髪の毛一筋から骨の髄まで、全部が全部俺のものにならないのなら、おまえなんて消えてしまえ。



視界にはためいた白を目で追う。学校ではなく銀八の家でそれを見ることは少なく、高杉は無意識にそれに手を伸ばして掴んでいた。
「ん?」
何かに引っかかった感覚に、銀八は足を止めて振り返った。見れば高杉が白衣を掴んでいる。着ているものではない。洗濯をするために持って帰ってきて、今まさに洗濯機まで運ぼうと脇に抱えているものの裾を高杉が掴んでいる。銀八を引き止めた自分の指先を見つめる高杉の視線が酷く無防備で、銀八はきょとんとそんな高杉を見て、問いかけた。
「どした」
「いや、意味はねぇ」
「じゃあ離してくんない? 洗濯したいんだけど」
「んー…」
曖昧な相槌とは裏腹に、しっかりと握りこんだ指は離す気配がない。それどころか更に引かれて銀八は諦めたようにその白衣を手放した。高杉の頭にかけてやれば、白衣に包まれた高杉は煙草臭いと文句を言った。ずるりと白衣の下から現れた高杉の髪の毛はくしゃくしゃで、頭を振ってそれを直す姿は少し野性的だ。
本当は今日洗いたかったのだけれど、明日の朝に回そうか。そんなことを考えながら銀八は残りの洗濯物を洗濯機へと運んでいった。
残された高杉は今しがた手に入れた銀八の白衣をただ見つめていた。別に欲しかったわけではないのだが、与えられたのだから今このときは自分のもののように扱ってもいいだろう。だがしかし白衣なんて手に入れたところで使い道も特に思い浮かばない。なんとなく嗅いでみても煙草臭いだけで辟易する。
なぜこんなものを掴んでしまったのかよく分からない。不快でしかない匂いを深く吸って高杉は溜息を吐いた。欲しいのはこんなものじゃない。
戻ってきた銀八が高杉に言う。
「洗濯物、あったらおまえも出しとけよ。一緒に洗うから」
「おまえのパンツと一緒に洗われたくねェ」
「じゃあ自分で洗えっつーの」
「冗談」
高杉と会話をしながら先ほど食事した机の上に残っていた細々とした調味料や急須を銀八は片付けている。机に顎を乗せてそれを眺め、高杉は銀八の移動に合わせて視線を動かした。調味料を冷蔵庫にしまい、急須の中身を入れ替えて銀八は戻ってくる。高杉の視線を気にするでもなく定位置に座り込むとお茶を入れてテレビに目を向けた。
それを眺めて、高杉は思い立ったように膝で立つと持っていた白衣を銀八に投げつけた。
「うわっぷ、おま、なにす、ちょ」
白衣を剥いでいきなりの暴挙を咎めようとする銀八の肩に高杉は体重をかける。そのまま後ろに倒してやれば衝撃に銀八の顔が歪んだ。気にもとめずに口付ける。
重ねるだけの唇を離してマウントポジションをとったまま、高杉は銀八を見下ろした。それに対し、眉を寄せて複雑な表情を浮かべている銀八は高杉を見上げ、なに、と改めて問いかけた。
「別に、意味はねぇ」
「痛かったんですけど」
「残念だな」
銀八が痛がろうが高杉は痛くないのだからどうでもいい。反省の色を見せない高杉に銀八は苦々しい顔のまま、退いてくれと身体を起こした。が、高杉は退かない。銀八の腹に乗ったまま、目の前にある銀八の顔をじっと見つめる
。 いくら見たって特別格好良くもないし、むしろ残念であるとさえ思う。高杉の視線をどう受け取ったのか、銀八はほんの少し表情を和らげると高杉の頬に手を伸ばして言った。
「なに、甘えたい気分にでもなってんの」
「別に。そんなんでもねぇ」
「素直になってもいいんだよ」
「素直に言ってる」
頬を撫でる手を掴んで引き離す。それでも掴んだ手は離さないまま高杉はもう一度キスをした。
「やっぱ甘えたいんじゃん」
「違ェ」
少し離した唇は最低限の言葉を紡ぐとまた重なった。
瞼を閉じれば、高杉の脳裏に浮かぶのは学校での銀八の姿だ。白衣を少しばかりはためかせながら廊下を歩いている。そこに生徒たちが寄ってきて、なにやら楽しそうに銀八に話しかけて、銀八もそれに応じてみせる。それを高杉は声も届かない離れたところから眺めているのだ。頭は酷く冷めているのにそのとき胸のなかに何かが蠢いているのを感じていた。それは今もまだ高杉のなかで確かに存在し続けている。
「銀八ィ」
「なに」
仕方なさそうに、それでもまんざらでもなさそうに応じる銀八の手が高杉の頬を撫でる。淡白そうに、素っ気なさそうにしながらこれでなかなか接触が好きな男なのだと知っているので、高杉は銀八のしたいようにさせながら、ぽつりと言った。
「なんでもない」



誰も見ないで俺だけを見てその性根から俺だけを想い俺のことだけ考えて。
そうじゃないなら、もうおまえなんて要らない。
そう、言えたらいいのに。



(結局のところ、他の誰のことを見てもよくて、いなくなられることの方が、よほど怖い。だから、本音なんて、言えないよ)