この国の人は新しいものばかり求めて大切にしてたはずのものをいとも簡単に捨ててしまうから、俺はどうか君に捨てられませんようにと怯えながら日長どうしたらいいか考える。
「で、これは?」
「釣った魚に餌でもやろうかと」
拾って来た木の枝にタコ糸を下げて、その先にはマシュマロがくくりつけてある。そんな簡易な釣竿を目の前でぶらぶらと揺らされて、高杉は面倒くさそうにそれを一瞥すると大元へと目を向けた。
高杉の問い掛けに簡潔に答え、疑似餌が小魚類やワームならばそれらしく見えるように小刻みに振動させて銀八は標的が食いつくのを待った。そんな銀八を見て、呆れたように溜息を吐いた高杉はしばらく跳ねるマシュマロを見つめていたがやがて猫が餌をとるような速さで伸びた手がマシュマロだけを掠め取った。重りがなくなった糸が跳ねる。
取ったマシュマロを口と片手で開けて、高杉は一口で食む。てろんと揺れる糸を手繰り寄せ、銀八はまた新たなマシュマロを結わえつけると高杉の前で揺らした。
銀八の家でなにをするでもなくゴロゴロと横になったままの高杉は片腕で頭を支えたまま、空いている手でぶら下げられたマシュマロを捕まえては封を開けて口に詰めている。
「で、これがなんだって?」
「餌」
「俺別にマシュマロ好きじゃねーけど」
「家にあんのがマシュマロしかなったんだからしゃーねーじゃん」
言いながらもう銀八の手元にあるマシュマロがなくなりそうだった。だから釣り竿から餌が離れ、軽くなった釣り竿を放り出して銀八は寝そべったままの高杉に覆いかぶさると口に入る間際のマシュマロを持つ手をつかみ、己の口へと導いた。
甘く柔らかい物体は口の中の水分を奪って行く。なにか飲むものが欲しいな。そう思ったら下にいる高杉からも似たような要望があがった。銀八が与えるまま、淡く色づいたマシュマロを食べ続けたら、それはそうだろう。
けれど、まぁまぁ、なんて適当に受け流して、不満を言うために開かれた唇にくちづける。甘い舌を絡めて息を吸う。目は閉じていない。それはお互い様で、表情の読めない目に自分を写しているが、近すぎてそれは像を結ばなかった。
したいようにさせていた高杉が、いい加減煩わしくなったのか、銀八の肩を押す。それは大した力も込められていなかったから、無視してそのまま口づけ続けても良かったのだけれど、機嫌を損ねても痛い目を見るのは銀八のほうなので素直に身体を引いた。
それなりに情熱的な口づけをしたはずなのに、少し呼吸を乱すのみで平然としている高杉は銀八の下から身体を起こすと、もう銀八のことなどどうでもいいとでも言うかのように自分の足で台所へと向かった。
そのそっけない後姿に銀八は少しだけ唇を尖らせてみせたが、振り向かない彼がそんな銀八を見ることはなかった。子供の興味関心などすぐにうつろいゆくものだ。こんなもので気を引こうとしても無駄だったか。そんなことを思いながら、明日にも捨ててしまおうかと考えている釣竿に目を向ける。もうちょっと楽しんでくれれば、作った甲斐もあったのだけれども。
「ま、そんな年でもねーか」
高杉がもう少し幼ければ反応は違ったものになったかもしれない。けれど、今でさえ年齢的にはぎりぎりだと思っているのに今以上高杉が幼かったなら、銀八が高杉に抱く感情もまた違ったものになっていただろう。
「なんか言ったか?」
「なんもォ」
戻ってきた高杉に、今度は銀八が振り向かずに応じてみせる。些細な意趣返しだ。こんなことをしても、高杉は気にもとめないだろうがそれでもいい。どっちが子供だろう、と手にした木の枝を弄んでいると背後に気配を感じた。
なにかと振り返ろうとした銀八の頬に高杉の手が触れる。軽く上を向かされて、唇を塞がれた。開いた唇から甘いものが転がり込んでくる。
マシュマロのような弾力のない、硬いイチゴ味。唇が離れて高杉を見れば、少しだけ唇の端を釣り上げている。その唇が「嘘つき」と言葉を紡いだ。
「マシュマロ以外にもあんじゃねーか。お菓子」
そういう高杉の手には飴の袋があった。基本的に禁煙である学校で口さみしいときにでも食べようかと思って買っておいたものだ。どうやらなにかないか漁っていたらしい。ごく自然な動作で、高杉は銀八の手から木の枝を奪い取る。そして口の中にあるものとは違う色のその糸に括りつけた。ニンマリと笑い、そして言う。
「おまえのくだらない遊びに、付き合ってやるよ」
なんだ、結構楽しんでいたのか。
(なにもかもを君が手放しても、俺だけは君に手放されないように、今日もしようもない術で俺は君の気を引くよ)