あれ以来ずっと互いに無視に近い態度をとりつづけていたくせになんのつもりだと目で訴える。
「…まだ顔色悪ィな」
高杉の視線の意味に気付いているだろうに、銀八はその視線を受けても平然として指先を離すと高杉に鞄を渡した。
「送ってってやるよ。自宅と病院、どっちがいい?」
いつか聞いたような言葉だ。いや、いつかではない。忘れもしないあの日に聞いた言葉にそれはよく似ていた。だが最後の選択肢などあの時はなかった。
「どっちもいい」
あの日とは違う回答をして、高杉はベッドから降りると銀八の横を抜けて保健室から出ていこうとした。だが保健室利用の紙を書いていけという陸奥に引き止められる。今すぐこの場を離れたいのに。
小さく舌打ちすると高杉は慣れた手つきで記入すると直ぐさま保健室を後にした。銀八が追ってきているのを感じたが無視をする。だが一刻も早く銀八との距離を開けようという目的をもった早歩きのペースは段々とゆっくりになり、高杉はついに歩むのをやめた。
「っつー…」
まだ腹が痛む。保健室に運ばれる前、教室で感じていたものよりも強くなっているような気がした。あと少しで昇降口を出ると言うところで高杉は痛みに耐えきれずその場にしゃがみ込んだ。
「大丈夫かァ?」
心配してる風には聞こえない銀八の声が降って来た。痛みでも歪んでいる顔を、追いつかれた不快さでさらに眉間のしわを深くしながら高杉はなんとか声を絞り出した。
「…うっせェ。ほっとけよ」
「ほっとけるわけないだろーが。腹痛ェの?立てる?」
銀八に体を支えられて、駐車場まで連れて行かれる。抵抗など満足に出来なかった。許されるのならその辺の隅で寝転がり、丸くなっていたい程に痛みは酷くなっている。
銀八は普段はスクーター登校だが、たまに車で来たりもしている。今日はそのたまにのようだ。
「やっぱ病院行った方がいいんじゃねーのォ?すげぇ痛そうじゃん」
「うっせェっつってんだろ。寝てりゃ治る」
「さっきまで寝てたのに治ってないんだろ」
「うっせェんだよ。病院なんて誰が行くか」
車の助手席のシートを倒すと高杉は銀八に背を向けた。連れ込まれてしまった以上、抗いようもない。背後から仕方なさそうな溜め息をが聞こえた。そして間もなく車は動き出した。
高杉が歩いて登校している距離だ。特別会話を交わすこともなくすぐに高杉のマンションの前に着いた。
「はい着いたよ」
「………あぁ」
ブレーキの音と銀八の声で、痛みのためか、それとも単に睡眠不足だからかウトウトとしていた高杉の意識が引き戻される。伏せていた視線を上げれば見慣れたマンションがそびえ立っていた。
「………」
もう少し横になっていたかったがそうもいかない。高杉は座席を起こしてシートベルトを外した。
この車を出たら、一人で部屋に戻って何をするでもなく早々に布団に入って寝るのだろう。そんな自分の姿が容易に想像できる。そんな近未来を壊したくて、高杉は銀八の方を見ずに言った。
「…上がってくか」
「あ?」
「上がってくかって聞いてんだよ」
此所まで来てるんだし、送ってもらった礼に茶くらい出すと言い訳がましい自分がなんだか哀れだと思いながら高杉は言葉を並べる。だが今は、何故だが妙に一人になりたくはなかった。
銀八の言葉はすぐに返ってこなかった。実際にはさほど間が空いたわけではなかったのだが、高杉には何十分もの沈黙のように感じられて、その重さに指先が震えてくる。唇を噛み、手を握り締めたところで漸く望む言葉が耳に届いた。
「……じゃあ、お邪魔しようかな…」
家に着くまでに、倒れられても困るしね、と同じように言い訳をつけた銀八に、高杉は張り詰めていた息を小さく吐いた。
マンションの前から移動して、高杉の家の車の地下駐車場に銀八の車を止める。普段使われることなく月極の料金だけ払われている其処に車が止まるのは何カ月ぶりだったろう。
それからエレベーターに乗り廊下を歩く間、高杉はずっと銀八の少し前を歩いていた。痛みに耐えながらの歩みは遅かったが、銀八は高杉を抜かすことも追いつくこともなくおとなしくその後ろを歩いた。その間に会話はない。
『高杉』の表札の前まで来ると、高杉は鍵を取り出すこともなく扉を開ける。なんの抵抗もなく開いた扉に銀八は首をかしげた。
「あれ? 今日親御さんいんの? それともお手伝いさん?」
玄関の扉が開いていたと言うことは中に誰かいるのではないか。至極まっとうな考えをした銀八に、高杉は素っ気なく言った。
「鍵なんか締めてねーだけだ。誰もいねーよ」
「うわ不用心」
呆れたような銀八の言葉に構わず高杉は銀八を部屋に招き入れた。高杉の言葉通り、玄関に靴は一足もない。車もなかったのだ。当然だ。
久方ぶりの廊下を歩き、リビングに着くと高杉は鞄をソファに放り投げて、戸口のところに突っ立っていた銀八に声を掛けてキッチンに向かった。
「適当に座ってろよ」
「あ、うん…」
そう言う銀八は借りてきた猫のようにおとなしい。少し落ち着かない様子で室内を見回していた。そんな銀八を視界の隅に入れながら高杉は普段はあまり近寄らないキッチンに足を踏み入れる。
「………」
高杉は自炊しない。茶くらい出すと言ったものの自宅にお茶なんてあったかと記憶の中の戸棚、冷蔵庫の中身を思い起こしながら冷蔵庫を覗いた。その戸を開ける前に出した結論は、買った覚えがない。その記憶は正しかったらしく、空に近い冷蔵庫にお茶は入っていなかった。
「………」
紅茶かインスタントコーヒーならあるかもしれないと戸棚をあさる。ないだろうとは思っているが、一縷の希望に縋った。頭上の扉に手を伸ばす。
「まだー?」
銀八の催促の声がした。
「まだだよ。うっせェな。…っつ…」
つま先立ちのまままるで隠れんぼでもしているようなやりとりをして、不意に腹痛が酷くなって高杉はその場に蹲った。少しの間でも横になったためか、ほんの少しだけ引いていた痛みがぶり返してきた。あまりの痛みに動けない。立っていられない。
「高杉?」
反応がなくなったことを訝しんだのだろう。キッチンまで覗きに来た銀八が、そんな高杉を見つけ側に寄った。
「高杉、大丈夫か?」
普段とは違う、少し低い真っすぐな声だった。最後の日に聞いたあの冷たい声とも違う。きっとクラスの誰も銀八のこんな声を聞いたことはないだろう。
銀八が自分を心配してくれてる。
酷い痛みに耐え朦朧とし始める意識で額に汗を浮かべながら、それでも高杉はほんの少し口元を緩めた。
「立てるか? とりあえず寝てろ。湯たんぽいるか? あれ? 温めちゃいけねーんだっけ? …わっかんねぇ。やっぱ病院行った方がいいんじゃねーの?」
問いかけのような独り言のような言葉だった。冷静そうな銀八の内心の焦りが透けて見える。
病院は、嫌いだ。高杉はふるふると首を振ると、銀八に支えられてリビング隣りの自室のベッドに横になった。パジャマ代わりのTシャツとズボンに着替える。自然と腹を庇うように丸くなる身体では着替えは困難であったが、気が付いたら銀八の手で制服は取られていて、またTシャツにを被せられていた。
「薬なんか買ってくっか。あとなんか食わなきゃな。どうせオメー料理なんてしてねーからなんもねーんだろ? ちょっくらそこらで買って来らァ」
高杉の額に浮いていた脂汗を拭いていた銀八が立ち上がって離れようとした時、高杉は思わず銀八の服を掴んでいた。それは全くの無意識で、自分の行動に高杉自身驚いていたのだけれど、掴んでしまったものを手放すことも出来ず高杉は銀八を見上げた。
銀八は特別驚いた様子もなく自分の服を掴む高杉の手を見た。それから高杉に視線を向ける。
「何、どした?」
「薬も食いもんもいらねぇ。いらねぇから」
側にいろよ。
縋るような思いでその言葉を吐き出した。
今だから言える言葉だけど、本当はずっと前から言いたかった