どっちの方がより相手を好きでいるだとか、比べる方が馬鹿みたいだとわかっち ゃいるけど。 けど、絶対俺の方があいつのこと好きだと思う。 銀八の家は煙草臭くて、そして銀八の匂いがする。 狭いリビングにどんっと存在するコタツはうちには無縁のもので、そういえば先 生ん家にもあったなと思い出す。 二人してコタツに足突っ込んで、何を話すでもなく俺は出されたコーンポタージ ュの入ったマグカップで冷える両手の指先を暖めていた。 銀八はココアを片手に赤ペン片手にさっきから小テストの採点をしてる。点けっ 放しのテレビの音に紛れてきゅうっという赤ペンが紙を滑る音がする。 別に誰が何点とか興味もねーから答案を覗こうという気にもならない。たまたま 目に入ったのが万斉ので、あぁあいつこんな点取るんだと思ったくらいだ。 「………」 両手で持ってるマグカップに口付けながら俺は銀八の横顔を見つめた。 俺の視線の先の銀八は相変わらず眼鏡がずれてる。伊達なんだから家では外しゃ いいのに。 『眼鏡かけてた方が先生っぽいでしょ』 とか、形から入る馬鹿丸出しじゃねーか。ぽいとかじゃなく先生なんだからそん なんどうでもいいだろーがよ。 (…眼鏡ねー方が、カッコいいのに) そう思い至った自分の発想に驚いた。なんだカッコいいって。よくないよくない 。銀八なんてちっともカッコよくない。 白髪天パで目なんか死んだ魚だし、いつも着てる白衣だってなんかくたびれてて だらしねーし。何処がカッコいいんだっつーの。 でもやる時ゃやるし、白髪天パだって夜のネオンに色付くと綺麗だし、目だって 射抜かれたかと思うくらい真っ直ぐな時もあって稀に着てるスーツが似合ってて 。やっぱカッコよくて。 銀八の横顔見つめながらの思考は結局銀八はカッコいいに行き着いて、頭を振っ てその思考を追い出す。 違う、こんなハズじゃねぇ。 顔赤くなってねーか。いや大丈夫。多分大丈夫。 でもなんか熱をもった気がする頬を冷やすため、冷たいテーブルに頬を押しつけ た。 なんか別のこと考えよう。別のこと。なんかねーかな。考えろ考えろ俺。 あぁもう銀八なんか視界に入ってくんな。そう思うのに視線は自然と銀八方向。 他に考えること、なんかねぇか…あ。 (…暇) そう思った瞬間、不意にかち合った視線に、心臓が止まる気がした。一度絡めと られたら視線だってもう外せない。 思考回路も一時停止だ。 (あ…) そのまま銀八の指先が俺の方に伸びてきて、促されるまま俺は顔を上げて、近付 いて来る顔にも俺は瞬き一つ満足に出来ない。 軽く触れるだけのキスをされて、額がぶつかりあいそうな距離で微笑まれた。 「暇だろ。もうちょっと待ってろな。あと少しで終わっから」 「〜〜〜っ…!!」 ぽんぽんとガキでもあやすかのように頭を撫でられて、顔が赤くなってくのが自 分でもわかって俺は銀八の顔面に一撃をくれてやった。 「あだっ。ちょっ、なにすんだよ」 「うっせぇバカ。死ね」 「二言目にはすぐ死ねって言う…。それやめた方がいいよ」 「うっせぇっつってんだろ」 きっと真っ赤になってるだろう顔を隠すように俺は銀八に背を向けてその場に寝 転んだ。肩までコタツに潜り込めば銀八の声が降ってくる。 「肩まで入らない。風邪引くぞ」 「引かねぇ」 「引くって。ほらやめやめ」 「………」 コタツの掛け布団を引きずり下ろされても、俺は黙り込んだまま銀八の方を見よ うとしなかった。 その沈黙を銀八は勘違いしたのか、的はずれな言葉を投げ掛けてくる。 「んなにすねんなよ。もうすぐ終わるっつってんだろ?」 「………」 単にこんな顔銀八に見せられねぇからであって、別にすねてるわけじゃねぇ。け ど今は勘違いしててくれたほうが助かる。 心臓が物凄くバクバクいってて耳障りだ。ウルセェ。銀八にまで聞こえちまうん じゃねぇかとも思うほどに。 あんな軽いキスくらいで何を今更こんなドキドキしてんだ。有り得ねぇだろ。別 にキスくらい誰とでも出来るし、なんでもねぇことだったはずなのに。なんでこ んな。 そのあとしばらく丸を書く音、ピッと跳ねる音が聞こえて、それに伴い俺の心臓 も落ち着いてきてたけど、銀八の溜め息とともにペンを置く音が聞こえた。 「高杉ー」 やる気ねぇ声が耳に届く。それだけでまた心臓が早鐘を打ち始めて、顔がすぐさ ま熱くなる。 「高杉終わったぞー」 「………」 「…寝たんか?」 背中に感じる気配が濃くなって、視界に影が落ちる。にょきっと生えた銀色に思 わず目がいってまた目が合う。 「あ、起きてた」 「………っ」 俺を縛る見えない鎖を引き千切るように必死で顔を背けて俯せになる。そうやっ て銀八の視線から逃げた。 「なに怒ってんの」 「…怒ってねぇ…」 「嘘つき」 「…怒ってねぇもん」 「あっそ。ま、いいけどね」 「………」 素っ気ない声を最後に、気配が薄れてく。 覗き見れば銀八はもうこっち見てなくて、温くなってるだろうココアを手にテレ ビにその視線をやっていた。 「………」 俺の視線にも気付かないフリ。なんだか急に寂しくなって、手を伸ばして服の裾 を引っ張ってみた。 「なに」 「…別に」 言葉少なにそう言えば、銀八がふわりと浮かべた余裕の笑み。 わしわしと髪をかき混ぜられて、髪のうえから額にキスを落とされた。 それを俺はずっと目で追って、目が合って銀八の目に俺が映って、俺が映る目が 細められて今度は唇にキスされた。潜り込んできた舌を受け入れながら目を閉じ る。 チクショウ。なんで俺こんなにこいつのことが好きなんだろう。 そう思いながら俺は銀八の首に腕を回した。 |