朝起きて俺が死んでたら、おまえは泣くかな。



思い付きのように呟かれた言葉の意味を、銀八は一瞬理解できなかった。理解し て、寝てるものだとばかり思っていた声の主に視線を向けた。
唐突な言葉を零した高杉は、先程からごろりと無造作に銀八に背を向けて横にな って沈黙を守っていた。今も銀八の視線の先では放り出された手も足も、先程銀 八が見たまま投げ出されている。
「起きてたの」
問い掛けに答えずそう言ってやれば「起きてた」と返ってきた。
高杉が気怠そうに寝返りをうち銀八の方を向いた。普段の鋭さを隠した何処かぼ んやりとしている瞳が長い長い前髪の隙間から見えた。
「今日これから寝てな、明日朝起きたらおまえの横で俺は冷たくなってんだ。な ぁ、そしたらおまえ泣くか?」
何処か楽しげに、咄々と言われる言葉に銀八は口を噤む。
返事を期待しているのかいないのか。高杉は銀八から視線を外すと彼の言葉を待 たずにだらだらと続けた。
「今のうちに遺書でも書いとくかァ。おまえ宛のもん書いといてやるよ」
何を書こうと言う高杉に手を伸ばして銀八は高杉の前髪をかき上げた。露になっ た瞳がまた銀八に向けられる。
「んだよ」
「いやァ?おめーも年頃の男の子だったんだなァと。おめー位の年頃は、生きる とか死ぬとか、エロ本とかエロビとかエロ本とかに思いを巡らせるもんだ」
「最後の方てめぇ限定だろ」
馬鹿じゃねーのと高杉は笑う。
笑い声が途絶えた頃、高杉はまた真っ直ぐに銀八を見つめた。
「で、おまえはどうする?」
「…はぐらかされてくれねーか」
「たりめぇだろ」
「ちっ。…えー…」
銀八は意味のない声で場を繋ぐが早く答えろと高杉は急かす。
「………」
視線を部屋中ぐるっと彷徨わせてから高杉を見た。
じっと銀八を見上げていた高杉と目が合う。
銀八の目が余りに真っ直ぐだったから。高杉は一瞬、心臓がとまったような気が した。
「泣いて欲しい?」
尋ねながらさらりと高杉の前髪を押さえていた手を離して、目にかからないよう 指先で整えてる。
「………」
今度は高杉が黙り込んだ。ただ銀八を見つめたまま時折瞬きをするだけで薄く開 いた唇が音を紡ぐ気配は無い。
幾度か目を瞬かせて、高杉はようやく答えた。
「泣いて欲しい」
泣いて欲しい。跪いてもう動かない自分を抱いて泣いて泣いて泣いて。涙が枯れ るまでもう二度と泣けなくなるくらい、泣いて欲しい。俺だけを、想って。泣い て。
言いながら高杉は銀八に手を伸ばした。服を掴んで己の方に銀八を引き寄せて、 その頬に手を添えた。
「泣いて欲しい」
もう一度繰り返した唇を銀八は己の唇で塞いだ。
当たり前のように目を瞑る高杉を見つめる。銀八が距離をつめたせいで宙に浮い た高杉の手が、腕が銀八の首に回され、より深く口付け合う。
吐息の混じり合う距離で見つめ合いながら銀八は囁くように言った。
「俺残して死のうなんて許さねーから」
ぴんっと額を弾かれて、高杉が一瞬目を閉じる。それからまたぱっちりと開いた 目を細めながら笑う。
「じゃあ一緒に死んでくれよ」
待っててやるから後追って来いと言う高杉の額を銀八はもう一度叩く。
銀八が身を起こせば距離が開く。遠ざかった銀八を高杉は寝そべったまま目で追 った。
銀八はちらりと高杉を見て、呟いた。



「一緒に生きんだよバカ」